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「え、正義の悪魔?」
「あの時、蒼夜を助けに来た者を見なかったか」
「い、いや…何も」

どうやら取り巻き達をぶちのめした者…藤堂が正義の悪魔と思われているらしい。
比奈山に聞かれた蒼夜はこめかみに冷や汗を流しながら知らないと頭を振った。
本当は、と比奈山が口を開く。

「蒼夜が正義の悪魔ではないかと疑っていた」

それは蒼夜が知り得ない田中の情報をうっかり言ってしまったせいだった。
蒼夜は内心ドキッとしたが次の比奈山の言葉に黒ブチメガネの下で大きく目を見開いた。

「霧島君が蒼夜に田中の事を話したと言った」
「え…え…?葵が…?」

霧島が疑いが掛かった蒼夜の為に嘘を吐いてくれたのだ。
蒼夜は霧島に感謝したが情報を漏らした事に対して何らかの処罰が下されるのではないかと 心配になる。

「なあ、葵はその、生徒会から罰とか…」
「ああ。今回蒼夜も見ていないとはいえ実際に正義の悪魔と思われる者に助けられているからまったく無関係とは言えなくなった。しかし霧島君が漏洩した事に対しては処罰の対象となる」

蒼夜はゴクッと喉を鳴らして、処罰って…?と聞いた。
比奈山は不安に包まれながら緊張している蒼夜にフッと笑った。

「反省文」
「え?反省文?」

生徒会を辞める事になったらどうしようと思っていた蒼夜は、ハーッと胸を撫で下ろす。

「すまなかったな」
「ふぇっ!?」

急に謝罪してきたので驚いた蒼夜は声がひっくり返った。

「何を驚く」
「だって、いきなり陽一が謝るからさ」
「…こんな怪我をさせる予定ではなかった」

蒼夜はまっすぐ見つめてくる比奈山から視線を逸らして後頭部を掻く。

「こっちこそなんか迷惑掛けたみたいでごめん」
「蒼夜が謝る必要はない。護れなかった俺の責任だ」
「護れなかったって……これは俺が陽一から逃げたせいだし」
「それでも護れなかった事に変わりはない」
「だから…っ!」

しばらく言い合っていたがだんだんバカらしくなった蒼夜はもう止めようぜと手を振った。
それは比奈山も同じだったようで同意する。
その後、少しの間シンっとした時が流れどちらともなく顔を見合わせた二人は笑い合った。
しかしそれが傷に触り蒼夜はいててと顔を顰める。

「そういえば今何時?」
「昼の12時だ」
「え?昼?」

蒼夜が澪姫の取り巻き達に襲われたのは放課後だ。
今が昼なので一日経っている事になる。

「俺、結構寝てたんだな…って学校!」
「そんな怪我で何を言っている。俺が連絡を入れといたから今日は休め」
「あ…うん」
「お腹は空いてないか?ずっと寝ていて何も食べてないだろ」

そう言われた途端、蒼夜の腹がグ〜と大きくなった。
比奈山が肩を震わせながら寝ている蒼夜の胸の上に顔をボスっと埋めて来た。

「…っ、…くっ!」
「な、なんだよっ我慢せずに笑えばいいだろ!?」

まっ赤になりながら蒼夜はふわっとした明るい茶色の髪を手で乱暴に掻き混ぜた。
比奈山はボサボサになりながら顔を上げるがまだ笑いがおさまらないのか身体が揺れている。

「何か食べるものを持ってきてやる」

ふてくされてしまって布団を被り、みの虫状態になった蒼夜に声を 掛け部屋を出て行った。
パタンとドアが閉まると窺いながら蒼夜は顔をヒョコッと布団から覗かせる。

正義の悪魔の正体がバレなくて良かったーっと安堵した。
その上、澪姫の件が片付き晴れて生徒会から解放されるのだ。

「っしゃ!」

蒼夜はガッツポーズをした。
だがもう一つだけ何とかしなければならない物が蒼夜の視線の先にある。
それは机の上に伏せられている写真だ。
そっと起き上がりその写真立てを手に取った。

―バァァァァァンッ!!

突然、部屋のドアが開き蒼夜は飛び上るほど驚いて振り返った。
そこに居るのは麗しい騎士団長の二宮だった。

「よっ!塚森っ。体調はどうだ?」

どうやら様子を見に来てくれたらしい。

「え、あ、はい。大丈夫です」
「そっかそっか。それならいいんだ…が」

二宮の視線が蒼夜の手元に向けられている。
蒼夜はハッとしてそれを背後に回した。
だが悔しい事に蒼夜より少し背の高い二宮が前から抱きつかれて後ろに隠した写真立てを取られてしまった。

