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「ではでは、蒼夜の一時帰還を祝してカンパーイ!」

野崎が乾杯の音頭をとり姫野や友人達がジュースの入ったコップを掲げぶつけあう。
無事に地元に帰った蒼夜はレイ子と正芳に出迎えられその後、近くのファミレスに 行き元クラスメート達と合流した。

「ねえ、蒼夜!そのメガネどうしたのよ!」

姫野がゲラゲラ笑いながら蒼夜の肩を叩く。
うるせえなと睨むがその反応は想定内だ。
蒼夜は学園から出て地元に着いても黒ブチメガネを外さなかった。
そのおかげで誰にも喧嘩を売られる事がない上に、子供と目が合っても泣かれる事もなく ファミレスのウェイトレスにも注文する際に怯えられる事はなかった。
しかし友人達が見ればきっと爆笑されるのは間違いないと思っていたのだが案の定、未だに みんな爆笑し続けている。

「なになに?それ、罰ゲームか何かなの?最初、蒼夜だって全然気付かなかったわよ!」
「これは俺の平穏な生活を送る為の必須アイテムなんだよ!」

姫野は涙が出ている目元を拭う。

「へー。向こうではどんな感じなのよ?」
「…まぁ。ふ、普通だよ」

思い返してみれば普通ではない出来事の方が多かった気がした。
比奈山にやられた事を思い出して自然と項垂れた。

「普通って?」
「普通は普通なんだよ」
「だからその普通を聞いてんでしょ!」
「しつけえな!普通が普通以外になんの普通があるんだよ!」
「バカじゃないの!?普通にだって色々あるでしょうよ!」

いつものようにぎゃあぎゃあと言い争う二人をいつもの如く野崎が止める。
他の友人達はその光景を見て懐かしいなあとしみじみ感じた。

「ほらほら、オタク少年に不良少女よもう止めたまえ。注文したものがきたぞ」
「オタクって何だよ」
「わーいパフェー!」

蒼夜が野崎に突っ込む一方で姫野の興味はパフェに移った。
やれやれと溜息を吐いている蒼夜に野崎があっと声を出した。
何だ?と見れば最近この辺りが少し物騒になってきているらしく注意しろよと言われる。

「物騒って?」
「不良グループがカツアゲ目的に年齢を問わず一人でいるヤツをターゲットにして襲っている」
「はあ?」
「まだ捕まってないんだ、そいつら。だから夜遅くに一人であまり繁華街とか人気のない所とか 行くなよ」

襲われたら襲われたらでやり返すだけだが、そんな事をして問題を起こせば学園に 連絡が行き、軽くて謹慎、最悪退学だってありうる。
蒼夜は素直に野崎の忠告に頷いた。
ファミレスを出た後、駅前のカラオケでバカ騒ぎをした蒼夜達はそれぞれ帰宅する事になった。
今度は夏休みに会う事を約束して友人達と蒼夜は別れた。
家に帰るには繁華街を通った方が早い。
野崎から注意しろと言われていた蒼夜だが時間を見ると20時だったのでまあ大丈夫だろうと 進んでいく。
ゴールデンウィーク中だからか若者達の姿が多い。
確かに悪そうな感じの者もいるが今の蒼夜の姿は目立つ事もないので特に絡まれるという事 はなかった。

「最初からこっちでもこの格好でいれば良かったのかも」

あーでもそうしたら彼女が出来ないよなぁと考えていると横に入れる細い路地に複数の 人影が見えた。
ああ、すごく嫌な予感がするが俺は何も見てはいない何も見えなかったと自分に言い聞かせ真っ直ぐ 通り過ぎるがピタッと止まり、口を引き結んでバックする。
そしてひょこっと路地に顔だけ覗かせた。

「あ〜…ビンゴ」

暗い路地の奥から誰かをターゲットにして襲っている若者達の 声がした。
だいたい3人くらいかと読み、心の中でどうか学校にバレませんようにと祈って路地へ踏み込んだ。










「なあなあ、お兄さんさ、ちょっと財布を出してくれればいいんだよ」
「そうそう俺達にお小遣いちょーだい」

大学生くらいの青年が高校生くらいの不良に絡まれていた。
金髪の不良が俯いて黙っている青年に聞いてるのかよと凄んだ声を出し、肩を強く押す。
それでも何もリアクションがない青年に鼻にピアスをしている不良が舌打して 無理矢理顔を上げさせた。
その顔を見てピュウっと口笛を吹く。
青年の顔がとても美しかったのだ。
白い肌に夜空を思わせる瞳、それを強調させる長いまつ毛。
うっすら赤く色付く形の良い柔らかそうな唇。
不良達は完全に見入ってしまった。
まさかこの路地に座っていた男がこのような容姿をしているだなんて 思いもしなかったのだ。
ゴクリと思わず喉を鳴らした金髪の不良がやりてぇ…と呟く。
仲間がそれにマジかよと突っ込むがチラリとまた青年を見てニヤリと厭らしい笑みを浮かべた。
不良の目的がカツアゲから暴行に変わった。
引き倒そうと手を伸ばした金髪の不良の身体が突然、横に吹っ飛ぶ。
他の仲間達は片足を上に構えて止まっている黒ブチメガネが印象的な 蒼夜を見て何だこいつはと息巻いた。

「な、なんだこのオタクは!」
「なんでこっちに帰ってきてもこんな場面に遭遇するんだよ…」

トホホと項垂れる蒼夜は殴りかかってきた鼻にピアスをしている不良を軽々かわし 腹に肘を素早く当て地に沈めた。
残った不良はポケットからナイフを出して蒼夜に突き付けた。

「誰だテメー!」
「あー俺?まあ、一つ言える事はー…」
「死ね!!オタクヤロー!」

振りかざしたナイフを避け手首を掴み取りそのまま捻り上げると、不良がぎゃあっと悲鳴を上げた。
カランとナイフが下に落ちる。
蒼夜は不良の耳元ではっきりと告げた。

「俺はオタクじゃねえよ」

手刀が不良の首に振り落とされた。




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