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俺は犬や猫じゃねーんだけど……と眉間にしわを寄せながらも何だよと藤堂に近づく。
すると急に腕を掴まれ勢いよく引っ張られた。
仰向けに寝ている藤堂の上に倒れる形になる。
藤堂の足の裏が蒼夜の腹に当てられた瞬間。

「どわーーーーっ!!?」

蒼夜の身体が空を舞い弧を描くように飛ぶ。
部屋のふすまを突き破って隣の部屋に転がり込んだ。
痛む身体を起こした蒼夜は自分の下敷きになっているふすまを見て青褪めた。
なぜなら大きく破けていたらからだ。
ニヤリと笑っている藤堂に怒鳴った。

「竜司!いきなり何すんだよ!見てみろよっ、ふすまが破けただろ!!」

そんな蒼夜に霧島が駆け寄って来る。

「蒼夜、怪我しなかった?」

心配そうな顔を蒼夜に向けた後、藤堂を振り返り咎めた。
しかし藤堂は百獣の王様の態度で寝転がっている。
これは何を言おうがダメだなと蒼夜は思う。
霧島も同じように思ったのか肩を竦めた。

「大丈夫?蒼夜」
「あー、平気平気って……ふすまは平気じゃないけど」

どうしようコレと破けたふすまを見て唸っていると霧島は軽く気にしなくていいよと言う。

「でも怒られないか?」
「コレの原因は竜司だから怒られるとしたら竜司だよ」

蒼夜は我関せずの藤堂を睨みつけながら後でたっぷり怒られろと鼻からフンッと荒い息を吐き出した。
ふと、転がり込んだ部屋に見覚えがある事に気が付いてぐるりと見渡す。
部屋を囲むようして上方に飾ってある貫録ある人達の写真。
確かここは……。

「ここって昨日通された部屋の隣にあった所?」

呟いた蒼夜に霧島がクスッと笑った。
きょとんとした顔で見返した蒼夜は意外な事実を知る事となる。

「蒼夜、同じ部屋だよ」
「え?」
「蒼夜が泊ったその部屋は昨日、最初に来た部屋だよ」
「えええーーーーっ!」

全く分かっていなかった蒼夜はちょっと恥ずかしくなって顔を赤くする。
話しを誤魔化そうと咳払いをしてある写真を指差した。

「あ、あれ。あの写真なんだけどっ」
「どの写真?」

蒼夜が指差しているのは年若い、美しい男だ。
そして繁華街の路地裏で不良達に絡まれていた大学生ととても良く似ている。
霧島は一つ頷く。

「ああ。あの人は父さんの弟で僕の叔父さん」
「叔父さん?それしにては……」

若すぎるぞ……と写真を見上げる。
そんな蒼夜の疑問が分かったのか霧島は写真に映っている人達の説明した。

「ここに飾られているのは霧島家の故人なんだ」
「え?」
「その中でも代々の組長や功績ある人がこうやって飾られているんだよ」

それを聞いて蒼夜はじゃあ、この叔父さんは若くして亡くなったのか?と霧島に聞くと うーんと首を傾げた。

「詳しくは知らないんだけど、僕が生まれる前に霧島家から出て行ってそれっきり音沙汰なしで 生きているのか死んでいるのか分からなかったみたいなんだ。でもある日ここに写真が飾られていたから もしかしたら亡くなったのかも。あの写真は当時の頃の叔父さんでもし生きていたら確か父さんと5つ違いだから35歳だね」

霧島の言葉に疑問を蒼夜は抱いた。
叔父といえば結構近い血縁だ。
それなのに生死が曖昧になっている事に気にならないのかと。
質問された霧島は苦笑いをした。

「それは気になったよ。けど……」
「けど?」
「どうしてか叔父さんの話しをみんなしたがらないんだ。聞いてもはぐらかせられちゃう」

なんでだろうと首を傾げる蒼夜に霧島はさあ?と写真を見上げた。

「それより蒼夜はなんで叔父さんが気になったの?まあ、確かにこの中にあるのは目立つけど」
「んー、いやぁ。この人に似た人を見たんだよ」
「どこで?」
「駅前の繁華街で。でも俺の気のせいだったみたいだな。俺が見たのはこの写真と同じくらいの 歳だったから」
「世の中には同じ顔を持つ人がいるって言うからね」

写真を見ながら話していると視線を感じて蒼夜は振り返る。
横目でこちらを見ていた藤堂と目が合った。

「あ、そうだ。竜司、お前怪我マジで大丈夫なのかよ」

蒼夜が思い出したように聞くと藤堂はフイッと視線を外した。
ムッとしながら歩み寄り近くまで行くと腰に手を当て見下ろした。

「あんなに大きな音が鳴ったんだぞ……って聞いてんのかよ! 心配してやってんのに」
「うるせえ」
「はっはーん、さてはやせ我慢してんだろ、見せてみろよ」

藤堂のシャツに手を伸ばそうとしてバシッと払われた。
ムッとした蒼夜は絶対に見てやるとむきになり素早く藤堂の腹の上に跨った。
シャツを掴んで胸の上まで捲る。
藤堂は先程とは違って特に抵抗もなく蒼夜をジッと見ているだけだ。

「あれ?」

絶対に痣になって腫れているだろうと思っていた脇腹はなんともなかった。
手の平で脇腹を撫でて指で肋骨が折れていないか確認するがやはりどこも異常は見つからない。
おかしいなーと首を傾げていると近くでピローンと音が鳴った。
振り返った先に携帯をこちらに向けている霧島が。

「葵?なにやって……」
「ううん、何もしてないよ!」

携帯を後ろに隠した霧島はニッコリと天使の笑みを蒼夜に向ける。
そんな霧島にいやいや明らかに何かしてたよな!と突っ込もうとした時。

「ハロー!!」

突然、部屋の障子がスパーンっと開けられた。
蒼夜は思わず呆気に取られた。
そこに現れたのはサングラスを掛け赤いアロハシャツの上に黒いスーツを着た小柄な老人。
長い白髪を後ろに流していて頭の後ろでお団子にしている。
サングラスを取った老人は布団に寝ている藤堂とその上に跨っている蒼夜を交互に見て 頷いた。

「うむ、ちちくりあう元気があるなら大丈夫だ!問題ねえな!」

すぐにスパーンっと障子が閉められる。
若いっていいね〜っと鼻歌を歌いながら老人は去っていった。

「今の誰……?」

茫然と呟いた蒼夜に霧島が、千場じぃだよと教えてくれる。

「千場じぃ?」
「うん。闇医者」
「へ、へぇ……」

蒼夜はフィクションでしか聞いた事のない言葉に取り合えず 相槌を打った。




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