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機能を果たさなくなった携帯を握りしめて叫んだ蒼夜はとにかくレイ子に 連絡をつけようと霧島の携帯を借りる事にした。
霧島は自室にある携帯を取りに戻るため廊下へ出ようとしたのだが障子の隙間から人の気配を感じ てうわっと驚いた声を上げた。
その声に蒼夜が反応し、視線を向けると霧島の前に誰かが立っている。
着物姿の貫禄ある壮年の男性が蒼夜をジッと見つめていた。

「父さんっ」

霧島がその男性を見て驚いた声を上げた。
蒼夜もマジマジと未だに自分を見ている男性を見返す。
男らしい顔つきで眼孔は鋭い。
白髪交じりで顔に皺が刻まれているが決して その男のマイナスにはなっておらず逆に魅力を出している。
そして誰かに似ていると感じそれが藤堂である事に思い至った。
藤堂本人から霧島とは異母兄弟だと聞いていたのでこの人が二人の父親なのかーと そんな事をぼんやりと考えていたがいつまでたっても視線が蒼夜から離れない。
さすがに困惑した表情を蒼夜はした。
霧島も父さん?と首を傾げる。

「ーーーさ、ん」

ぽつりと霧島の父親が呟いた。
小さい声で聞き取れなかったが低く重みのある声は静かな客室に響き溶けた。
パチパチと瞬きをした蒼夜は、挨拶をまだしていない事に気付き布団の上に正座した。

「あの、この度はご迷惑をお掛けしまして……えっと、俺は霧島君と藤堂君の同級生の塚森蒼夜です」

ぺこっとお辞儀をすると畳を踏む音が聞こえ顔を上げた蒼夜の目の前に霧島の父親が立っていた。
そしてその場に胡座をかいて座り込む。

「私は葵と竜司の父親で霧島義勝だ。体調はどうだ。池に落ちたと聞いたが」

カーっと蒼夜の頬が赤くなる。
だ、大丈夫です!!と大きな声で答えた蒼夜に義勝は目を細めそうかと頷いた。

「こんな所だが今日は泊まっていくといい。息子達も喜ぶだろう」

蒼夜が部屋の障子の所にいる霧島に目を向けるとコクコクと勢いよく頷かれた。
断る理由もなかったので蒼夜はじゃあ、お言葉に甘えて……と泊まる事にした。










「だから今日はダチの家に泊まる事になったんだよ!」
『こんな時間に連絡しておいてその言い方はなんなのアンタッ!! それに携帯壊れたってどいういう事!?』

あの後、霧島と義勝とで話しをしていた蒼夜がレイ子に連絡をしたのは結局21時を過ぎた頃だった。
案の定、レイ子にガミガミと怒られうんざりした蒼夜は霧島に借りた携帯を耳から遠ざける。
それでもレイ子の大きな声は十分に聞こえてきた。

「明日帰るからっじゃあな!」
『ちょっと、蒼夜っ!』

ブツッと携帯を切って強制的に会話を終了させた蒼夜はふうっと溜息を吐いた。
その横で霧島が心配そうに様子を窺っている。

「蒼夜のお母さん、泊まっていいって?」
「ん?…ああ、いいってさ」

家に帰った時の事を考えるとうんざりしてくる。
拳の一つは覚悟をしていた方がいいだろう。
借りた携帯を返し、にっこりと蒼夜が笑い掛けると霧島の顔がパアッと明るくなる。
そして落ち着きがないようにそわそわし始めた。

「葵、どうした?」
「ねえ、蒼夜」
「ん?」
「僕もここに布団敷いて寝ていい?」

もちろんと頷くと霧島は張り切って布団を客室の押入れから引っ張り出した。
蒼夜も手伝い二人で敷いていく。

「どうしよう、蒼夜。友達がうちに泊まってくれるだなんて嘘みたい」
「あははっ」

興奮している霧島に笑った蒼夜は……振り返り自分が寝るはずの布団に我がもの顔で座っている人物へビシッと指を差した。

「おいっ何でお前がここにいるんだよ!!」
「あ?」

ふてぶてしい態度でそこにいるのは百獣の王様の藤堂だ。
蒼夜は文句を言おうとするが……藤堂が手に何かを持ってくるくると回している。
回しているものを口を開けたままジッと見た。
顔を前に出してさらにジッと見た。
見間違えでなければそれは蒼夜が愛用している必須アイテムの黒ブチメガネだ。

「あーーーーーーっ!!!」

蒼夜の叫び声が響き渡る。
今の今までメガネをしていなかったのだ。
そこで気付いたのが由良や義勝の前で素顔をさらしてしまった事だった。
がくりと自分の失態に項垂れる蒼夜に霧島がフォローをする。

「蒼夜、うちはその……一般家庭とは違うから気にする事はないと思うよ」

葵の言う通りここはやくざの家だ。
目つきの悪い者の方が多い。
そのことにホッとする反面複雑な気分になった。

「それに父が蒼夜の事を気に入ったようだし」
「俺を?」
「うん。そうじゃなきゃ泊まっていけだなんて言わないよ」

霧島が電気を消して布団に潜り込む。
蒼夜も寝ようとしたがそこには藤堂がいる。
眉間にしわを寄せながらどけと何度言っても立ち去る気配を見せない。
その上、ごろりと横になってしまった。

「おい、その布団は俺のだぞ!お前もここで寝たかったら自分で押入れから出して敷けよ!」
「うるせぇな」
「!!?」

絶対こいつ敷く気はない!と判断した蒼夜が渋々もう一つ布団を出そうとした時、霧島がここで寝なよと半分スペースを空けた。

「俺がそこで寝たら狭いと思うけどいいのか?」
「こういうのもいいじゃない?」

嬉しそうに笑う葵に蒼夜も笑い返して隣に寝転がった。
布団自体が大きいのと葵の体格が小さい事もあって二人で寝ても余裕があった。
先に寝入った藤堂を放っておいて蒼夜と霧島はたわいのない話しで盛り上がる。
そしてどちらともなくいつの間にか寝てしまった。




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