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3人の不良を倒し襲われていた青年へと向く。
いたわるように話し掛けた。

「あのー、心中お察しします…。だ、大丈夫ですか?」
「…君は?」

ここで初めて青年が声を出した。
すうっと耳に入ってくる美声だった。

「あ、名乗る程の者ではございません故。ご達者で!」

青年の美しさを目の当たりにし最近美形に振り回され辟易している蒼夜は思わずうわっと身を引き 踵を返したが肩を掴まれる。
とても強い力で簡単に振り払えない。

「え、ちょっと!?」
「名前は?」

誰かに見つかって騒がれる前に早く立ち去りたいので下の名前だけしょうがなく名乗った。

「蒼夜」
「俺は恭吾。助けてくれてありがとう」

相手も下の名前を名乗った。
蒼夜はどういたしましてと返すとちゃんと明るくて人の多い所を通って帰るんだぞと注意して から繁華街の通りへと戻って行った。







「はははっ」
「何を笑っているんだ、恭吾」

路地の奥から190センチはゆうに超えているがっしりとした男が現れた。
短髪で彫りの深い顔にサングラスを掛けその姿はとても堅気には見えない。

「とても楽しい事があったんだよ」
「楽しい事?」

頷いた恭吾は落ちていたナイフを拾い、くるくると宙で回してキャッチする。

「さっき出会った少年…蒼夜って子なんだけど」

そこでまた思い出したのかクスクスと笑い出した。
早く言えと促された恭吾はナイフを上へと高く放り投げた。

「俺の顔を見た途端、すごく嫌そうな顔をしたんだ」

誰でも恭吾の顔を見れば我を忘れて見惚れ感嘆する。
たまに無関心な者もいるが嫌そうな顔をされたのは初めてだった。

「しかもさっさと立ち去ろうとするしね」
「めずらしいな。お前が他人にそこまで興味を示すなんて」
「そう?あははっ、なんかすごくいい気分だなー」

上機嫌な恭吾は軽い足取りで路地の奥の暗闇へと消えて行った。
その後に続こうとした大柄な男の視線がナイフに向けられる。
それはさっき恭吾が投げて落下したものが鼻にピアスのある不良の首の皮一枚を切って地面に 突き刺さっていた。

「命拾いしたなお前ら」

きっと蒼夜が来なければ今頃この3人の不良達は生きてはいなかっただろう。







家に帰った蒼夜はまだ新築の匂い漂う一戸建ての家の玄関で 髪を逆立て仁王立ちしている姿のレイ子の迫力に一歩後退した。

「今日は…正芳さんがアンタと夕飯を食べるの楽しみにしているから、とっとと帰って来なさいよ って言ったのに携帯は繋がらないしこんな時間までどこ行ってたの!!?」

ダンっと床を足で踏みつけ荒々しく音を鳴らしたレイ子はドアに張り付いている息子の耳を引っ張り リビングへと引きずって行った。
いでででで!と喚く蒼夜にうるさい!と一喝し正芳の前まで連れて行く。

「レ、レイ子さん、蒼夜くん痛がってるから」
「正芳さんに言う事は!?」
「ごめんなさい…父さん」
「僕は全然構わないからっ。レイ子さん、蒼夜くん帰って来たしご飯にしようか」

レイ子はゴツンっと一発蒼夜の頭を殴ってキッチンに行った。
かなりのダメージを受けた蒼夜は頭を抱えて悶える。
正芳はチラッとキッチンにいるレイ子を見てから蒼夜に耳打ちした。

「蒼夜くん。蒼夜くんが帰ってきて一番嬉しいと思っているのはレイ子さんだと思うよ」
「え?」
「昼間、買い物に行って蒼夜くんの大好物を買い込んでいたからね。その後たくさん料理を 作っていたんだよ」

その言葉を聞いて目の前に並べられている料理は自分の好物ばかりだと気付いた。
誕生日でなければ食べられなかったものまである。
そっと手を伸ばし摘まんで口に入れた。
もぐもぐと噛んで飲み込む。

「…うまい」

正芳はそう呟いた蒼夜にニッコリと笑った。
蒼夜がまた食べようと手を伸ばした時。
濡れた布巾が高速でキッチンから飛んできて顔面にべシンっと当たった。

「蒼夜!!手で食べるなんて行儀の悪い事するんじゃないわよ!箸を使いなさい!!」
「……テメェー、最初から普通に言葉で言えねえのかよ!!」
「あぁん?この私に口答えするってーの?偉くなったもんだわね!!」

正芳は喧嘩を始めた二人の間に入りまあまあと宥める。
塚森家はもうしばらく賑やかな夕飯が続きそうだ。











ゴールデンウィーク3日目。
特に何もすることもない蒼夜は朝ごはんを食べた後リビングでゴロゴロしていると 掃除機を片手に持ったレイ子に邪魔っと言われどかされる。
正芳と籍を入れたレイ子はすでに夜の仕事は辞めていて専業主婦をしている。
最初の内は朝から顔を合わすのに違和感があった。

「あんた暇なら風呂掃除とトイレ掃除と…」
「俺、用事思い出したっ」

急いで蒼夜はその場から逃げて散歩にでも行くかと外に出て行った。
ぶらぶら歩いていると駅前に辿り着く。
途中、柄の悪そうな同年代の少年とすれ違ったりしたが因縁を付けられて絡まれる事も喧嘩を売られる事もなかった。

「すげー黒ブチメガネ効果」

蒼夜は繁華街の本屋に向かおうとした。
その途中、昨日綺麗な青年が絡まれていた路地を通過する。
横目にそこを見ていると奥からスーツ姿の男が何人か焦った様子で出て来た。

「いたか!?」
「いませんっ」
「いいかっ!何が何でも探し出せっ」

バタバタと蒼夜の前を走り去っていく。
それを目で追い掛けた蒼夜はうーんと考えてうんと頷いた。

「まあ関係ない事だ」

数歩、歩いた所で先程の男達がこちら側へ走って来る。
蒼夜は道の端に避けた。

「いたぞ!」
「駅の裏通りだ!」
「急げ!」

蒼夜はがしがしと後頭部を掻く。

「一体なんだ?」

少し興味はあるが平穏生活に支障が出るといけないのでそのまま本屋に向かった。
本を手に取って読み始めるがさっきの事が気になって集中できない。
立ち読みしていた蒼夜は結局途中で本を棚に置くと外に出た。
そのまま駅前まで歩いて行く。

「うん。ちょっと覗くだけだ」

ちょっとだけ〜と言い訳しながら駅の裏通りをゆっくり歩いて行った。
表通りとは違って人通りもあまりなく道も細い。
飲食店の換気扇が回る音がして脂っぽい臭いが漂っていた。
先程会ったスーツ姿の男達の気配は感じられない。
蒼夜は見切りをつけて表通りに戻ろうと踵を返した。
その時、蒼夜の目の前にスーツ姿の男がふっ飛んできた。

「うおっ!?」

思わず避けた蒼夜は男がふっ飛んできた路地を覗きこむ。
すると数人のスーツ姿の男達が一人の男を取り囲んでいた。

「若っ!」
「どうかお戻りください!!」

必死に訴え続けている男達は次々に倒されていく。
蒼夜の目に取り囲まれていた男の姿が映った途端、パカーっと大きく口を開けていた。




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