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蒼夜を横抱きにしながら歩く比奈山の表情は無に等しい。
奥に潜む獣が閉じていた目をゆっくりと開け蒼夜を見下ろしている。
人ひとり運んでいるというのに失速せず早足で廊下を進む。
比奈山のブレザーを身につけてシーツに包まれている蒼夜は意識がないまま保健室へと運ばれて行った。

保健室の前に立っていた騎士団員の笹川が一礼しドアを開けた。
比奈山がその中へと入ると二宮と生徒会メンバーの姿がある。
養護教諭の姿は見当たらず予め外してもらったのだろうと推測出来た。
比奈山達の姿を認めた二宮はニイッと笑う。

「陽ちゃん、お姫様の奪還に成功したようだな」

しかし抱えられている蒼夜を覗き込むと表情が消えた。

「だが怪我をさせては騎士…いや、王子失格だ」

比奈山はそれを無言で受け止めて蒼夜をそっとベットへ寝かせた。
その横に霧島が立ち窺うように蒼夜を見ている。

「さっき西原から連絡が入って主犯達を取り押さえた…と言ってもまた全員、気を失って いたらしいが」

また―その言葉に保健室にいる全員の目が二宮に向けられた。
そして脳裏に一人の人物が浮かび上がる。

「正義の悪魔…」

ボソッと三島が呟いた。

比奈山の蒼夜を見る目が鋭くなっている事に気が付いた霧島はもしや気付かれている…?とその正体を 知っているだけに内心焦る。
しかし今回は藤堂がやったに違いないと確信していた。
蒼夜の怪我が深刻ではないと判断した二宮はいつものように明るい声を出す。

「とりあえず正義の悪魔の件は置いといてまずは塚森をサクサクっと手当てしちゃいますか」

その案に比奈山が頷く。

「念の為、病院で診てもらう」
「そうだな。頭を殴られているみたいだし」
「麓の病院のドクターに知り合いがいるから頼んでおこう」
「じゃあ、俺は車の手配をしちゃうよん」

こうして蒼夜は知らぬまま比奈山と二宮によって病院へと連れて行かれ検査を受けた後、問題なし とドクターのお墨付きをもらい学園に戻ってきた。
だがそれでもまだ蒼夜は寝たまま起きなかった。









比奈山は蒼夜の前髪を優しくかきあげた。
すやすやと眠る蒼夜は今、素顔を晒している。
いたって普通の顔が瞼を閉じていた。
いつも掛けている黒ブチメガネは比奈山の手の中にある。
あんなにメガネを外したがらない理由が分からなかった。
しばらく蒼夜を見つめながら考えていると制服のポケットに入れてある携帯が震える。
起さないようにそっと蒼夜の傍から離れた。

その数秒後。

「…ん」

蒼夜の瞼がピクリと動く。
ぼんやりと目を開くと白いシーツが見えた。
どうやらベットに寝ていたらしい。
瞼を擦ろうとした手に包帯が巻かれている。
物置小屋から意識がなかったが手当てをされているみたいだ。
周りに目を向けると勉強机が見え寮室だと分かったが自分の部屋ではない。
第一に部屋が広いし家具の配置も違う。

「誰の部屋だ?」

ベットから起き上がり身体を見下ろすと自分の物ではない部屋着っぽい服を着ていた。
着心地は良いが若干大きく袖や裾が余っている。
キョロキョロと見回すときちんと整頓されている机の上に写真立てが あった。
何気なくそれを取った蒼夜は息を詰め目を限界まで見開いた。

「な、な、な、何で…これがっ」

蒼夜の人生の汚点とも言えるものが写真に写っていた。
それには数人の小さい女の子達がかわいらしく笑っている姿がある。
女の子達はパジャマを着ていて鼻にチューブを付けている子もいた。
場所は小児病棟の病室の中だった。
その子たちの後ろに偶然写り込んでしまったのだろう、黄色いワンピースを着た女の子が キョトンとした顔でこちら側に顔を向けている姿が端に写っている。
それこそ蒼夜の消したい過去、思い出したくない過去でもある。
手が動揺でプルプルと震える。

「ど、どうしてこれがここに」

背を向けているドアからガチャっと音がしたと思うと背後からヌッと手が伸びてきて あっという間に写真立てを取り上げられる。
その写真立てが机の上に伏せられ蒼夜はそのまま後ろからギュウッと抱きすくめられる。
それだけで誰だか分かってしまった。
あの香りに包まれたからだ。

「陽一…離れろよ」
「よく俺だって分かったな」
「…っ、うるせ」

悪態を吐きながらも蒼夜の目線は机の写真立てにある。
どうやらあの写真の持ち主は比奈山らしい。
なんて最悪。

「勝手に人の物を弄るなんて悪い子だ」

耳元で囁かれゾワッと総毛立つ。
背後から回されている手に黒縁メガネが握られている事に気付いた蒼夜はそれを奪おうと したが紙一重でかわされてしまう。
振り返りたがったが目を曝け出している今、それは出来なかった。

「返して欲しいか」
「…あたりまえだろ」
「いいよ。返してあげるけど…」

比奈山は一旦言葉を途切れさせる。

「お願い事をするならきちんと人の顔を見てしないとな」

その言葉にカチンとした蒼夜はメガネを持っている比奈山の手を狙って回し蹴りをした。
だが足首を掴まれて引っ張られる。
バランスを崩し反射的に床に両手をついた。

「まったく行儀の悪い。怪我人なんだから大人しくしていろ」

足首を掴まれ、上体が下になっている蒼夜はグイッと身体が持ち上げられて ベットへ寝かせつけられた。
ギュッと目をつぶっていると柔らかい感触が瞼に落とされる。
えっ?と思った瞬間、メガネを掛けられた。

「痛みがひどかったり吐き気がするとかないか」

薄っすら目を開けるとメガネ越しに比奈山が見えた。

「いや、大丈夫…」
「ならいい。一応病院で診てもらったが問題はないという事だ」
「病院?全然気付かなかった……あ、お金は」
「その心配はない。あいつらから支払わせる」

あいつら、で澪姫の事を思い出した蒼夜は身を起した。

「澪姫は…?」
「さっき連絡が来て退学処分になった」
「退学…」
「表向きは留学するための自主退学になったが」
「うまくいったんだ」
「そう蒼夜のおかげだ」

比奈山はうっすらと酷薄な笑みをした。




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