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我に返った蒼夜は身体を触り始めている比奈山から逃げようと暴れ始めた。

「おいっ、止めろよ!」
「じゃあ、どこ?」

ニッコリ笑いながら聞いてくるがそんな嘘の笑みなど蒼夜にはお見通しだ。
だがここで意地を張って言わないと悪化するような気がしてボソッと小声で呟く。

「尻」

チッと比奈山が舌打ちした。

「蒼夜、他の男にむやみに近づくな」

蒼夜は、はぁ?と呆れた声を上げた。
ここは男子校なのにそんな事、無理に決まっている。

「変な事を言うなよ。そういう台詞は女の子に言えよ」
「なぜ俺が女に言わないといけないんだ」

おかしそうに言う比奈山を見て蒼夜は目が笑っていないと思った。

「俺は蒼夜以外いらない。蒼夜しか欲しくない」

見た目が王子様のような綺麗な比奈山に真正面から真剣に言われてたじろいだ。
自分が女だったらきっとうれしいだろうが男なのだ。
素直にうれしいとは思えなくて躊躇いが生じる。
それを感じ取った比奈山は約束と呟いた。

「蒼夜、約束を覚えているか」
「約束?」
「幼い時、桜の木の下で蒼夜が俺に言った言葉だ」

何か言ったっけか?と記憶を探る。
比奈山は蒼夜の小指に自分の小指を絡めて蒼夜の目線まで持ち上げた。

“ゆびきりげんまん”

蒼夜の目が大きく見開いた。

「え、まさか。陽一、覚えて…?」
「あたりまえだろう。蒼夜からのプロポーズだぞ」
「わーーーー!だってあの時、ひなちゃんは女の子だって思ってて!」
「俺も蒼夜の事を女の子だと思っていたが?」
「じゃあ」

プロポーズは無効に…と言おうとした蒼夜に比奈山はフッと冷たい笑みを浮かべた。

「何度言ったらわかるんだ。蒼夜が女だろうが男だろうがそんな事は関係ない。 そうちゃんが蒼夜である事が大切なんだ。蒼夜は俺に対して同じように 思わないのか?」

思わないとは言わせないぞという強い圧力を受けて蒼夜は否定できなくなる。
否定しない蒼夜に比奈山は満足した顔を見せほほ笑んだ。

「蒼夜は俺のものだからな」
「ーえっ」
「もちろん俺も蒼夜のものだ」

愛おしそうに比奈山は蒼夜を見つめた。
その言葉と視線になぜか顔が熱くなった蒼夜は話しの話題を変える事にした。

「あ、明日からゴールデンウィークだけど、陽一は家に帰るのか?」
「ああ。断れない用事があってね。蒼夜は?」
「俺も帰るよ。地元のダチとも久しぶりに会いたいし」
「……」
「な、何だよ」

比奈山が目を細め蒼夜を見ている。

「浮気したら許さないぞ」
「はあーーーー!?」

浮気ってなんだそりゃと驚く。

「蒼夜は知らないところで男を引き寄せるからな」
「訳の分からない事を言うのはよしてくれ」
「これだ。無自覚だから心配なんだ」

比奈山は蒼夜の頬に鼻先を擦り寄せてくる。

「いいよな」
「何が?」

眉根を寄せた蒼夜が比奈山と目が合った瞬間、より一層、陽だまりの匂いが強くなった。
ふらっと比奈山に身体を預けるような格好になってしまう。
蒼夜を難なく受け止めた比奈山は横抱きにして自室へと連れて行った。
もちろん大人しく運ばれる蒼夜ではない。
暴れて抵抗するが結局、ベッドの上に放られた。
身体がバウンドして体勢を整える前に比奈山が蒼夜の上に覆い被さった。
無理矢理された時の苦痛が思わず蒼夜の身体を強張らせる。

