「テメエ…」

あ、ヤバいっ!と思わずバタンっとドアを閉めた。
比奈山とは別の意味でさっきの男と100パーセント関わったら平穏
生活が出来なくなる。
何で初日からこんな目に会うんだーと己の不幸を嘆いた。
押さえているドアノブがガチャガチャと回されドアがガンガン蹴られる。

「あのー!すいません決して覗こうとしたわけではなくてですねっ」

さらに激しくなるドアへの攻撃。
ドアが打ち破られるのも時間の問題だ。
こうなったらと蒼夜はドアノブから手を離し後ろに数歩後退した。
すると勢いよくパァン!!とドアが開け放たれる。
そこに現れたのは荒々しさが身に出ている野性的な美貌を持つ
目つきのかなり鋭い男だった。
男は蒼夜を捕まえようと大きく歩み寄る。
蒼夜は男が踏み出し手を伸ばしたその瞬間に小さく屈み込み男の
長い足の 間を潜り抜けて部屋の中に 入り込んだ。
そして素早くドアを閉めて内鍵を閉める。
一息吐く暇もなく目的の人物を探した。
蒼夜はソファーの近くに立っている多分男の彼女であろうと思われる
子を見つけ近寄るが彼女は蒼夜を見るとビクッと身体を震わせ構え
た。
再びドアから男の怒声が聞こえてくる。
蒼夜が考えたのは男が聞く耳持たないなら彼女から説得してもらおう
作戦だ。

「彼女さん、お…俺はですね決して怪しい者ではなくて転入してきて
仁部先生にこの部屋が俺の部屋と言われたんで入ったらこんな事に
なっちゃいまして」
「…転入生?」
「そ、そうです。多分先生が案内する部屋を間違えちゃったのかなぁ。
あはははー」
「じゃあ君が竜司のルームメイトなんだね」
「ル、ルームメイト?」

なるほどと事情が分かってくれた彼女は可愛らしい顔で花が舞うように
ふんわりと笑った。
その直後、花が吹き飛ばされる勢いでドアが破壊されそこに恐ろしい
形相の男が中に入ってきた。
蒼夜は女の子の後ろに隠れ怯えていますという演技をした。
彼女は後ろから蒼夜を引きずり出そうとした男を制止する。

「竜司待って。その子転入生だって」
「あぁ?」
「竜司のルームメイトだよ」
「こいつが?」
「あの、俺は今度転入してきた塚森蒼夜と言います。よろしく」

蒼夜の作戦がうまくいったのか今も目つきは鋭いが男はとりあえず
大人しくなった。

「僕は霧島葵です。こっちは塚森君のルームメイトの藤堂竜司」
「あの、藤堂君、部屋はどこを使えばいいのかな?」
「このリビングを出て左側の部屋が君の部屋だよ」

無言の藤堂の代わりに霧島が答えてくれる。
礼を言って部屋に行こうとしたら腕を藤堂に掴まれた。
何だ?と見上げるとジッと蒼夜を睨みつけている。
無言で目線を逸らさずしばらく見ていると横からすごーいと小さく
拍手が聞こえてきた。

「塚森君、竜司の視線を逸らさず見れるなんてすごいよ!」
「えっ?」
「僕は小さい頃から見てるから慣れてるけど初めて見る人は怖がっ
ちゃって見れないどころか 逃げちゃうんだ」

しまったーと蒼夜は焦った。
毎日いろんな不良達からガンを付かれ家じゃその不良も上回る最強
の母、レイ子がいるため自然と耐性が付いてしまっていた。
一般常識的に考えたら逸らすべきなのかと心にメモしとく。

「前に竜司とルームメイトになった生徒も部屋を出て行っちゃって
塚森君で4人目なんだよ」
「そ、そうなんだ」

蒼夜はハッとする。
もしかしてこいつも自分と同じで目つきが悪いだけで普通の高校生活
を送りたいだけなんじゃと 同情の目で藤堂を見た。
蒼夜は勝手にそう解釈してうんうんと頷き同じ悩みを持つ同士の手を
ギュッと握った。
そんな行動に藤堂そして霧島までも驚いたが蒼夜は自分の世界に
入って 気付かない。