「塚森〜。これに何かあったら陽ちゃんに殺されちゃうよ?」

実にさらっと軽く言われたので危機感を持つのに少しばかり時間が必要だった。

「……えっ!?」
「反応遅いなー。んんんーどうしよっかなー。教えてあげよっかなー」

何やら勿体ぶり楽しそうに蒼夜の反応を見ている。

「教えて欲しい?この写真の…秘密」

その写真に何の秘密が隠されているのだろうか。
殺されてしまう程の何かが…。
蒼夜は素直にコクンと頷いた。

「お礼はキスでいいよ。はい、どうぞ」

指差すのは唇だ。
艶やかに赤く色付いている魅惑的な唇だが二宮は男だ。
蒼夜は拒否した。

「いや、無理です」
「遠慮するなよ」
「いえ、遠慮なんてしてませんって」
「知りたくないの?秘密」

そりゃ知りたいが男とキスはしたくない。
机まで追い詰められて逃げ場がなくなった。

「ちょっと、二宮、先輩っ。学校は!?」
「今日は午後の授業はないのよ」

とうとう二宮の唇が蒼夜の唇に重なる寸前。

「ーー陽ちゃんのーーがーーーだよ」
「え?」

二宮が小さい声で呟く。
聞き返した蒼夜だったが二宮の肩越しに比奈山が見えた。

「何している」

地を這う低い声が部屋に響く。
それと同時にリップ音と柔らかい感触がして蒼夜はぎょえぇ〜っと悲鳴を上げた。

「元気そうで安心したから帰るわ」

比奈山の鋭い視線を受けながらも軽くじゃーねーと手を振り二宮は部屋を出て行った。
ポカーンとそれを見ているとランチを乗せたトレイを持っている比奈山が近寄って来た。
トレイを机の上に置き蒼夜の顔を上げると、どこにキスされたんだと尋問が始まる。
蒼夜は自分の頬を指差した。
唇にされるかと思ったが頬に軌道転換された。
比奈山の指が蒼夜の頬をごしごしと擦っている。

「あまりあいつに近づくな」
「…うん、そうする」

この時ばかりは比奈山の意見に肯定した。








夜になって流石に蒼夜は自分の寮へと帰ろうとしたが比奈山が許さなかった。
ベットは一つしかないので蒼夜がリビングのソファーへと移動しようとしたがそれも許さず 昨日と同様に比奈山がソファーを使うことになった。
取り合えず同室の藤堂に連絡を入れておこうと思ったのだがアドレスの交換をしていない事に 今さら気付いた。
しょうがないので霧島経由で言ってもらおうとした。

『蒼夜っ身体は大丈夫?』
「ああ、平気平気。田中の件さ、ありがとうな」
『蒼夜の助けになれて良かったよ』
「反省文書かせられるんだって?ごめん」
『直ぐに書いちゃうから気にしないで。それより澪姫の事で一日中バタバタしてて蒼夜の様子見に行けなくてごめんね』
「また明日学校で会えるからさ」
『ダメだよ。まだ休んで身体を癒さないと』

蒼夜的には明日から学校に行く気満々だったのだがここで逆らうと怒られるので話しを本題に変える。
すると意外な返事が返って来た。

『竜司は寮にいないんだ』
「え?どこ行ってんの?」
『事情があって昨日から実家に帰ってる』
「ふーん。分かった」

何だ急に実家って。
あんな事をしてしまって反省を込めて帰ったのか…とそこまで考えて止めた。
藤堂がそんな性格ではない事は蒼夜は十分知っている。

携帯を切りごろっと寝返りをうつとあるものが目に入る。
二宮が蒼夜の頬にキスする直前に呟いた言葉。

「あの中に陽ちゃんの好きな子がいるんだよ」

意外な言葉にへーっと思ってしまった。
比奈山に好きな子と言われても想像がつかない。
人を近寄せないように感じていたから自ら好きな子が出来るタイプに見えなかった。

「…誰だろう」

気になり始めた蒼夜は起きて二宮が伏せた写真立てに手を伸ばした。
写っているのは選択外の黄色のワンピースの子を抜かすと3人いる。
何か他に手掛かりがないかと思い写真立てから写真を外し裏を見る。
しかし何も書いていない。

「んー分かんねー」

また表にすると嫌でも黄色のワンピースの子に目がいく。
蒼夜は切り取りたい衝動に駆られた。

「ここだけ切ってもいいよな。絶対に支障はない」

そう思えば行動するのみ。
ハサミーハサミーと机の上を探す。
無いので仕方なくごめんと一言謝ってそっと引き出しを開けるとハサミを見つけた。
それを手に取って切ろうとした時。

「止めろ!」
「えっ!?」

蒼夜の様子を見に来た比奈山が大声を出した。
その表情は険しく恐ろしい程に睨みつけている。
二宮がこれに何かあったら陽ちゃんに殺されちゃうよ?と言っていた。

「え、あ、別にこれを切り刻もうとかそ、そんな事考えてないからな!」
「それを寄こせ」

寄こす以前に比奈山に近寄れない。
それ程、殺気がバリバリ全開だった。
とりあえずハサミを机に置く。
比奈山が大きく一歩踏み出すと同時に手を伸ばしてきて写真を奪おうとした。
持っている写真を掴まれて慌ててしまった蒼夜は手を放せばよかったのだが変に力が入ってしまい、その結果。

ビリッ。

不吉な音がした。




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