59




車を駅近くの道路脇に止めてもらい素早く降りた。
行き交う人達が見慣れない外車をジロジロと見てくる。
その視線は蒼夜にも。

「葵、じゃあまたな!」
「うん。気を付けてね」

霧島へ軽く手を振り、近江に礼を言ってその場を早足で離れた。
やがて車も発進する。
蒼夜のいなくなった車の中はとても静かだ。
霧島は目を閉じる。
今はいい。
高校生の間はまだ……。
父でもある霧島組の組長が関与するなと幹部達に言ってくれているから。
だけど学校を卒業したらきっと今のように自由にはならなくなるだろう。
待ち構えたように霧島をそして藤堂を霧島組という籠の中へ放り込み逃げ出さないように 鍵を付けるに違いない。
特に藤堂は足に枷を付けられる可能性もある。
それ程目の前の男は藤堂を時期後継として力を入れているのだ。
その為には手段は選ばない。
今回の騒動だって綾音の藤堂に会いたいという願いを聞き入れたからではない。
本当の目的は家に藤堂を帰らせる事だ。
そしてあるパーティに参加させ、 裏で繋がりがある各界の者や獅門会の上層部の者に霧島と藤堂を記憶させるという 計画を霧島組の幹部は立てていた。
きっとこの事は父も知っているだろうと霧島は思う。
関与するなと言って何もかも押さえていたら血気盛んな者達だ。
何をするか分かったものじゃない。
だからこうやってたまに息抜きのように黙っている事がある。
失敗したかな……と少し後悔が霧島の中で生まれた。
蒼夜が家に来ていつもと変わらずに霧島と接しそれどころか親友とさえ言ってくれた。
舞い上がっていたのは事実だ。
もし近江と新垣が霧島と藤堂の初めての友人の蒼夜を二人の枷の対象として 使えるとすでに企んでいたとしたら……そう考えた途端、ゾクリと身体が震えた。
しかし心のどこかでそれを望む自分がいる。
高校生活が終われば霧島と蒼夜は違う道をそれぞれ歩む事になる。
極道の世界で裏の道を行く霧島に対し、蒼夜はまっとうな表の道だ。
背を向けて行ってしまう蒼夜を想像したらたまらなく焦燥に駆られた。
目を開けてスモークガラスから外を見てみれば暗く色身のない景色が見える。
まるで今の心の中のように霧島は感じた。

「ねぇ、近江」
「なんでしょうか」

視線を近江に移すとバックミラー越しで目が合う。

「叔父さんの事なんだけど」
「叔父さん?」

内心、分かっているくせにと霧島は思った。
今の幹部の者達、近江にしても新垣にしても叔父の事に関して絶対に知っているはずなのに 何も語ろうとしない。
今までは特にしつこく追及する事はなかった。
しかし蒼夜に叔父の事を聞かれておかしいと思い始めた。
なぜ、自分達に語らないのか。
その理由とは何か。
今知っている情報と言えば蒼夜に教えた事くらいしかない。

「僕に叔父さんは一人しかいない事くらい知ってるよね」
「もし、葵さんがあの方の事を言っているなら私から申し上げる事はできません」
「なぜ?」

近江は目をすぅっと細め笑みを深くする。
こうなってはもう何を言っても無駄だ。
鉄壁に向かって吠えると同じ事。
だが霧島は引き下がらなかった。

「どうして言えないの?その理由って何?叔父さんは……何をしたの?」

その問いに表情を崩さない近江は再度同じ事を口にした。

「重ねて言いますが私からは申し上げられません」

霧島は小さく溜息を吐く。
これは独自で調べる他ないなと頭を切り替えて帰ってからやる事を 組み立てていく。
黙った霧島に近江が質問した。

「なぜ、あの方の事を知りたいと思ったのですか?」
「それを言ったら何か教えてくれるの?」

近江は先ほどとは違う笑みを浮かべる。
霧島はジッと近江を見定める。
教えてくるのか曖昧な感じだ。
どうする。
しばし考えた後、賭けに出た。

「蒼夜がさ、気にならないのかって」
「何をですか?」
「自分の叔父さんの生死を。実際に会った事がないから 叔父さんがいるっていうのが実感出来ないというのもあって今までみんなが詳しく教えてくれない事を そんなに気にしてなかった。でも、蒼夜に言われておかしいなって思い始めた。どうして叔父さんを知って いる人達は何も教えてくれないのかって」

運転をしている近江を見つめるが特に反応はない。
ダメか……と背もたれに深く寄り掛かった。
しばらくすると霧島家に着いたようで車が止まる。
後部座席のドアが開けられて車から降りた。
その時何気なく思い出した事を口にした。

「そうだ、蒼夜が見たって」
「見た?」
「うん、叔父さんにそっくりな人を……」
「どこでですかっ」
「え?」

近江の反応に霧島は驚いた。
話しを受け流されるかと思っていたのに一瞬にして近江が殺気立った。
まるで霧島を親の敵のような鋭い目で射抜いている。
ヤクザの家に生まれ育った霧島でさえ目の前の近江から畏怖を感じた。

「えっと、駅前の繁華街で。でも人違いだと思う。あの写真と 同じ年齢くらいの人だって言ってたから……」

呟くように答えた霧島に近江は殺気を纏いながら笑った。

「一つ、葵さんに教えましょう。私や新垣の前ではあの方の話しをしない方がいい。 なぜなら」
「………」

霧島だけに聞こえるように耳元で低く囁く。

「貴方の叔父を、霧島恭吾を心から憎んでいるからです」

竹林が風に揺れてざぁっと音が鳴る。
先程の事が嘘だったように殺気の欠片も残していない普段の近江を霧島は茫然と見上げた。
そして促されゆっくり歩き出す。
用がある近江は裏門まで霧島に付き添った後、一礼してそこから去って行く。
その後ろ姿を視線を逸らさずジッと見つめた。
叔父を憎んでいる……近江と新垣が。
どうしてその事を教えてくれたのだろうか。
霧島が話した事は今まで何を聞いても語らなかった近江が見返りをくれる程、 とても有用な情報ではなかったはずだ。
なぜならそれは人違いだから。
だが、もしも……。

「もしも人違いではなかったら?」

霧島は家にとって、とても大きな何かが隠されている気がしてきた。
絶対に調べてみせると意気込んで自分の部屋へと急いだ。





main next