「藤堂君!これからルームメイトとしてよろしくお願いします。じゃあ
俺は部屋の整理があるので」

また後で〜と手を振り藤堂によって壊されたドアをよっこらせとどかして
自分の部屋に行った。







残された藤堂と霧島はしばし呆気に取られていた。

「ふふふふっ。今度の子は随分面白い子だね」
「……」
「何か竜司の事勘違いしてるみたいだよ。ふふふふ」
「笑いすぎだ」

涙を溜めて笑っている霧島をギロリと睨む。
涙を拭ってごめんねと謝った。
そんな霧島の柔らかい髪を藤堂の大きい手が掻き回す。
藤堂は人に触る事もしないし触らせることもさせない。
しかし蒼夜は初対面にも関わらずそれを許された。
はたして藤堂自身気付いているのかと目の前の堂々たる美しい獣を
霧島は 見上げた。
そして学園で天使の癒しと呼ばれるほほ笑みを向ける。
もしかしたら蒼夜がいい意味で藤堂を変えてくれるかもしれないとそう
感じた。

「何だ」
「んー竜司の幸せについて考えてみた」

ふんっと鼻で笑った藤堂は煙草に火をつけ煙を霧島に向って吐き
だした。
煙草が嫌いな霧島は咳き込みながら手をバタバタ振り煙を拡散させる。

「ひどいなーもう。弟の幸せを兄が想って何が悪いの?」
「おい」
「大丈夫、誰も聞いてはいないよ。それより塚森君、僕の事女の子と
間違っていたみたい」
「何言ってやがる」
「だよねー。ここは男子校なのにね」

そう、秀聖学園高等部は全寮制の男子校なのであった。
















その頃自室でパンフレットを広げて見ていた蒼夜は絶句していた。

「秀聖学園は中高とエスカレータ式の学校で中等部は都会にあり
高等部は 親からの自立を目的に全寮制とした男子校ですーー!?」

試験勉強に忙しかったのとアパートに一人暮らしで共学だと思い
込んで いたため全くパンフレットを 見ていなかったのだ。
スポーツバックから急いで携帯を取り出し掛ける。
もちろん相手はレイ子だ。

『あら、着いたの?』
「着いたさ、男子校の寮のルームメイトにいる部屋になっ!!てめー
黙ってたな!」
『何を勘違いしてたか知らないけど私嘘なんて吐いてないわよー』
「男子校なら彼女出来ねーじゃん!」
『あんた自分の格好を見てみなさいよ。そんなんで彼女が出来ると
思う?』
「うっ」
『あんたの目的は彼女を作る事じゃなくて大人しく学校生活を送ること
でしょ!』
「…ぐっ。ルームメイトがいたら一人暮らしじゃねーぞっ」
『部屋は別々なんでしょー。そんなに嫌なら先生にルームメイトと
合わないからって一人部屋に 変えてもらいなさいよ』
「そ、それは…」

さっき蒼夜自ら藤堂の手を取りよろしくと言った手前、今さらそんな事も
言えるはずもない。

「っていうかこの寮、門限7時だぜ」
『バカねーうまく抜け出して遊びなさいよ。あ、正芳さんが呼んでるから
切るわね』
「あっ…。レイ子めー切りやがった」

クソッと携帯を握ったまま床に大の字になって寝転んだ。
8畳の洋室に段ボール箱が数箱あり備え付けの机とベットとクローゼットも ある。
自分の6畳の和室部屋を思い出した。

「ここの方が断然いいけどな」

んーと背伸びして顔が自然とドアの方に反り返る。
蒼夜は目を見開き固まった。
いつの間にかドアが開いていて煙草を咥えた藤堂が腕を組み立っていたのだ。




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