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「どうしたのさ、陽ちゃん。そんな恐い顔をして」
「うおっ!?」

ニッコリと比奈山に笑った二宮は両腕を蒼夜の腰に巻き付け引き寄せた。
それにより二宮の膝の上に蒼夜のお尻が乗る形となった。
もちろん蒼夜は立ち上がろうとしたが腰に回されている腕はビクともしない。
何かこれ、前にもあった気がするぞと抱きかかえられた蒼夜はわたわたと焦る。
そしてチラリと比奈山を見て…すぐ視線をそらした。
な、なんかこれも前にあったようなと比奈山から発している威圧感に冷や汗が流れていく。
この不穏な空気を感じた三島と西原が二宮に蒼夜を離すように注意したがそれに対して 二宮はベッと舌を出す。

「やだね」
「やだね、じゃなくて離して下さい!」
「やだー」
「うわっ、どこ触って…」

二宮の手に気を取られていた蒼夜は目の前にいる比奈山の纏った空気が動いた事を肌で感じ た。
その瞬間、手を伸ばす。
蒼夜の手は比奈山の手の上に重ねられていた。

「陽一、こんなもん使うなよ」

蒼夜の目は真剣に比奈山を見据えている。
重ねられている手の間にはとがった銀製品が存在していた。
それを包み込むように奪い取りテーブルの上に静かに置いた。
カチャリと音が鳴り蒼夜の手が退くとフォークが現れる。
途端に三島の顔が厳しくなり西原は感心したように蒼夜を見た。
一方、比奈山は真面目な顔で蒼夜を注意した。

「蒼夜、急に手を出したら危ないだろう。怪我をしたらどうするんだ」
「危ないのはお前の思考回路だ!」

即座に蒼夜は比奈山に突っ込む。
蒼夜が止めなかったらフォークの切っ先は確実に二宮に刺さっていたに違いない。
ここは学校の食堂でまだ多数の生徒が夕食を取っている。
その中で傷害事件などとんでもない。
比奈山の立場は生徒会副会長で二宮は騎士団長だ。
その上、比奈山は総合病院の子息である。
どんな事態になるかはたやすく想像がつく。
そんな心配を余所に王子様の麗しい笑みで比奈山は蒼夜を呼ぶ。

「蒼夜、いつまでそんな所いるんだ。おいで。もう制約は無くなった」

制約という言葉に蒼夜はうっと言葉を詰まらせた後、ゆっくりと二宮の膝から立ち上がる。
そのままフェードアウトしようとしたが素早く腕を比奈山に掴まれた。
観念した蒼夜は項垂れながら第一等寮へと連れて行かれていった。








「一体どういう事なんだ、蓮。まさかとは思うが彼がそうなのか?」
「そうみたいだねぇ」

三島の問いにほぼ確信を得た二宮がテーブルに肘をつきながらニイッと笑う。

「彼はどう見ても男だが、あの子は女の子ではなかったか?」
「ま、勘違いだったんじゃないの?執念深い陽ちゃんが間違える訳ないし」

スカートを穿いている写真があってもねと、この中で唯一蒼夜の幼い頃の写真を見た事が ある二宮は噴出しそうになるのをこらえた。
比奈山から見つけたと言われた時はいつも飄々としている二宮もさすがに驚いて現在のそうちゃん の事をしつこく聞いたが結局何も教えてはくれなかった。
それも時間の問題で蒼夜を愛おしく見つめていれば丸分かりというものだが それでも確信を得なかったのは二人の微妙な距離感だった。
どちらとも視界に入れるが会話がない。
意図的にそうしているようにもみえる。
これは探りを入れてみるかと二宮は比奈山を煽るように蒼夜にちょっかいを掛けた。
案の定、比奈山は二宮に対して攻撃を仕掛けて来た。
結果的に蒼夜が止めてくれたが二宮の手にも実のところナイフが握られていたのだ。
その後の二人の会話からして何らかの制約があった事が分かった。
そしてそれが無効になった事も。
さらに比奈山の探していた子が蒼夜だったということも。
これで二宮の大きな仕事の一つが終わって肩の荷が下りた。

「ま、見つかって良かったよー」
「確かにそうだが、塚森が比奈山を受け止めきれるか心配だ」

比奈山の闇の部分を知っている西原は蒼夜を案じたが二宮はひらひらと手を振った。

「大丈夫でしょ。塚森はちょっとの事では潰されないって」
「そうだといいが。…塚森自身にも何か隠されているものがあるような感じがするな」

一見、普通の生徒に見えるが比奈山を止めた時の動きは西原を感心させるものが あった。

「ま、とりあえず、二宮」

西原が二宮に視線を向ける。

「んー何?」
「あまり塚森にちょっかいを出すなよ」

すでに痛い目に遭っているんだからなと続く西原の忠告にへいへいと軽く返事をする二宮に対して 三島は肩を竦めながら苦笑いをした。









「わー!ちょっと待てってばっ!」
「もう十分に待ったぞ」

蒼夜は失敗したと胸の内で先程の自分の行動を後悔した。
制約とは比奈山が蒼夜にした仕打ちに対して蒼夜自信が決めた条件だ。
しばらくの間、蒼夜から比奈山に触れたり話し掛けたりしない限り比奈山から 蒼夜への接触はしないというものだった。
その間に色々心の整理を付けようとしていたのに案外早く解けてしまった。
比奈山の寮室の壁に追い込まれている蒼夜は迫ってくる比奈山を押し返そうとするが 両手首を握られそのまま抱きつかれる。

「陽一、離せって」
「蒼夜、蒼夜」

何度も名前を呼び抱き締める力が強くなってくる。
すると蒼夜は比奈山から香ってくる匂いに身体が反応し始めてきて これはヤバイと息を止めながら何とか逃げようともがいたが、 完全に拘束されてしまっていて逃げられず、とうとう息も限界を超え酸欠になっている 身体は空気と共に陽だまりの匂いを蒼夜の中に送り込んだ。
その途端、くらりと世界が揺れる。
ぼやーとしていると蒼夜の頬に手が当てられ上を向かせられる。
そして口が塞がれた。

「んっ」

口の中を蹂躙するような荒々しいキスではなく触れるだけの優しいキスを受けながら 穏やかな雰囲気の比奈山の腕の中で力も無くされるがままになっていた。
しかし一変して冷たい声で問われる。

「さっき二宮にどこを触られた」

訂正する。
状況は穏やかではない。




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