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息苦しさに文句を言うがそのまま引っ張られる。

「おい、竜司!離せよ!っていうかどこに行くんだよ」

長い廊下をどう進んでどこを曲がったとか覚えきれないまま無理矢理連れて行かれると 藤堂が立ち止まった先の障子を開け、さらに奥にあるふすまを開ける。
すると机とベッドぐらいしかない広い部屋があった。
もしかして……と蒼夜は藤堂を見上げる。

「ここって竜司の部屋?」

肯定も否定もしない藤堂にずるずると引きずられている蒼夜は迫って来る ベッドに気付き渾身の力で足を踏ん張らせた。

「待て待て待てーっ!!何をする気だ!?」
「あ?」
「あ?じゃねーよ!!」

蒼夜は身を捻り藤堂の横っ腹に蹴りを入れる――が、それは片腕でガードされてしまった。
未だにもう片方の手は襟首を掴まれている状態だ。
これでは離れたくても離れられないし、自由が制限される。
うーっと唸った蒼夜は上着を素早く脱いで藤堂の拘束から脱出した。
しかし再びふすまへと駆け出した蒼夜をみすみす逃がすような藤堂ではない。

「逃げるのか」

藤堂の言葉に蒼夜は立ち止まって振り向きながら睨みつける。

「逃げるだと?んな事するわけねーだろ!」

蒼夜にとって逃げるというのは敗北を意味し屈辱的な事でしかない。
藤堂が近づいて来てその分遠ざかる。

「近づくなよ。話しがあるならそこで話せ」

藤堂から一定の距離間を保っていた蒼夜だが広い部屋の中といえども限度がある。
いつの間にか壁際まで追い詰められてしまった。
腕を引っ張られて腰に手が回りホールドされる。
喰い殺してやると言わんばかりの眼光で見下ろされ負けじとガンを飛ばしていると 黒ブチメガネをサッと取られてポイッと放られた。

「あ!!」

手を伸ばすがすでに遅い。
ぞんざいな扱いで必須アイテムが畳の上に転がった。
スペアがない今、壊されるわけにはいかないのだ。

「てめーっ!」

目つきの悪い蒼夜の眼光がさらに凄みを増し藤堂を射抜く。
そこらにいる不良ならその迫力に戦意を喪失してシッポを巻いて逃げ出すだろうが 相手は百獣の王様の藤堂だ。
怯むどころかなぜだか怒りを湛えて見返している。

「うぎゃっ!」

いきなり尻を鷲掴みにされて蒼夜は声を上げた。
その直後に思わず直立不動になってしまう程、恐ろしい声で問われる。

「誰とやった」
「……っ!」

蒼夜は顔を引き攣らせて、ななな何を言っているのかな?藤堂君、と裏返った声を出した。
目は藤堂を映しているものの頭の中では比奈山で埋め尽くされていた。
比奈山がニッコリ笑いながら蒼夜に何か言っている。
そう言えば、家に帰る前に陽一の寮室でなにか言われてたっけ?と思い出していると比奈山の声が蘇って来た。
確か男を引き寄せるとか訳の分からない事を言われていた気がする。
最後の方は聞き流していたが…浮気をしたら相手を殺して蒼夜を閉じ込めるとかそんな事も 言っていたような……とだんだん冷や汗が流れて来た。
いやいや男の藤堂と浮気とかあり得ないしその前に比奈山と付き合っているわけではないからそもそも 浮気っていうのもおかしな話しだぞとぐるぐる考えていると唇を塞がれて我に返った。

「ん…!?…なっ、りゅ…じ…!」

後頭部をがしりと掴まれて顔をそらしたくてもそらせず。
舌が遠慮なく蒼夜の咥内に侵入してきた。
絡もうとする舌をかわしながら早く出て行けと舌で押し返す。
そんな蒼夜の態度が気にくわない百獣の王様はきつく舌を吸い上げた。
痛さを感じる程の強さに顔を顰めた蒼夜は藤堂の脚を蹴った。
すると仕返しとばかりに乱暴に尻を揉まれる。
ぎゃあっ!と悲鳴を上げるがその声は藤堂の口の中へと消えていった。
ジタバタしながら藤堂を押しのけていると 開け放たれたふすまの向こう側の障子にさっきも見た人影が右往左往している。

「りゅ、竜ちゃーん?あのね、ジュースとお菓子持って来たの。入ってもいい?」

遠慮がちにかわいいらしい声が聞こえて来た。
やっぱり綾音さんだと思ったところで今の状況に内心悲鳴を上げ蒼夜は 慌てて藤堂を叩きまくる。
もしもこのまま障子が開けられたら高校生の男同士がキスしている場面を見られてしまう。
そんな事になったら純情そうな綾音にかなりのダメージを与えてしまうのは必至だ。

「入るわよ?」

綾音の手が障子に掛けられた。
万事休す!!
んー!んー!と必死に蒼夜は藤堂に訴えかける。
するとずるりと舌が出ていく。
藤堂は己の口をペロっと舐め、機嫌が悪そうな顔で障子を開けた 綾音を見た。
その隙に蒼夜は藤堂から距離をとり、黒ブチメガネを拾って装着した。

「あ、竜ちゃん。いるなら返事をしてよね、もう。これどこに置いたらいいかしら?」
「入ってくんじゃねえ」

冷たく藤堂に言われた綾音はジュースとお菓子を乗せたお盆をぎゅっと握って立ち尽くす。
悲しそうな顔をすると俯いてしまった。

「…ま、まだ怒っているの?でも嘘を吐いたわけではないのよ」
「おい、近江、いるんだろ。連れて行け」

音もなく綾音の後ろから近江が現れた。

「若、綾音さんを責めないでやって下さい。今回の事は私が独断でやった事です」
「近江?違うわ、私が…」
「さ、綾音さん、行きましょう」

蒼夜そっちのけで会話が進んで行く。
まったくなんの事だか分からなくて首を傾げてしまう。
そもそも藤堂と綾音はどういう関係なんだろうか。
藤堂のお姉さんなのか?と考えて…蒼夜は今が脱出するチャンスじゃないかと気付いた。
幸い誰も蒼夜を見ていない。
ベッドの横にある障子を見てそこから出ようとじりじりと移動した。
気配を感じ取った藤堂が振り返る。
蒼夜は勝ち誇ったように笑いながら叫んだ。

「ふはははっ!!さらばだ藤堂君!あ、言っておくけどこれは逃げてんじゃねーからな! 家に帰ろうとしてんだからな!お邪魔しました〜!!」

後ろを振り向きながら障子を開け、廊下に出た。
壁など仕切りもなくそのまま外に出られる。
靴はこの際しょうがない。
庭から玄関まで取りに行けばいいかと前方をよく見ないまま蒼夜は思いっきり廊下を蹴って庭に 下りようと跳んだ。
着地する場所を目で確認するとそこはキラキラと陽を反射している水面――。

「!!!?」

ばっしゃーんっと水しぶきを上げて蒼夜は大きな池の中へと落ちて行った。
身体全身を水につかってしまった蒼夜はパニック状態になり 手足を必死に動かして助けを求めた。
なぜなら……。

「だ、誰がっ!俺、泳げぶぁっ…い!ぶっ…くぶくぶく……」

蒼夜はかなづちだったのである。
立派な錦鯉を水中で見ながら蒼夜の意識は途絶えていった。




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