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ジッと見ているとくりっとした大きい目とパチッと合った。
すると綾音の顔がみるみる綻んでいく。

「まあまあ!もしかしてあなたが竜ちゃんと葵ちゃんのお友達?」
「え?」

目の前にちょこんと座った綾音に蒼夜は手をぎゅっと握られる。
とても柔らかい手だった。
それにいい匂いも綾音からしてくる。
わあっと蒼夜の顔が赤くなった。
綾音さん、と由良の咎める声が聞こえてくる。

「だってアキちゃん、信じられる?竜ちゃんと葵ちゃんが初めてお友達を家に連れて来たのよ!」
「嬉しい気持ちは分かりますがその手を離して下さい。笙華さんに見られたら塚森が…」
「塚森君っていうのね!塚森なに君って言うの?」

蒼夜は由良の言葉など耳に入っていない綾音にジッと見つめられる。

「そ、蒼夜ですけど…」
「まあまあ!じゃあ、蒼ちゃんね!」

うふふ!と笑う綾音に完全に圧されている蒼夜が困りながら由良を見ると首を左右に振られた。
由良もどうする事も出来ないらしい。
ふと、気配を感じ取り放たれている障子の外を見ると廊下に知った顔が。
声を掛ける間もなくその人物は綾音の首根っこを掴んで蒼夜から引き離した。

「やーん!竜ちゃんってばそんなに怖い顔しなくたっていいじゃない〜。 お友達に挨拶してただけでしょー」

綾音は廊下へと出され、由良は藤堂からの視線を受けて 肩を竦め、綾音を宥めながら客間から離れさせた。
ピシャッと障子を閉めた藤堂はドカリと困惑している蒼夜の前に座る。

「あのさ、どこから聞いていいもんだか…。えっと、ここはお前の家なんだな? …で、葵の家でもあるんだよな?あ、答えたくなかったら答えなくてもいいからな!」
「あいつとは兄弟だ」
「…え?ええ!?きょ、兄弟!?」

藤堂と霧島が兄弟と聞いて蒼夜は驚く。
血が繋がっているとは思えないくらいまったく似ていないからだ。

「へーほー…そ、そうなのか。まあ、世の中似ていない兄弟がいても…うん」

うまいフォローが出来ない蒼夜は自分自身を殴りたくなって来た。
だが、ん?とある事に気が付く。

「竜司も葵も同じ学年だよな?…同学年の年子ってやつ?」

藤堂の否定的な視線を感じ蒼夜はまさか…とおそるおそる聞いてみた。

「え、じゃあさ、双子!?」
「馬鹿か」
「何!?」

ムカっとした蒼夜だったが藤堂の次のセリフで固まった。

「葵は本妻の子で俺は愛人の子だ」
「…あ、はい」

『…あ、はい』じゃあねぇよ俺!と自分自身に突っ込んだ蒼夜は何を藤堂に言って良いのか分からず 焦るばかりで思考が定まらない。
頭から煙が出るのではないかというくらいぐるぐる考えているとドンっと押されて 畳の上に倒れた。
油断していた蒼夜はゴンっと思いっきり後頭部をぶつけ痛さに耐えながら藤堂を睨みつけた。

「いってー!竜司なにすんだよ…ってマジでなにすんだ!」

藤堂が圧し掛かって来て黒ブチメガネを取られ上着は脱がされそうになる。
蒼夜の首元に鼻を寄せ匂いを嗅いだ藤堂がくせえと呟いた。
思わずえっ!?と目を丸くする。
風呂なら昨日ちゃんと入ったはずだがと蒼夜は自分の匂いを嗅ぎ始めた。

「俺、臭いか?」
「野郎の匂いがする」
「は?…うわっ!!」

うつ伏せにされ、ずるりとズボンが引き下ろされるがどうにか下着だけは死守した。

「一体、お前は何がしたいんだよ!!」

藤堂の指が下着の上から蒼夜の双丘の奥の入り口をグッと押した。
その途端、蒼夜の身体が明らかに強張った。
藤堂は獰猛に目を光らせ蒼夜を見下ろす。

「誰とやった」
「…え?」

藤堂の指がググッと入り口を押す。
止めろ!と蒼夜が叫んだ。
睨み付けてくる蒼夜の瞳の中に怯えを感じ取った藤堂は舌打ちすると下着を剥ぎ取る。
ギョッとした蒼夜は藤堂の目線が自分の尻の間に向けられている事が分かると 身を捩って逃れようとした。

