比奈山は縋ってくる生徒を振り返るとふわりとほほ笑む。

「田中充君だったね。さっきも言った通り君の気持を受け取ることは
出来ないよ」

否定の言葉なのに形の良い口から発する低く響く美しい声とほほ笑
まれた状況に田中の顔が赤くなる。
でも、となおも言い寄ろうとする田中に比奈山はゆっくりと首を左右
に振る。

「じゃあ、あの噂はホントなの?」

問いには答えず笑みを深くした。
そして今度こそ立ち去る。





あっ、と蒼夜は小さく声を漏らした。
コイツ笑っているが腹の中にとんでもないもの飼ってやがる!と
警戒し、瞬時に平穏学生生活の為には関わり合いにはならない方が
良いと即座に判断した。
しかし蒼夜の存在に比奈山が気付いてしまった。
ゲッと心の中で毒づく。
あっという間に目の前に来て不思議そうというよりは不審そうに見ら
れた。

「君は?」
「あーえーと、お…俺は転入生でありまして…」

しどろもどろに答えると比奈山はああ、と頷いた。

「そう言えば一人転入してくると先生から聞いていたんだ。君がそう
なのか」
「あーハイ」
「俺は比奈山陽一。君とは同級生になるよ。よろしく」

比奈山は麗しく笑い蒼夜に手を差し伸べた。

「俺は塚森蒼夜です。よろしくお願いします」

蒼夜も手を出してその手を握る。
比奈山を見るとどこか外国の血が混ざっているのか色素が薄く目鼻
立ちがはっきりしていてる。
欠点などない美しい容貌だがそこに精悍さも兼ね備えていた。
足も長く白と黒を使っているデザインの制服を着ている比奈山は
どこかの王子様のようだ。
女子生徒にモテモテなんだろうなーと美貌の母親の遺伝子をこれっ
ぼっちも受け継がなかった 蒼夜は目を細めた。

「さあ行こうか。職員室まで案内するよ」

蒼夜を促して城に向かって歩き出す。
一見親切な王子様に見えるが未だに視線を送ってくる田中から逃げる
ために自分を使われたな と小さく溜息を吐いた。
まあ迷うよりは案内してもらおうと礼を言った。













城の中に入るとちゃんと学校の造りになっていたが質が違った。
煌びやかで華のあるデザイン構造でどこかの西洋美術館ですかと
思わせるような絵画や彫刻が所々に 配置されている。
隣からクスッと笑い声が聞こえてきた。

「ああ、ごめん。大口開けて固まっているものだから」

一般庶民の蒼夜はこれが驚かずにいられるかと比奈山を見上げた。
じーっと比奈山を見ていたら首を傾げられる。
そんな動作も絵になる男だった。

「どうしたの?」
「いや…うらやましいと思って」
「何が?」

ほほ笑みながら聞いてきたが蒼夜を見る目は面白そうで少し冷めて
いた。
そんな比奈山に気付いていたが知らない振りをして答える。

「身長が」

意外な答えだったのか比奈山の動きが一瞬止まった。
そして笑い出した。
口元を手で押さえているが笑い声が漏れている。

「そうか、はははっ…そっちかっ」
「そんなに笑う事ですカ?俺にしてみれば深刻なんだ…ですヨ」

180をとっくに超えている比奈山は175の蒼夜にとって何とも
うらやましかったのだ。
普通に笑えるんじゃんとさっきまで嘘の笑みしか見てなかった蒼夜は
下にずれ落ちてきた黒縁メガネを 直した。

「目、悪いの?」
「え!?ああ、うん。そ、そうなんですよ」

目つきが悪くて隠してますなんて言えるはずもなくニヘラと笑って
誤魔化す。
ふーんと比奈山は自然な手つきでメガネに手を伸ばしてきた。
至近距離に美麗な顔が近付いてきて目線を逸らさずジッと見ていると
すっきりした二重の綺麗な目の奥に黒い獣が潜んでいる事に気付いて
しまった。
蒼夜は我に返って取られそうになったメガネを咄嗟にバッと押さえる。

