まさか聞かれてたのか?と顔が引きつる。

「うおわっ!」

いきなり蒼夜の腹をめがけて藤堂の足が勢いよくダンッと下ろされた。

素早く転がって避ける。

「な、何するんですカー止めて下さいヨー」

と引きつり笑いしながら内心何すんじゃボケーと罵っていた。
藤堂は煙をフーッと吐き出し目を細める。
嫌な予感がした蒼夜は起き上がって距離を取った。
もしかしてルームメイトが逃げるのって目つきの問題だけじゃないん
じゃと 今更ながら状況が見えてきた。
藤堂が再び煙草を咥えたその瞬間、蒼夜の目の前に現れ右から拳が
飛んで きた。
思わずかわし、続けて左の上方の攻撃にしゃがんでこれもかわしたが
すでに 読んでいたのか前から 蹴りが入る。
避けられないと感じた蒼夜は腕を交差して身体をガードする。
予想以上に重くスピードある蹴りに踏み留まる事が出来ず段ボールに突っ込んだ。

「いってー」

顔を上げると馬鹿にしたような笑いを浮かべている藤堂がいる。
蒼夜はプッチーンとキレた。
平穏な高校生活という言葉は宇宙の彼方に飛んで行った。
むくっと無言で起き上がり下を向いている蒼夜に藤堂は眉を上げる。
ゆらりと顔を上げた瞬間、藤堂は顔を変えた。
大きく踏み込み休むことなく拳を繰り出す蒼夜とそれをかわす藤堂。
しかし蒼夜の手が藤堂に捕まり足をかけられ床に大きな音を立て
倒される。
息が詰まった蒼夜だが身を丸くして身体を伸ばすとその反動で藤堂の
顎に蹴りを入れた。
藤堂は衝撃で後方に下がり踏み止まると口もとの血を拭って舐めた。
蒼夜の身体が震える。
恐怖からではなく歓喜のせいで。
地元でこんな強い奴はいなかった。
再び二人が対峙した時この雰囲気を壊す陽気な音楽が部屋に鳴り響いた。

「あ、ごめん。ちょっと待って」

タイムタイムと手を振って音源の元の携帯を見ると家からだった。
ゲッと蒼夜は顔を顰めた。
無視しようかと思ったが出ないと恐ろしい事になるので出てみると
聞こえて くる声は レイ子ではなく正芳だった。

『あ、蒼夜君?』
「あれ、父さん。どうしたの?」
『無事に着いたか心配になって』
「さっきレイ子に連絡したんだけど聞いてない?」
『うん。レイ子さん言うの忘れちゃったのかな』
「そ、そうかもねー」

いや、そんなはずはないと心の中で否定した。

『お友達と仲良くするんだよ』
「あーうん」

すでにケンカの最中ですとは言えない。

『がんばってね。何かあったら連絡するんだよ』
「分かったよ。じゃあね」

電話を切りさあ再開だと振り向くとすでに藤堂の姿はなかった。
あれ?と部屋を出てドアが壊されたリビングに行くとソファーに座って
いる百獣の王がいる。

「ここにいたのか…」

と言って気付いた。
しまったーーーー!!!
平穏な高校生活のためのキャラではなく素の自分が出ていた。
アワアワしている蒼夜に藤堂は煙草の火を灰皿で消しながら目線を
寄こす。

「理由は知らねえがお前がうすっぺらい猫の皮を被ってんのは最初
から 知ってんだよ」
「な、何で!?」
「テメーで考えな」

藤堂は疑問符を浮かべている蒼夜の横を通り過ぎた。

「あれ?続きは?」
「やる気が失せた」
「えっ!?」

そのまま藤堂は廊下に行ってしまった。
蒼夜は藤堂にくっ付いていく。

「なぁそう言えば彼女は?」
「…あ?」
「彼女だよさっきいた彼女。お前の彼女。帰ったの?ここ男子寮なん
だろ?」
「アホかあいつは男だ」
「は?」

ポカーンと口を開けたまま止まった蒼夜の目の前で藤堂の部屋のドア
がバタンと閉まった。
霧島葵を思い出してみる。
色白で目が大きくふんわりとしたかわいい子だった。
それなのに。

「男ぉー!?」

思わず叫んでしまった。
藤堂の部屋の中に入ろうとしたがカギが掛けられていたので入れず
呼んでも応答がないため仕方なく諦めて部屋の整理をすることにした。
しばらくしてようやく片付けがひと段落して窓の外を見ると外は暗く
なっていた。
自然とお腹も鳴る。