「どこ見てんだ!テメー!ふざけんな!!」
「うるせえ。黙れ」
「…いっ!?」

ガブッと後ろから肩を噛まれた。
歯形がくっきり付きじわっと血が滲んでいる。
くっそーっと蒼夜は藤堂に向かって拳を振り上げー。

「何してんだい、あんたたち。ちちくりあうなら自分の部屋に行ってやんな。客間を汚すんじゃ ないよ」

いきなり第三者の声がして蒼夜の動きが止まった。
こんな場面を見られて恥ずかしくなった蒼夜はうわーーっ!と顔を手で覆った。
藤堂は顔隠して尻隠さずの蒼夜を見た後、第三者を睨み付ける。

「何しに来たババア」
「はんっ、あんたと葵が友達を連れて来たって聞いてねどんな子か見に来たのさ」

蒼夜は顔を覆っている指を少し動かして隙間を作りそこから覗き込む。
すると可愛らしい綾音とは正反対な大人の色気を纏っている和服美女がそこにいた。

「ふん、しかし友達…ねえ」
「さっさと出て行け」
「はいはい出て行くけど、さっきも言った通り続きは自分の部屋でやりなよ」

蒼夜の耳にピシャッと閉められる音が聞こえた。
ホッとした蒼夜だがこの時になって始めて尻丸出しな状態に気付いた。
見られた…?見られたよな?と思いながら藤堂と距離を取る。

「さっきの人誰だよ!?俺、思いっきり尻見られたじゃん!!」
「あ?」
「あ?じゃねえって!!」
「うるせえ、こっちに来い」
「馬鹿じゃねえの!?行くわけねえだろ!」

藤堂の伸ばしてきた手を打ち払い、後ろへと移動する蒼夜だったが背にふすまが当たる感触がした。
横に移動しようとした蒼夜は藤堂に足払いをされ後ろへとバランスを崩す。
ドタンっと大きな音を立ててふすまごと隣の部屋に倒れてしまった。

「くそっー、……ん?」

倒れた蒼夜は部屋の上方を囲むように額に飾られているたくさんの写真を見た。
それを一通り見ていた蒼夜はあれ?と何かにひっかかった。
着物を着た壮年の貫録がある人物たちの中に一ヵ所だけ目を惹かれる美しい若い男の写真が。
どこかで…見た事があるような、う〜ん、と考えていると尻の下にあるふすまの存在に気付く。
それが破損してると分かると蒼夜の意識は一気にそこへと集中した。
とても高そうなふすまの一部が破けてしまっている。
ああああ…とレイ子の激怒している場面を想像してしまって青褪める蒼夜の目の前に 藤堂が立った。

「おいっ!踏んでる!ふすま踏んでる!」

めしめしと藤堂の足元から不吉な音が聞こえてくる。
ぎゃーーーっ!と心の中で蒼夜は叫び、藤堂の足を掴んでどかそうとするがビクともしない。

「足、どかせよ!」

蒼夜が下から見上げるように睨みつけているとバタバタ走ってくる音が複数聞こえてきた 。

「若!大きな音がしましたがどうされましたか!?」

わらわらと屈強そうな男衆が客間に集まって来た。
目をパチパチ瞬きをさせながら見ていた蒼夜は自分を見下ろしているだけの藤堂に 「おい…」と声を掛けた。
藤堂は次第に不機嫌になりながらゆっくりと振り返る。

「うるせえ、うせろ」
「しかし…」
「うせろ」

藤堂の眼力を前にして男達は恐れを感じ後退する。
ビリビリとした空気の中、蒼夜はふすまにめり込んでいく藤堂の足をハラハラしながら見ていた。
男達が冷や汗をかきながら一礼しその場を辞した後、藤堂の足がふすまから離れて蒼夜は ホッとしたが首根っこを掴まれて持ち上げられた。




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