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―数刻前に遡る。

騎士団本部の取調室の中で身の潔白を強調していた澪姫は二宮が不敵に笑ったので不愉快そうに睨んだ。
もともと澪姫自身、二宮の事が好きではない。
なぜなら一年時に姫候補に名が共に上がり噂で姫は二宮がなるだろうと言われていたからだ。
容姿に自信があり常に自分中心でなければ気が済まない澪姫は当たり前のようにあくどい手を使おうと したがその前に二宮が自ら候補を下りた事によって何事もなく終わった。
澪姫にとって姫というのは一種のブランドで白王子と釣り合う為の大事な称号だ。
他の一般生徒達は自分に従う下僕達であり命令を素直に聞くのは 当然の事である。
そして刃向う者には制裁を。

二宮は笑みを浮かべたままパイプ椅子から立ち上がった。

「では塚森の暴行、強姦未遂に関しては一切係わっていないと言うんだな」
「さっきからそう僕は言っているだろ」
「ではなぜ他の生徒達と気を失っていたんだ」
「知らないよ」

プイッと澪姫は足を組みながら横を向く。

「ねえ、それよりもっとましな椅子ないの?パイプ椅子なんてこの僕が座る椅子じゃ ないだろ?」

おしりが痛くなっちゃうと口を尖らせながら文句を言っている澪姫から視線を外した二宮は西原に目で合図をして遮光カーテンを閉めさせる。
沖津と笹川はスクリーンの準備をした。
蒼夜に付き添って病院に行っている比奈山と霧島以外の生徒会メンバーは黙ってそれを見ている。
怪訝な顔をした澪姫はスクリーンに映し出された映像を見てチッと内心舌打ちした。

「これは何?」

白々しく聞いてくる澪姫に二宮はさらっと答える。

「塚森の暴行映像と澪姫の証拠映像」
「僕の証拠?何言ってんの?」

そう言いつつも澪姫は冷や汗を流した。
取り巻き達に映像を撮らせたのは澪姫だ。
後で言う事を聞かなかった時、脅迫に使おうとしたのだ。
まさか裏目に出るとは思わなかった。
だが音声は入れてない状態で撮ってあるため大丈夫だと冷静さを取り戻した。
映っているのは目隠しされている蒼夜と澪姫の取り巻き達。
やがて蒼夜の腹に蹴りが入る。

「こんなの僕に見せてどうするの」
「映っている生徒達はお前の取り巻き達だろう」
「だからって僕は関係ないよ。この前と同じように勝手にやったんじゃないの?」

中庭で蒼夜を襲わせた時も澪姫は知らないとの一点張りだ。
西原が数人の生徒達の口を割らせたがそれについても証拠を見せろとしらを切った。

「良い迷惑なんだけど。そんなに僕を犯人にしたいの?」
「犯人にしたいんじゃなくてお前が犯人なんだよ」

二宮は澪姫の目の前に立って見下ろした。

「いい加減にしないと僕にも考えがあるからね」

澪姫は椅子から立ち上がり二宮を睨んだ。
スッと二宮の指がスクリーンを差す。
映し出されている蒼夜が口を動かしていて誰かと会話しているようだった。
余裕でそれを見ていた澪姫は次の瞬間ザッと青褪めた。
蒼夜しか映し出されていない画像に澪姫が現れ蒼夜の腹を踏みつけている。
それも何度も何度も。

「おやおや、これでは言い逃れ出来ないな」

ふらついた澪姫はパイプ椅子に落下するように座った。
あれは蒼夜の言葉にカッとして思わず出た行動だった。

「な、何かの間違いだ。誰かが僕を陥れようとしてっ」

二宮に縋った澪姫だがその手を無情にも振り払われる。
そして蔑んだ目をした二宮が口を開いた。

「生徒会、騎士団の双方で話し合った結果、澪姫…否、沢野澪には姫の称号がふさわしくないと 判断した。それにより姫の称号を剥奪する」
「なっ!」

澪姫の身体がガタガタと震え始めた。
剥奪、この学園の歴史上あっただろうか。
この瞬間沢野澪は不名誉な姫として学園の歴史に名を刻む事になる。

「やだ…それだけは、やめて…」

蚊の鳴くような声で訴えるが二宮の視線は冷たい。
澪姫は生徒会メンバーに助けを求めるが皆、黙ったままだ。
生徒会長の三島が澪姫の傍まで近寄った。

「我々は再三忠告をしていた。それを聞かなかったのは君自信だ。その事態の大きさに 早く気付いて欲しかったのだが…最悪な結果に終わって残念だよ」

澪姫の目から涙が零れた。
連れて行けと二宮が指示を出すと西原と沖津が澪姫の脇を抱える。

「ぼ、僕に触るな!どこに連れて行くつもりだ!」
「お前の希望通りパイプ椅子じゃなくて上等な椅子に座らせてやるよ。理事長室のな」
「理事長室っ!?」
「お前の生徒としての処分については俺達が関与するところではないからな。もちろん もろもろの証拠はすでに理事長に報告済みだけど」

無理矢理立たせている澪姫の顎を掬って妖艶に二宮は微笑んだ。

「処分がどうあれお前が再びこの学園に戻って来てもただの一般生徒だからな」

澪姫の父親の権力を使って処分も何もなくなって学園に帰ってきたとしてもそこに姫の称号はないのだ。
やだやだと首を振って泣き叫びながら引き摺られるようにして取調室から出て行った。
他の生徒会メンバーもその後に続く。
パタンとドアが閉まると騒音はとたんに遮断される。
静かになった部屋に残っているのは二宮と笹川だけだ。

「あーやっと終わった〜!笹っち、お茶飲みたーい!濃い日本茶飲みたーい!」

二宮の頼みに笹川は嫌な顔をせず無表情のまま綺麗な礼を取ると部屋を出て行った。

「んんーいつか笹っちを大爆笑させてみよ。…それにしてもここに陽ちゃんがいなくてホンット 良かったー」

スクリーンに蒼夜が生徒達に身体を弄られている映像が流れていた。
なんだかんだで比奈山が蒼夜を気に入っている事を二宮は気付いている。

「どうせならくっついちゃえばいいのに」

だが比奈山には忘れられない女の子がいるのだ。
そしてその子を今も探している。
どんな手を使ってもその行方は分からなかった。

「ってかさーその子の情報が名前と一枚の写真ってどういう事よ」

過去の事は忘れてしまえと言った事があった。

「あん時は流石の俺でも死ぬかと思ったよねー」

豹変した比奈山に危うく殺されそうになったのだ。
西原がいなかったら確実に今あの世で暮らしている。
それ程あの子に執着している比奈山。

「健気だよねー」

そんな比奈山があの子以外に興味を持ったのが塚森蒼夜だ。
はたして蒼夜が比奈山を受け止めてあげられるのか。
比奈山が持っている闇は相当大きい。
ちらりとスクリーンを見てみるとカメラを持った生徒が吹っ飛ばされた。
カメラは横に倒れ拘束されている蒼夜を映しながらカメラの方向へと別の生徒が飛んで来て 映像が消えた。
意識を戻した生徒達はやはり口々に気付いたらやられていたと答えた。
中には姿を見たものがいたがこれもいつもと同じで恐怖で良く覚えていなかった。

「めずらしく読みが外れた」

正義の悪魔を蒼夜だと推測していた二宮は部屋に戻ってきた笹川から茶を受け取り ズズっと音を立てた。




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