「おや?比奈山君かい?」

蒼夜の後方から声がしてメガネを押さえたまま振り返った。
白衣姿の細身の若い男がこちら側に向かって歩いてくる。

「仁部先生、ちょうど良かった転入生ですよ」
「ああ、君が塚森君だね。私は生物学を担当している仁部です。
よろしく」
「はいっよろしくお願いします!」

ペコッと頭を下げた。

「じゃあ比奈山君、後は私が引き取るから」
「はい」
「あ、比奈山君。ありがとう」
「また明日。同じクラスになれるといいね」
「そ、そうですね」

なるべくというよりは絶対関わりにならない方がいい相手に嫌だとも
言えず肯定しておいた。
蒼夜の今までの経験と本能がこの一見眉目秀麗な王子様を危険人物
だと認識した。
猪突猛進の不良より比奈山タイプの方が何倍にも厄介なのだ。
まさかの想定外である。
平穏な学校生活のために関わるのはよそうと固く決心をした。

「じゃあ、職員室に案内するから」
「あ、はい」

比奈山と別れた後どこをどう歩いたかも分からなくなる程の距離を歩き
職員室と思われる 場所に辿り着いた。
中に入ると自分の常識外の職員室があり豪勢な造りになっている。

「なんか…すごいですネ」

ハハハ、と乾いた笑いが出た。

「まあ、普通の学校とはちょっと違うから外部生はみんな驚くね」

ちょっとどころの騒ぎじゃないんですけど!と心の中で突っ込む。
何枚かプリントを渡され明日までに記入して持ってくるように言わ
れた。
はい、と返事するとうーんと顎に手を当てて考えている仁部の姿が
あった。
蒼夜を上から下まで見てまた下から上に見る。

「な…何ですか」

まさかバレた?と内心冷汗を垂らす。
だがまだケンカもしてないしメガネも外してない。

「これから行くところなんだけどね。…まあ、がんばって」

同情の目で見られた。
だから何!?
職員室から出て移動する。

「仁部先生。俺の住むところ案内してくれるってレイ…母から聞いて
いるんですけど」
「うん、今から案内するよ」
「学校から近いんですか?」
「そうだね、歩いて5分くらいかな」

近っ!!
しかしそんな近くにアパート何てあったか?と訝る。
バスから見えた景色は家などなく山しかなかったはずだ。
とりえずアパートの名前を聞いてみる。

「何て名前なんですか?」
「君は一般生徒だから第三等寮だよ」
「第三等寮ってめずらしい名前のアパートなんですね」
「え?アパートじゃなくて寮だよ」
「寮!?」

一瞬蒼夜は理解できなかった。
もう一度仁部に確認すると同じ答えが返ってくる。
そうこうしているうちに屋敷かと思わせる外観の第三等寮に着き中へ
入った。
学校ほどの華やかさはないが落ち着いたセンスのあるデザインでまと
まっている。

「本当は寮長の由良君が案内するんだけど彼今不在でね。ちなみに
私は第三等寮担当顧問だから何か悩みあったりしたら相談に乗る
からいつ でもくるんだよ」
「は、はい」

がしっと肩を掴まれやけに真剣に言ってくる仁部に思わず返事をする。
階段を上り208と書かれたドアの前で止まった。

「ここが君の部屋だ」
「はぁ」
「門限は部活等の特別時間を除き7時で寮の外に出るときは必ず制服
は着用する事」
「7時?門限7時!!?」

どこの良い子のお子様だと衝撃が走った。
自分の住むところが寮だったり門限付きだったりで蒼夜はヤラレ
た!!と拳に力が入る。

「破ると罰則があるからきちんと守るんだよ。…後、同室の藤堂竜司君
と仲良くね」

レイ子への怒りに仁部が言っていた事を聞いていなかった。

「荷物は部屋の中に入っているから。明日は9時までに学校に来る
ように」

じゃあと心配そうに蒼夜を見て部屋の鍵を渡し仁部は立ち去る。
レイ子への抗議は後回しにして蒼夜は部屋に入る事にした。
鍵を開けて入ってみると想像よりも広かった。
いくつかドアがあり入ってすぐのドアを開けるとユニットバスだった。
ふと蒼夜の耳に人の話声が聞こえる。
まさかドロボーか!?と仁部から同室がいる事を言われたのに聞いて
いなかった蒼夜は忍び足で一番奥の部屋に行ってみる。
良く聞こえなかったためそっとドアを開けて中を窺って見るとリビング
みたいな部屋にシンプルなソファーがありそこに座っている体格の
良い 男の上に小柄な子が 乗っていた。
かなり密着しているように見える。
予想外の事にどうしようかと考えていると体格の良い男が蒼夜の方へ
射るような視線を向けついでに殺気も飛ばしてきた。
そしてゆっくり立ち上がると百獣の王みたいな足取りで近づいてくる。




main next