「腹減ったなー。夕飯ってどこで食べるんだ?食堂か?」

鳴るお腹を擦りながら藤堂の部屋の前で叫ぶ。

「竜司ー!夕飯ってどこで食べんのー!?」

…シーン。
応答なし。
このくらいで諦めるかとドアを叩く。

「竜司ー!腹減ったよー!ペッコリンだよー!」

しばらく叫び続けると勢いよくドアが開き、不機嫌オーラを出している
藤堂が出てきた。
眉間に皺を寄せ鋭い眼光で睨みつける。
一般人なら震え上がるだろうが蒼夜は気にもせずそれどころか出て
くるのが遅いと文句を言った。

「テメエ…」
「ご飯食べに行こうよって言うか案内して。食堂ってあるんだろ?」
「食いたきゃ一人で行け」
「だって場所知らないよ」
「寮長に聞いてこい」
「今不在なんだってさ」

藤堂は舌打ちするとそのままドアを閉めた。
が、閉まる寸前に蒼夜が足を入れる。
僅かに開いているドアの隙間から顔を近づけた。

「新しいルームメイトに冷たいんじゃないの!?竜司ー行こうよー」
「さっきから勝手に人の名前を呼びやがって。猫かぶりはどうした」
「バレてんだから今さら猫かぶったって意味ないし友達なんだから
竜司って呼んでもいいだろ? 俺の事も蒼夜って呼んでよ」
「あぁ?友達だ?」

ますます眼光が鋭くなり剣呑な雰囲気になる。

「拳と拳で交じりあった仲じゃん。ほらもう友達じゃんっ」

な!とニカッと笑う蒼夜を見て無表情のまま目を細めた。
ドアが開き藤堂の手が蒼夜の顔に伸びる。
蒼夜は反射的にメガネを押さえて後ろに身体を引いた。

「な、何だい?君もこのメガネに興味をお持ちかい?先に言っておくが
残念な事にメガネを取ったら 美少年というオチはないからな」

取られないようにしっかり両手でメガネを押さえていると藤堂からクッと
低い笑い声が漏れた。
その手には大きいゴミが。

「テメー自身が言うか」
「あ、もしかして髪にゴミ付いてた?」

さっきの片付けの時に付いてしまった様だ。
己のメガネを取られると思ってしまった勘違いに少し顔が赤くなる。

「うー…、食堂は自力で探す事にするよ」
「おい」

気まずさが出てきたのできびすを返そうとしたが藤堂に呼び掛けられ
見上げた。
ひょいっとメガネを取らる。
一瞬の出来事に目を見開いて事の状況を把握すると急いでバッと
両手で 己の顔を覆う。

「何すんだ!メガネ返せよ!」
「……」
「おいっ!竜司、聞いてんのかっ」

何も言わない藤堂に蒼夜は指を少しだけ開いて覗き見る。
するとまっすぐに蒼夜を獲物を見分している様な目で見ていた。

「確かに美少年ではねえな」
「ほっとけ」
「度も入ってねえしどうしてメガネを掛ける必要がある」

このダセえのをと続けた。
ダサいのは知ってんだよと心のなかで毒づく。

「目つき…」
「あ?」

蒼夜は顔を手で隠したままいかにの目つきの悪さで涙に暮れる日々を
送ってきたかをつらつらと 説明した。

「バカか」
「何ですとっ!?」

長年の深刻な悩みをバカと言われ思わず手を離し藤堂を睨み
付けた。
睨みつけてくる蒼夜の視線を受け止め藤堂はフンッと軽く鼻を鳴らす。

「確かに常人じゃあその目つきはキツイかもな」

常人にはキツイ視線を鼻で軽くあしらうあなたは何者ですかと蒼夜は
思ったが藤堂を侮れない奴だとは 認識している。
本気の力を出してはいなかったが場馴れした蒼夜の攻撃を見切って
いたからだ。
しかも立っているだけで藤堂は威圧感がある。
お互い本気を出してやりあえば同等かもしかしたらそれ以上かと推測
していると藤堂が目の前を通り過ぎ 振り返る。

「行くぞ」
「どこへ?」
「……」
「あ、ああ。食堂!行ってくれるのか、ありがとなっ」

見下ろしてくる藤堂に蒼夜はニカッと笑った。
そんな蒼夜に藤堂は片眉を上げる。

「ずいぶんと変わるな」
「何か言ったか?」

小声だったので聞き取れず首を傾げた蒼夜にメガネを放り返される。
慌てて受け取り装着した蒼夜はすでに外の廊下に出てしまった藤堂を
追いかけた。




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