「嫌だ…やだっ!陽一っ!」
「蒼夜。大丈夫だから」

ぎゅうっと蒼夜を抱きしめて宥める。
しかし。

「何が大丈夫だ!この手は何だ!?」

比奈山の手は蒼夜の尻を撫でていた。

「…んっ!」

比奈山の唇が蒼夜の唇に合わさる。
安心させるように何度も啄ばむようなキスをする。
フルフルと蒼夜の身体が僅かに震えていた。
それに気付いた比奈山は恐怖からきているものだと思ったのだがよく見てみると蒼夜の頬が ほんのり赤く色付いている。
まさか今のキスで?と以前に舌を絡ませる程のキスをしても平然としていた蒼夜を知っているだけに 疑問が浮かぶ。
比奈山は知らない。
蒼夜が触れるようなキスの方が免疫が無く苦手な事を。

「蒼夜…」
「な、何だよっ!もうどけよ!」

顔を背け、目をうろつかせている蒼夜に比奈山は一つの仮定を立てて条件を出した。

「いいよ。蒼夜からキスをしてくれたら何もしない」
「キ、キス!?」

口元に笑みを浮かべる比奈山に蒼夜は口をへの字に曲げ考えて…考えて、考える。
もちろんその間に比奈山から逃げようとしたが ますます拘束されてしまった蒼夜はしょうがなく犯られるよりはましなその理不尽な案を呑む事にした。
比奈山は蒼夜の腕を引っ張り身体を起こさせる。
そしてジッと見つめた。

「…そんなに見るなよ。やりづらいだろ」
「目を閉じてるなんてもったいない」

さあ、早くと言われてないがそう感じた蒼夜はゆっくりと近づいて口をぶつけ 舌を差しこんだ。
比奈山の舌に絡めようとしたがするりと逃げられ追いかけるがまた逃げられた蒼夜は眉間に しわを寄せ口を離した。

「何だよ、する気がないのかよ」

蒼夜はムッとして比奈山を睨む。
すると比奈山は自分の唇をトントンと指で叩いた。

「そういうキスもいいけれど今は触れるだけの軽いキスがしたい」
「…え」

蒼夜は思わず戸惑う。
苦手な事を要求されてしまった。
だがそれを比奈山に知られたくはない。
心の中は若干動揺しているが平然とした顔を作ってそっと唇を合わせる。

‐チュッ。

かわいらしい音が鳴った。
蒼夜はどうだと言わんばかりにフンッと鼻から息を出して得意気な顔をした。
すると比奈山は顔に手を当て、肩が小刻みに震え始めていた。
訝しむ蒼夜の耳に笑い声が聞こえて来る。

「ーっ、あはははっ!」

なぜ笑っているのか分からない蒼夜は何だよ…と呟いた。
笑い続けている比奈山はやっぱりと確信を得た。
濃いキスは慣れているようだが軽いキスの方はまるで小学生レベルだ。
口を尖らせながらキスをしてきた蒼夜を思い出してその初々しいキスに思わず笑ってしまった。
なんて…。

「なんて…かわいいんだ」
「はぁっ!?」

頭大丈夫か?とキラキラした目で見つめてくる比奈山を蒼夜は本気で心配してしまった。

「陽一、お前病院に行ってちょっと頭と目、診てもらえ。あ、お前んち病院か。帰ったら検査しろよ」
「なぜ?」
「俺の事をかわいいって…絶対そのどっちかがおかしいに決まっている」
「おかしくなんてないさ。それよりも教えてもらいたいのだが蒼夜は女と経験あるのか」

何て事を唐突に聞てくるんだお前は!と即座に突っ込んだが真面目に聞いて来る比奈山にゾロリと 闇が蠢くのが見えた。
女との経験はない蒼夜だがここでもし、ないといえば童貞だと言う事が知られそれはなんだか 悔しいので嘘を吐いた。

「……ある」
「誰と?何回寝た」

下を向いて呟いた蒼夜に比奈山は詰問してくる。
その質問には当然答えられる訳がない。

「なんでそんな事、陽一に言わなくちゃいけな……」

顔を上げた蒼夜は途中で言葉を途切れさせゴクリと息を呑んだ。
獅子が牙を見せ今にも蒼夜を襲いかかろうとしているように見えた。




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