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『よっ!蒼夜、久しぶり』
「おー。元気にしてたか?そっちはどうだ?」
『こっちは別に変わりない。蒼夜はどうよ』
「あー俺?」

久しぶりに以前の高校の同級生で悪友の野崎孝史と携帯で近況報告をしていた。
蒼夜自身の事を聞かれるがあまりにもいろんな事がありすぎた。
たった一月足らずで。
信じられない事にまだ4月だ。

『おーい、おーい聞こえてるかー?』
「あ、悪ぃ。まあ大人しくやってるよ」
『ふーん。つまんないの』
「おい何を想像してたんだよ」
『四天王を倒して頂点に君臨したとかないの?』
「お前、漫画の読みすぎ」

四天王よりも厄介な二人を思い出して引き攣った笑いをした。
その二人の内の一人、生徒会メンバーで別名ロイヤルファミリーの副会長をしている比奈山陽一は なんと蒼夜の 初恋である、ひなちゃんと同一人物という事が発覚し比奈山自信も初恋のそうちゃんに かなりの執着を持ち続けていた。
その執着ゆえに蒼夜は比奈山に痛い目に遭わされてしまった。
比奈山の恋人になろうとしていた澪姫からの暴行による怪我とあわせてしばらく休養していたが 蒼夜自信が大人しく寝ているような性分ではないので痛くても歩ける事を確認した後は普通に 学校に通った。
あまり休んでレイ子に問われられたら恐ろしいというのが一番の理由だが。

『蒼夜さ、ゴールデンウィークどうすんの?こっち帰ってくんの?』
「帰る予定だけど」
『お!じゃあみんな呼ぶから遊ぼうぜ』
「おー招集任せた」
『じゃあ、また後で連絡するわ』
「よろしくー。じゃーな」
『おー』

明日から世間よりも少し早いゴールデンウィークだ。
祝日である4月29日が木曜日なのでその後の金曜日と土曜日を学校は気を利かせて休みにした。
そのため、7日の連休である。
寮に居ても部活に入ってもいない蒼夜は何もする事がないので地元に帰る事にしたのだ。
久しぶりに以前の仲間たちに会えるとなって気分も上がってくる。
鼻歌を歌いながら携帯を閉じ、深く腰掛けているリビングのソファーから立ち上がる。
いつもならもう一つのソファーにでーんと百獣の王様が寝そべっているのだが今藤堂は 不在だ。
実家に戻ったっきり結局帰って来ていない。
蒼夜にとって厄介な二人の内のもう一人なのだがいないのも寂しく感じてくる。

「休み明けまで戻ってこないつもりなのか?」

ずりーなぁと思いながら夕飯を食べに食堂へ向かった。
この学校、食堂と言っても一般庶民の想像のレベルは軽く超えている。
初めて藤堂に連れて行ってもらった時の衝撃はまだ新しい。
広い会場に煌びやかに輝いている巨大なシャンデリアを見て、これが落ちたら下に居る人 大変だよなーなどと考えてしまうあたり庶民的発想なんだろうか。

「今日は何にするかなー」

メニューを選ぶ蒼夜の目にスペシャルセットが飛び込んでくる。
それはコースメニューになっているもので到底蒼夜には手が出ないお値段だ。
うーんと定番の定食セットを選んでいると後ろからドーンと衝撃が来た。

「よー!蒼夜も今から飯?」
「よっす。千秋も?」

今日も跳ねさせている髪をカラフルなピンで止めている葛城が肩を組んできてメニューを選んでいる。

「蒼夜はどれにするの?」
「俺はC定食にする」
「和食セットか。それもいいけど俺はBの中華だな」

カウンターでそれぞれの定食を受け取ってそれに似合わない凝った細工がしてある白い椅子 に座り食べ始める。
チラリと葛城の首に掛ったカメラを蒼夜が見た。

「食べる時くらいはずせば?」
「バカだなー。いつどこでどんなシャッターチャンスが待っているかも知れないんだぞ」
「食堂でなんかないだろ」
「蒼夜くん、あそこを見たまえ」
「あ?」

蒼夜の肩越しに向かって箸を差した葛城に怪訝そうな顔をしたが後方を振り返る。
視線の遠く先に不透明なデザインガラスのパーティションがあった。
あそこはコースメニューを頼んだ生徒が座る席だ。
定食とは違ってウェイターが運んで来てくれる。
第一等寮の生徒がよく利用するため第一等寮から食堂に向かうと直接その場所へ出られるように なっている。

「あそこがどうしたよ」
「まぁ見てろって」

ガラスの向こう側で人影がぼんやりと動いて見えた。
こちらから側から人が入って行かなかったので向こう側から生徒がその場に入った事になる。
即ちその人影は第一等寮生の可能性が高い。

「チャンスの匂いがするぜ」
「おいおい。食事中なんか撮って面白いのかよ」
「ファンってやつは日常のさりげない自然の写真を欲しがるのよ」

葛城は口の中にご飯をかきこみ席を立った。

「じゃ!」
「…また没収されないようにな」

以前比奈山にSDカードを没収された事があるのですでに姿が見えなくなった葛城に向かって 忠告だけしてあげた。
それからしばらくして里芋の煮物を口に運ぼうとした蒼夜の背に衝撃が走り里芋がころりと 汚れ一つない白いテーブルに転がった。

「だー俺の芋ーっ」

慌てて箸で刺し「3秒ルール」と言ってから口の中へ放り込んだ。
ぶつかって来た相手は検討が付いていたので振り向きながら怒りを込めてその名を叫んだ。

「アホ千秋!何すんだっ」
「蒼夜ぁ〜」

泣きそうな声を出しながら蒼夜にしがみ付こうとしているので目一杯押しのけた。
それでも縋るように寄ってくる葛城に蒼夜は聞きたくなかったが何が起きたか一応聞いてあげた。
やはりあのガラスの空間にいたのは生徒会のメンバーで嬉々としてカメラを向けていたが それを騎士団長の二宮に見つかってカメラを没収されてしまったらしい。

「自業自得だな」
「お前ってそんな冷たい奴だったのかよ」
「何だよ、俺にどうしろっていうんだよ」
「蒼夜を連れてきたら返してくれるって」
「…は?」
「騎士団長が蒼夜を連れてきたらカメラを返してくれるって」

二度同じ事を言われてようやく頭に情報が行き渡った蒼夜ははっきりと拒絶した。

「何で俺!?関係ないだろ!絶対に行かないからなっ!!」

ようやく生徒会から解放された今、もう二度とあいつらには近寄らないと決めていた。
平穏な学園生活を送るためにはそれが一番良い方法なのだ。

「俺よりも葵に頼めよ」

生徒会書記である霧島に頼んだ方が帰ってくる率が高いと思って言ったのだが 蒼夜の足元で蹲ってしょげている葛城がボソッと呟いた。

「白姫は実家に帰っちゃったじゃん」
「あ、そっか。今日から帰るって言ってたな」
「蒼夜〜お願いだよー」

必死に頼み込んでくる葛城を足蹴りにして行ってしまうほど蒼夜の友情は冷めたものではないが、 だからといって生徒会には近寄りたくない。

「今度カニクリームコロッケおごる!デザートも付ける!」
「のった!」

案外食べ物の誘惑には弱かった。




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