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「若!」
「どけ、近江」
「いいえ、どきません」

近江と呼ばれた男は鍛え上げた身体で行く手を阻んだ。
己の部下達は地に伏せている。
それを見て近江は鍛え直してやると心の中で舌打ちた。
残るは自分ただ一人。

「殺られたいのか」
「それでも連れ戻します」

ビシビシと殺気が若と呼ばれた男から伝わってくる。
近江は怯むことなく対峙する。
一手を読み間違えればただでは済まない。
そんな緊迫した雰囲気の中、近江の視界の端に黒ブチメガネを掛けた少年が映った。
なぜこんな所に。
それが僅かな隙を生んだ。
懐へ入られてしまった近江は避けられないと分かると腹筋に力を入れ腕で顔をガードした。

「竜司!」

ピタッと後数ミリで近江に当たるはずだった拳が止まった。

「やっぱり竜司じゃん!なにやってんだよこんな所で」

近江は驚きに声も出ない。
駆け寄って来た黒ブチメガネの少年が竜司と名を呼び、 しかも気安く肩を叩いている。
さらに驚くのが近江にとって唯一の存在である若がその行為を許しているのだ。

「何してんだよ。このおっさんに追われてんのか?」
「こんな所で何してんだ」
「おいっ俺が今質問してんだろうが」
「あ?」

近江の前で二人がなぜだか対峙し始める。
そして黒ブチメガネの少年が急にブハッと噴き出して笑い始めた。

「竜司さ、さっき若って呼ばれてたけど良いところの坊ちゃんかよ。学校では黒王子…って、うお!?」

至近距離から攻撃を受けるがそれを回避した。

「急に何すんだよ…って言ってる傍からまた!!」

続けて蹴りが入るが素早く身を捻りその勢いで逆に回し蹴りをする。
双方の攻防戦を近江は茫然と見ていたが次第に黒ブチメガネの少年が誰だか知りたくなった。
素早く近づいて後ろから首に腕を回そうとするが近江の気配に気付きバッとしゃがまれて足払いをされる。
もちろん避けられない近江ではない。

「うわっ!?」

近江は足首を手で掴み引き寄せバランスを崩した黒ブチメガネの少年の身体を拘束する。

「おっさん、離せよ!!」
「お前は若とどういう…」
「近江、その手を離せ」

近江は藤堂との関係を聞こうとしたが拘束している腕を藤堂に掴まれた。
ギリギリとその力は強くなり近江の顔が少し歪む。

「若、貴方が実家に戻られるなら離します」
「…握り潰してやろうか」

近江は痛みに耐えながら内心、驚いていた。
今まで藤堂に関係した者たちが同じ状況になってもこのような行動をしただろうか。
それは誰かに確認をするまでもなく否だ。
この少年は一体…と藤堂から視線を外さず考える。
卑怯な手だが今の目的のために利用する事にした。









「あの…俺いつまでこの状態でいればいいわけ?」

蒼夜は近江に拘束されたまま、双方に質問してみる……が、脇腹に固いものが触れた。
ん?と思いながら確認すると蒼夜はギョッと目を大きく見開いた。
それは黒い筒状の一般市民が持ってはいけない…。

「ちょっ…!?マジで!?」
「若、お戻り下さい」
「てめえ…」
「私とてこの少年を傷つけたいわけではないのです。しかし若の行動次第ではどうなるかは わかりません。私の別名を若はご存じでしょう?」

口をはさみたくてもはさめないこの現状にグッとさらに銃を突きつけられている 蒼夜はちらりと藤堂を見た。
藤堂は舌打ちをして近江の手を離す。
すると四方から現れた黒服の男達に囲まれそのまま蒼夜と藤堂は車まで誘導された後、 それぞれ違う車に乗せられる。
蒼夜は自分に何が起こっているのかいまいち良く分からないまま後部座席にガタイの良い男に挟まれ て座った。
車内をキョロキョロしながら見ていると助手席に座っている若い者が蒼夜を振り返った。
その人物を見て蒼夜は、あーーーー!と指差して叫ぶ。

「あ、あんたは…!!」
「よう、塚森」

外人顔のその人は濃い藍の目を細めニコリと笑った。
蒼夜の頭は混乱している。
どうして学園の第三等寮の寮長である由良が怪しい黒服の男達が乗る車にいるのだと 理由を聞こうとしてもうまく言葉がまとまらず、うーっと唸るだけだった。
そんな蒼夜を見て由良はクスクスと笑っている。

「いやあ、まさか塚森も捕獲する事になるなんてなぁ。まあ、こいつらにはさまれて 窮屈かもしれないがしばらく我慢してくれよ」

困惑する蒼夜を乗せた車と藤堂を乗せた車は他の二台の車に挟まれるようにして駅の路地裏から 発進した。
蒼夜は自分がどこに連れて行かれるのか聞いてみた。

「俺、どこに連れて行かれるんですか?」
「ん?竜司の家」
「…あいつの家?」

竜司の家か…と蒼夜は興味が湧いて来たが先程の色々な出来事から推測すると なんとなく普通の家庭ではないなと想像が出来た。
てっきり第三等寮にいるものだから自分と同じ一般家庭かと思いきやたくさんの黒服の男達の 出現や高そうな数台の車や極め付けが蒼夜に突き付けられた銃の存在だ。
普段考える事のない頭を使っていた蒼夜の様子をチラリと見た由良はニッと笑った。




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