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春の季節になるとそうちゃんへの想いがより一層強くなる比奈山は始業式の前日に学校の門まで続く桜の 並木道に立っていた。
舞い落ちる桜の花びらの中で空を見上げているとまたそうちゃんが突然現れるのではないかと 思うのだ。
しかしそこに現れたのは田中充と言う比奈山の親衛隊のメンバーの一人だった。
途端に心が冷たくなっていく。
告白も比奈山に取ってはいい迷惑だ。
どんな人物であっても心はすでに決まっている。
断ると田中が興味深い事を言って来た。

「じゃあ、あの噂はホントなの?」

あの噂とは何だ。
その出所を突き止め内容によっては制裁を加えてやろうと思いながら比奈山は外面の笑みを浮かべる。
田中を無視してそのまま歩を進めると目の先に人がいた。
声を掛けたのは制服を着ていなかったからだ。
この学園の者なら制服を着用しているはずである。
手に大きな荷物を持っているのでもしやと思いつつ尋ねるとやはり転入生だった。
転入生は塚森蒼夜と名乗りどこにでもいるような平凡で普通の生徒に見えたが… 気付かれた。
比奈山の内にいる闇を見られていた。
おもしろい。
蒼夜のその目を見てみたいと黒ブチメガネを取り外そうとしたがすんでのところでかわされる。
なかなか楽しめそうだと心の中でニヤリと笑った。

その後、噂を探ってみるとその出所は騎士団長の二宮だった。
澪姫の行動が徐々にエスカレートしてきていたため比奈山にはすでに心に決めている女の子がいると生徒の間に流したのだ。
名前を出さなかったとは言え大切な思い出に触れられ何も知らない生徒たちの口から噂として出される事に対して比奈山は言い様のない不快感に襲われた。
澪姫本人が直接比奈山に真実かどうか確認して来た時ちょうど良いと噂の内容を否定する。
明日にもなれば澪姫が噂を消してくれるだろう。
そして比奈山は苛立ったまま騎士団本部の団長室を訪れ二宮を蹴り飛ばした。
比奈山よりも細い二宮の身体はふっ飛んで床に転がった。

「…げほっ、な、にすんだよ…」
「余計な事をするな」

冷たく見下ろす比奈山に内心冷や汗を流しつつも上半身を起してクッと二宮は笑った。

「あの子に対する思いは感服するけどさ、もういい加減に心を切り替えたらどうだ」
「…何だと」
「色々な手段を使っても探せないんだ。一生その子に捕らわれて過ごす気か?少しは 違う子を見ろよ」

これは二宮なりの比奈山を心配する言葉だった。
確かに幼い比奈山を救ったかもしれない。
だが今はそうちゃんがいないせいで比奈山が再び闇を増大させている。
そうちゃんの存在は諸刃の剣なのだ。
人間その子だけではない。
周りを見れば比奈山が興味を持つ子が見つかる可能性だってある。

「過去の事は忘れ…」

最後まで言う前に激しい殺気を感じ取った二宮は本能のままにうつ伏せになった。
ヒュンっと鋭い空気の音をさせながら間一髪のところで身体の上を比奈山の足が通過する。
もしも避けられなかったら、ただでは済まされなかった。
だがその足は勢いよく下ろされ二宮の背にめり込んだ。

「…ぅぐっ!」

麗しい二宮の顔が苦痛で歪んだ。
そのまま髪を引っ張られ身体が反らされる。

「お前がそれを言うのか」
「俺、はっ…心配し…て」

ふと足で押さえつけられていた背が軽くなったと思った途端、掬い上げるように横から蹴りが入り鈍い音を 立てた。
だが転がる事はなかった。
比奈山が髪を掴んでいたからだ。
呻く二宮に何度も蹴りが入った。
やべ、これは殺られるかもと二宮が思っていた時、団長室のドアが開く。

「何をしている!?」

西原が暴走している比奈山を二宮から引き離した。
尋常ではない事態に西原は双方に事情を求めたが比奈山は床に倒れ伏している二宮を一瞥すると そのまま立ち去った。

そんな苛立ちも蒼夜に会うと落ち着いていく。
なにより反応がおもしろい。
まさかそうちゃん以外の人間に興味を持つ事になるとは。
自覚してからはますます蒼夜が隠しているものを曝け出させたいと思うようになった。
だが蒼夜がそうちゃんを知っているとは思わなかった。
本人は知らないと言っていたが明らかに嘘を吐いていた。
喉から手が出るほどそうちゃんの情報がほしい比奈山は屈辱的な方法で吐かせようとしたが 蒼夜は最後まで口を割る事はなかった。
それは比奈山の怒りを煽り酷く痛めつける結果となってしまった。

蒼夜に無体を強いた後、比奈山は蒼夜の身体を清め切れた後口の手当てをした。
ぐったりとしている蒼夜は一度も目を覚ます事はなかった。
だんだんと冷静さを取り戻しバカな事をしたとベットで眠る蒼夜の傍らで 破けてしまった手の中の写真を見ていた。
偶然写り込んでしまったと思われる写真。
そうちゃんと出会って生きると決心した比奈山は手術を受ける事を決心した。
両親は息子の生きようとするその姿に覚悟を決め渡米の準備を進めて行く。
だがある日からぱったりとそうちゃんと会えなくなった。
あの桜の木の下でずっと待っていたが結局、渡米の直前になってもそうちゃんは現れなかったのだ。









「まさか…」

先程から素顔の蒼夜がほほ笑んだ顔が離れない。
小さい頃に記憶しているそうちゃんの笑った顔と同じだった。
幼さ特有のふっくらした顔から少年へと顔立ちが変わっているがあの笑顔を間違えるはずがない。
いつも比奈山の心に光を照らしてくれていたあの笑顔を。

「そうちゃん、君は男の子だったのか」

根本的な間違いをしていた。
幼い頃に会っていた時、いつもスカートを穿いていた為、女の子だと勘違いしていたのだ。
改めて目の当たりにするとどうしたらいいか分からない。
動揺しているせいか蒼夜に触れようとする手が震えている。
クッと苦笑いをした。

「この俺が動揺だなんて…」

そんな事になるのはそうちゃんくらいだ。
そっと手を握った。

「そうちゃんどうか俺を嫌わないで」

懇願するように囁いた。
比奈山がした事は後悔しても今さら無かった事には出来ない。
蒼夜が目を覚まして拒絶したら…。

「ダメだよ、そうちゃん。そんなことしたら」

比奈山の双眸が暗い闇に染まっている。
もしも蒼夜が拒絶して逃げようものなら必ず追いかけて捕まえて、その後は…。

「…!」

物騒な事を考えている比奈山の手を蒼夜が突然ぎゅっと握り返した。

「ひな、ちゃん、かわいい…」

どうやら夢を見ている蒼夜は無邪気にえへへへーと笑っている。
ぽっと比奈山の心に一つ光が灯される。
闇が次第にその光に呑みこまれていき暖かくなった胸に手を当てた。

「そうちゃん」

ふわっと穏やかに笑った比奈山は蒼夜に口づけをした。




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