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「んあ?」

目を覚ました蒼夜は目を擦りながら身体を起こしたが下半身から強烈な痛みがしてうっと固まった。
こめかみに冷や汗が流れる。

「うぐっ…。ケツが、ケツが半端無くいてぇ〜!」

腰に手を当てて項垂れていると 部屋に誰かが入って来た。
誰?なんて聞かなくともその正体は分かっている。
蒼夜は暴言の限りをぶつけ一発どころか己の気が晴れるまで殴り続けたかったが その前に聞かなければならない事があった。

「蒼夜」
「……」

しかし比奈山が話しかけてきても話す気にはなれなくて蒼夜は無言のままだった。
だが。

「そうちゃん」

びくりと蒼夜の身体が揺れた。

「身体の具合は…」
「…っ!!最悪だっつーの!!」

ふざけんなと顔を逸らしたままボスンっ!とベットに拳をめり込ませた。
そっと近寄って来た比奈山は蒼夜の傍に立った。
そして蒼夜の手を握る。
反射的に蒼夜は離せと振り払いその勢いで殴りかかろうとしたがその拳がピタリと止まった。
うげっと引くくらい優しい眼差しで蒼夜を見ていたのだ。
顔を引き攣らせながらまず聞かねばならない事を聞いてみた。

「お前を殴る前にい、色々と聞きたい事が…」
「何?」
「陽一、お前…ひなちゃんって知ってるか?」
「ああ、良く知ってるよ」

比奈山は良くを強調した。

「そ、そうか。偶然だな、俺も知っているんだがひなちゃんは女の子だったよな?」

蒼夜は女の子を強調した。

「違うよ蒼夜。ひなちゃんは男の子だ」
「ほ、ほぉー。そうか。どうやらお前の知っているひなちゃんと俺の知っているひなちゃんは違って いたようだ」

挙動不審に視線を動かす蒼夜に比奈山はにっこり笑った。

「同じだよ。病院の桜の木の下でそうちゃんと出会ったひなちゃんだろ。 七レンジャーごっこをしてよく遊んだ」

信じたくないような顔をしている蒼夜はフルフルと頭を振った。

「そうちゃんはお姫様役だったね」
「俺はレッド役だっつーの!」

思わず叫んだ蒼夜は比奈山に抱きつかれた。
力強く抱き締められうっと息が詰まる。

「そうちゃん、やっと会えた。やっと…」
「マジかよ。ひなちゃんが陽一だったなんて」

蒼夜は比奈山から離れようとするがそれを許してはくれなかった。

「スカートを穿いていたからそうちゃんをずっと女の子だと思っていた」
「わー!わー!それは言うなー!俺だってひなちゃんを女の子だと思っていたんだぞ! はぁ〜俺の初恋が…って陽一もう離れろよ」

ずっとひっついたままの比奈山に文句を言った途端ドサッとベットに押し倒された。
頬に手をあてられ上から見下ろされる。

「今、初恋って言った?」
「…言ってません」
「俺もそうちゃんが初恋なんだ」
「へ?あ、ああ。残念だったな」
「なぜ?」
「なぜって、お互い男だったわけで…」

そこまで言うと比奈山はクスクス笑い出した。

「そんなもの、関係ない」

蒼夜の身体が硬直した。
なんか良くない事が起きる前兆のファンファーレの音が聞こえてくる。
逃げようとした蒼夜を押さえつけ比奈山の質問攻めが始まった。

「つきおかそうと名乗ったのはどうしてだ」
「周りが“そうちゃん”って言ってたから下の名前が“そう”だと思ってたんだよ。 つきおかは母親の旧姓。最近再婚して塚森になった」
「蒼夜の母親は病気ではなかったのか?」
「はぁ?あいつは病気知らずでピンピンしてるけど」
「だがあの時治らないと言っていたではないか」
「…?あ、あー!違う、あの人は母親が働いていた店のママだよ」
「そうだったのか」

頷いた比奈山はこれからが本番だという風に蒼夜を見据えた。

「俺は待っていたんだぞ。あの桜の木の下で、ずっと」

蒼夜は小さい声でごめんと謝った。
わざと行かなかったわけではない。
春も終わりの頃、店のママの容体が急変して息を引き取ったのだ。
生前にママが知り合いの店に声を掛けてくれていてレイ子や姐さん達はそれぞれ方々に紹介された 所へと行った。
レイ子が行った所はそこから遠く離れた所で幼い蒼夜が一人で来れる距離ではない。
ひなちゃんに会えないと知った蒼夜は泣きながら病院に行きたいと駄々をこねていたが 諦めざるを得なかった。
なぜそんなに病院に行きたがるのかが分からないレイ子に好きな子に会いたいからとは恥ずかしくて 言えなかった。
病気を治すと決めたひなちゃんがあれからどうなったのか気になっていたがまさかこんな展開に なるとは。

「心臓治ったのか?」

心配そうに聞く蒼夜に比奈山はああ、と頷いた。
そっかと蒼夜は安堵してふわっと笑った。
比奈山の心に大きな優しい光が飛び込んでくる。
なんて表現していいか分からないその感情を抱きながら蒼夜の上に倒れ込んだ。

「え、おいっ。どうした?」
「好きだ」
「は?」
「蒼夜、好きだ」

耳元で告白された蒼夜はどうしたらいいか分からず焦っていた。
人から好きと言われれば嬉しい。
それも初恋のひなちゃんからだ。
だが美しく格好良くても性別は男なのだ。
返答に困っていると蒼夜の大好きな匂いが鼻腔をくすぐった。
やばいと鼻を手で覆う。

「蒼夜は俺の事どう思う」
「………」
「嫌いか」

ほわほわする頭で必死に考えるがうまく思考がまとめられない。
ひどい事をされたが写真を破ってしまった非があるし第一比奈山の好きな子が自分で尚且つ 幼い頃の蒼夜の都合で会えなくなりその蒼夜を今まで探していた上での仕打ちと考えたら 一方的に怒れなくなってしまった。

「あ、あれは嫌だった」
「すまなかった。もうあんな事はしない」

蒼夜はふいっと顔を横にした。

「めちゃくちゃ痛かったんだからなっ!!」
「許してくれるなら蒼夜の気の済むようにしていい」

比奈山は身体を起こし蒼夜の手を取って指に唇を落としている。
まるで姫に許しを請う王子様のようだ。
その姿に見惚れた蒼夜はうーと唸った。
許してもいいが許したくもないそんな感じ。

「とりあえず」
「とりあえず?」
「飯持ってこい」

グゥ〜ッと蒼夜の腹が盛大に鳴った。
比奈山が蒼夜の上に倒れ込んで身体を大きく震わせた。
そして声に出して笑い出す。
蒼夜より立派に成長した比奈山を見てあのひなちゃんがここまででかくなったんだなと 思いながらふわっとした髪を手でぐしゃぐしゃにした。




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