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「テメー、何してんだ」
「ははっお久しぶりですね、若。お元気そうでなによりです」

先程の雰囲気を消した新垣はおどけた様子で降参と軽く両手を上げる。
しかし藤堂から遠慮のない鋭い蹴りが繰り出され、それをまあまあと宥めながら避けた。
さらに仕掛ける藤堂の攻撃を新垣はさらりとかわしていく。
蒼夜は目を輝かせた。
身体が疼きすげーっヤクザすげーっと感嘆する。
ふと、藤堂が振り返り、目が合うと途端に眉間にしわが寄って不機嫌そうな顔になった。
何だかヤバイ感じがした蒼夜はジリッと後退した。

「りゅ、竜司?」

すかさず拳が蒼夜めがけて飛んできた。
なんとかぎりぎりで避けた蒼夜は叫ぶ。

「お、おまっ!何しにここに来たんだよ!だから止めろって!」

制止の声を聞き入れてもらえず、続けて蹴りの攻撃を受ける。
大きく足を広げようとした蒼夜だが浴衣が邪魔をして バランスを崩した。
廊下に尻もちを付いて転ぶと目の前にバキバキと手を鳴らす藤堂の姿が。
ああ……なんでこんな事に……と、咄嗟に藤堂の後ろにいる新垣に止めてもらおうと 助けを求めた。

「あ、新垣さん!助けて下さい!助けてっ!」

その瞬間、新垣の身体がビクリと跳ねた。
そして蒼夜を凝視した後に突然、顔を盛大に歪め両手で覆った。
直後に身体が震え始める。
蒼夜は驚いて大丈夫ですか?と一言声を掛けたかったのだが 自分の事で精一杯だった。
なぜなら藤堂の拳が再び飛んできて避けようにも浴衣の袖を足で踏まれているため 逃げられなかったからだ。
衝撃に耐えるため腕で顔をガードする術しかない。
バキィッ!とまるで骨が折れた音がした。

「う、ん?」

ギュッと目を瞑っていた蒼夜はそっとガードしていた腕から訝しみながら顔を覗かせる。
音がしたわりには痛みが無く、何のダメージも受けてないのだ。
あれ?と周囲を見て――ギョッとする。

「りゅ、竜司!?」

なんと藤堂が脇腹に手を当て片膝を付いているではないか。
そしてその藤堂の前には新垣が。
え?まさか?え?でも、え?と混乱している蒼夜に答えを出すように新垣がゆらりと脚を上げ 制止する間もなく鋭い蹴りを藤堂に入れる。
しかし寸でのところで藤堂がそれを避け、蒼夜は腹の底から安堵した。
あのすごい蹴りをまともに受けたら軽傷で済むはずがない。
しかし安堵したのも束の間、また攻撃を仕掛けている。
慌てて新垣に止めてもらうように訴える。

「あの、もういいですからー!!」
「そこをどいて下さい」

蒼夜は新垣の目を見て尋常な状態ではない事に気が付いた。
憎しみ悲しみ怒り、それらが混ざり合っている狂気ある目は若と呼んでいる藤堂に向けられている。
え、何で?俺が助けてなんて言ったせい?と良く分からないこの状況の中で蒼夜は とりあえず新垣に落ち着いてもらおうと何度ももう大丈夫です!と訴える。
すると後ろに庇っていた藤堂がどけと蒼夜の肩を掴んだ。

「どけって、お前、大丈夫かよ」
「あ?」
「あ?じゃねーよ。その肋骨いっちゃってんじゃねえの?」
「どいて下さい」
「あ、新垣さんまで」

両者からどけと言われてるがそんな事できるはずもなく意地でも隔てる壁になるつもりだった。
ああ〜誰かー!!
心の中で叫んでいると微かに声が聞こえる。
それはだんだんこちらへと近づいてきているではないか。
しかもこの声は。

「葵だっ!!」

蒼夜は大きな声で、葵〜っ!!早くこっちに来てくれー!!と叫んだ。
するとすぐに蒼夜!?と叫び返されバタバタと走って来る音が聞こえる。
ホッと胸を撫で下ろした瞬間、蒼夜を間に挟んだまま藤堂と新垣が動いた。
ヤバイッ!!と咄嗟に蒼夜は藤堂に思いっきり抱きつき新垣から離そうとした。
この行為のせいで背に新垣の攻撃を受けてしまうのはこの際しょうがない。
バキッ!と再び大きな音が響く。

「――っ、……ん?あ、あれ?」

蒼夜はまた痛みが無い事に不思議に思い、顔を上げると藤堂が舌打ちをして正面を真っ直ぐ見ている。
その先を振り返った蒼夜は、近江さん……と自分のすぐ後ろに背を向けて立っている 人物の名を呟いた。
視線を下に移動させると近江の足元に片膝を付いている新垣が。
その頬は赤くなっていて口元から血が流れている。
胸倉をつかみ上げた近江は顔を険しくさせながら怒鳴った。

「テメー!新垣ッ!若に手を出しやがって何してんだッ!あぁ!?」
「蒼夜、一体何があったの?」
「葵っ」

霧島に説明して、と真面目な顔で言われ蒼夜はさっきまでの出来事を話した。
蒼夜が助けを求めた時、新垣の様子がおかしくなった事も。
それを聞いた近江は蒼夜に一言確認した。

「助けてとこの新垣に言ったんですね」
「え、あ、はい」

蒼夜が頷くと唸るようにバカがッと俯く新垣を見下ろしながら吐き捨てた。

「お前、まだ……あの事を」
「……若、すみませんでした」

近江の腕を払い新垣は正座をすると深々と頭を下げる。
舌打ちをした藤堂は蒼夜の首根っこを掴み歩き出す。

「ちょっ、竜司!?」
「若、千場じぃを呼ぶので部屋で―」
「いらねえ」

ずるずると蒼夜は藤堂に無理矢理泊っていた部屋へ連れて行かれた。
その後を霧島が付いて行く。

「なあ、新垣さん大丈夫なの?」

心配になった蒼夜が霧島に聞くと近江に任すから気にしないでいいよと返された。

「それより、朝起きたら蒼夜がいないし竜司に聞いたらトイレに行ったって言うけど いつまでたっても戻って来ないし、もしかしてトイレで倒れているじゃないかと思って 行ってみたらいないし、家の中を探し歩いちゃったよ」
「あー、ごめん。トイレに行こうとしたら迷っちゃってさ。その時に新垣さんと近江さんに会って…」
「うん、僕も途中で近江に会って蒼夜の事を聞かされてさ、一緒に部屋に戻ってたんだ。 そしたら蒼夜の叫び声が聞こえて来て何事かと思って焦ったよ」

蒼夜はもう一度霧島にごめんと謝ってどうしてこんな事になったのか腕を組んで考えた。
そして藤堂が登場したところから状況がおかしくなっている事に気が付いてビシリと布団の上で 欠伸をしながら寝転がっている藤堂を指差した。

「竜司!そうだお前、何でいきなり新垣さんに蹴りを入れたんだよ!」
「テメーこそ新垣と何してた」
「は?」

何もしてないぞ……?と首を捻っているとちょいちょいと指で招きよせられる。




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