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葛城に引っ張られて連れて行かれるとそこには騎士団長の二宮はもちろん、生徒会長の 三島、騎士団副団長の西原、そして生徒会副会長の比奈山がいた。
生徒会と騎士団のツートップがそろって食事をしている所なんてファンにはたまらないだろう。
葛城が撮ろうとするのも当たり前である。
二宮がニッと笑って手を上げた。

「よお、塚森。久しぶりだな」
「どーも。あの時は世話かけまして」
「体調の方はどうだい?」

二宮の隣に座っている三島が気遣うように聞いてきた。

「大丈夫です」
「そう、それは良かった」
「えっと、三島先輩こいつのカメラ返してやって欲しいんですけど」
「ああ、さっきのカメラだね。蓮が持っているよ」

三島が目で合図すると二宮のブレザーのポケットからカメラが出てくる。
そのカメラを二宮が葛城に向かって放った。
しかしそれは葛城の頭上を通り越して高く上がった。

「悪い悪い、力加減間違えた」

二宮は悪びれた様子もなく舌を出しながら慌ててカメラをキャッチする葛城にニッコリ笑った。

「葛城君、今回は撮る前だったからカメラの没収はしないけど次見つけたら取り上げるからね」

三島の言葉に数回頷きそのまま葛城は食堂を出て行った。
残された蒼夜も急いでその場から離れようとしたが左手を二宮に掴まれて動けなかった。

「…何ですか。この手」
「まぁ、座れよ」
「いえ、向こうに食べ途中のご飯があるので」

そそくさと逃げようとした蒼夜だが二宮がウェイターに目配せをする。
すると食べかけの定食が運ばれてきた。
そして無理矢理比奈山と二宮の間に座らせられる。
コースメニューの中に和食定食。
美形達の中に平々凡々。
はっきり言って場にそぐわない。
罰ゲームとしか思えないこの状況にさっさと立ち去ろうと腰を浮かした時、目の前に フォークに刺したぶ厚い肉が差し出される。
蒼夜はおいしそうな焼き加減と匂いに視覚と嗅覚が刺激され唾液が口の中に溢れ出た。
肉を差し出している二宮が喉をごくりと鳴らす蒼夜にニヤっと笑う。

「神戸牛のステーキ食べるか?」

蒼夜の目がキラキラと輝く。
国産のステーキなんて夢のまた夢の話で神戸牛なんてファンタジーの世界にいる。
初めて見る神戸牛に食べた時の想像がどんどん膨らんでいった。
二宮のフォークが右に移動すると蒼夜の顔も右に移動する。
左に上に下に斜めに、丸く円を描いても引っ張られるようにくっ付いていった。
三島と西原は肩を震わせて笑っている。
だが笑っていない者が一人いた。
比奈山だ。
二宮はそれをチラリと見て肉を蒼夜の口の中に入れた。
幻が口の中にある現実に酔いしれている蒼夜は至福の時を味わっている。
あまりにもおいしそうに食べる姿を見て三島は手を付けていない皿を差し出した。

「よかったら食べるかい?」
「え!?」
「遠慮はいらないよ」
「い、頂きます!」

感動しながら皿を受け取りゆっくりと肉を見渡す。
厚い肉にナイフを入れるとほんの少しの力でスッと切れ肉汁が溢れ出てくる。
パクリと口に入れ幸せを噛みしめた。

「ん〜!うまい!」

頬に手を当て感動している蒼夜の目の前に西原がトンとカップデザートを置いた。

「俺は甘いものが得意ではないんだ。良かったら食べてくれ」

蒼夜は西原とデザートを交互に見る。
そしてパアっと顔を輝かせた。
その時、蒼夜の右隣から冷気が漂ってきた。
もちろん冷房などではない。
肉とデザートを食するためにそんな事は気にしてられない。
しかし右目の視界に映ったものに思わず反応した。
比奈山が無言で伊勢海老のぷりぷりとした身をフォークに刺してチラつかせている。
だがここで齧り付く訳にはいかず食べたい欲求と戦っているのには理由があった。
そのまま比奈山はパクリと食べ蒼夜はそれに身体がピクリと反応した。
この二人の奇妙な空気に三島と西原は首を傾げ二宮はふーんと目を細めながらニヤっと笑った。

「そういえばさ見つかったんだよ」

脈絡もなく話し始めた二宮に視線が集まる。

「何が見つかったんだい?蓮」
「陽ちゃんの探しもの」

探し『もの』が『者』である事は三島も西原も知っている。
三島は思わずフォークを皿の上に落とした。
前のめりになった西原が本当か?と聞いてきた。
二人とも比奈山がどれだけ幼い頃に出会った女の子に執着しているかは十分知っている。
双方の反応に満足した二宮は両腕を広げ舞台上の語り手のように大げさに喜びを表現したが 次にはガクリと項垂れ悲しそうな表情で蒼夜を見た。
見られた蒼夜は肉を頬張りながら思わず身体を引く。

「だが、詳しくは教えてくれなかったんだ…塚森は知っているんだろ?」

顔を近づけて囁いた。

「陽ちゃんの初恋の人」
「ぐほっ!」

喉に詰まらせ、近くにあった水を取ろうとしたが横から伸びて来た手がそれを攫っていった。
その手は比奈山で無表情のまま蒼夜を見ている。
こんのぉ〜と思って文句を言おうとしたが寸での所で口を引き結んだ。
これもある理由から出来ない事だった。
結局、三島が水をくれて一気に飲み干した。

「俺、何も知りませんからね」
「へー、そう」

この場から今度こそ早く立ち去ろうとゆっくりと味わいたかった肉とデザートを急いで口の中に入れた。
頬一杯に膨らませてごちそうさまでしたと言えない代わりにペコッとお辞儀をして立ち上がったが 二宮にグイッと腕を引っ張られ、蒼夜の口元が指で拭われた。

「んー甘い」
「ー!!」

二宮は見せつけるように厭らしく指を舌で舐めている。
言葉もなく立ち尽くしている蒼夜の背後に殺気を感じ反射的に構えながら振り向くと 獅子が鋭く睨みつけていた。
その恐ろしさに蒼夜はゴクリと喉を鳴らす。
しかし比奈山の視線は蒼夜を通り越して二宮に向けられている。




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