――そして。

四月上旬、地元の駅の構内に蒼夜はスポーツバックを持ちレイ子と
正芳に 見送られる所だった。
あれから短期間で人生の中で一番の猛勉強をし見事秀聖学園の合格
を勝ち 取ったのだ。
明日から二学年の新学期のためいよいよ地元を離れる事となった。
そんな息子を前にレイ子はうんうんと深く頷く。

「奇跡は起こるものねぇ〜」
「俺の実力だっつーの!」
「あんたの荷物は向こうに送ってあるからちゃんと整理するのよ」

勉強に明け暮れていた蒼夜の代わりにレイ子が新しい住居を手配
した。
どんなアパートかは分からないが学校に近いらしい。

「先生に聞けば案内してくれるから」
「先生が?」

ずいぶん親切なんだなーと思っていると電車の発車時刻のアナウンス
が 流れる。

「じゃあ、行ってくる」
「着いたら連絡入れなさいよっ」
「へーい」
「そ、蒼夜君っ」

今まで黙っていた正芳が声を掛ける。
あの初めて会った日に何と二人は入籍をしたのだ。
正芳が家に来たのは挨拶と蒼夜の許しを得るために訪れたのだが
蒼夜が「お父さん」と言ったので自分を認めてくれたと思った正芳は
そのままレイ子と 共に役所に向かったのだった。
そして次の日には蒼夜の苗字が月岡から塚森に変わり今は塚森蒼夜
になっている。
やはり騒いだのは野崎と姫野を中心とした仲間達だ。
しかもそこに転入するという事も加わりまずみんなが突っ込んだのは
「お前勉強出来んの!?」 だった。
負けず嫌いな蒼夜は今に見てろと仲間達を巻き込んで勉強に励んだ。
正芳は出世の事なんて気にしなくていいからと言っていたが望んで
いた二つの願いが叶える事が出来るので自分の意思で転入を決意した事を伝えると それならと蒼夜の勉強を見てくれて何より先生よりも教え方が上手 なので頼りになった。
勉強を通じて正芳との距離も近づき仲が良い親子関係になっている。

「なに父さん」
「これ僕とレイ子さんからのプレゼント。後で開けてみて」

小さい紙袋の中に包装された箱が二つ入っている。

「ありがとう!行ってきまーす」
「気をつけて。休みの時には帰ってくるんだよ」
「蒼夜っ!!いい!?向こうの学校では大人しく過ごすのよ!問題
起こすんじゃないわよ!」
「分かってる!」

レイ子の怒声を背に電車に乗り込んだ。
乗客はほとんどいないので広く座席を使う。
蒼夜はこれからの学校生活に心が躍った。
自然と笑みもこぼれる。
野崎と姫野のいる学校生活も楽しかったが毎日のケンカ騒動から
解放されるとは何て素晴らしいっ!
普通の高校生活が送れる喜びにテンションは上がりまくっている。
これから向かう秀聖学園は蒼夜の暮らしている所から3時間電車に
揺られそこからバスで一時間走ると着く、山の中にある学校だ。
この学生生活のために髪も黒く染め直した。
もともとあの髪の色は高校生になった時、レイ子に高校生活を舐めて
いるのかと無理やり黒髪を茶髪に 染められたのだ。
そうして元の目つきの悪さが合わさり外見が不良化した蒼夜は
ますますケンカを売られてはぶちのめす毎日を送ることになった。

「そういえば父さんのプレゼントってなんだろ?」

一つ目の包装を開けてみるとメガネケースが出てきた。
やはりメガネケースの中にはメガネが入っているわけで。

「何だ…このメガネは」

度数は入っていないが黒ブチメガネのレンズの厚いものだった。
紙袋の中に手紙が入っている。
開けて見てみるとレイ子の字で書かれていた。

『蒼夜へ。
そのメガネはあんたの目つきを隠してくれるので大人しく高校生活を
送るために常にかけときなさい。
人前では外しちゃダメよ!
私に似てメガネをはずしたら美少年とかそんなオチだったら良かった
のにね。
追伸、スペアもあるからね』

もう一つの包装も開けてみると同じ黒ブチメガネが出てきた。
オイィッ!っと心の中で突っ込んだ。
確かに目つきを隠さないと今までと同じ事が起きそうな予感はする。
そんなになったら普通の高校生活が送れなくなる以前にレイ子に
殺されるだろう。
とりあえず装着してみる。

「うわっ、ダサッ!」

窓ガラス越しに映る冴えない自分に思わず声が出た。
黒髪に黒ブチメガネの姿はいかにもマジメ君に見える。
蒼夜はグッと口を引き締める。。
残りの二年間の高校生活を平穏に過ごすためにこの格好で大人しく
過ごすと 決意した。
しばらくして外の風景が山や田んぼに変わり電車が目的地に到着して
閑散とした 駅に降り立たった。
人もまばらなロータリーに出てバスに乗り込む。
乗客は蒼夜しかいないのか誰も乗っていなかった。

「おや兄ちゃん秀聖学園の生徒さんかい?」

バスの運転手のオジさんに声を掛けられる。
蒼夜は感動した。
初対面の人からにこやかに声を掛けられるなんて久しくなかったのだ。

「ええ、そうです」
「そうかそうか。若い子がこのバスに乗るのは秀聖学園の子しか
いないからね。でも制服を着ていないから不思議に思ったんだよ」
「あー。俺、転入生なんで。今日初めて行くんですよ」
「おや。そうかい。君は見た感じ一般生徒のようだからきっと驚くと
思うよ」
「驚く?」
「まあ、行ってからのお楽しみだな」

バスのオジさんにニヤッとされバスは学園に向かって走り出した。
一時間くらい山あいを走ると秀聖学園前〜とアナウンスが流れて
バスが停止した。

「この坂をまっすぐのぼって行くと学校があるからな。がんばれよ」
「はーい。ありがとうございました」

バスを降りるとオジさんに言われた通り目の前には急な坂がまっすぐ続いている。
スポーツバックを担いで歩き始めた。
15分程歩くとやっと門らしきものが遠目に映る。

「や、やっと門が見えた…。こんなに歩くなんて聞いてないぞ」

ぜーぜーと息を切らしながら坂道を登りきって守衛がいる門の所で
手続きをし中に入ると学校が…。

「学校…だよな?…なぜ城が!?」

桜並木の向こう側に見えるのは蒼夜が馴れ親しんでいる四角い箱状
の学校ではなく 西洋の城だった。

「バスのオジさんが言っていたのはこの事だったのか」

雄大かつ華麗に建っている城に圧倒されつつ桜の花びらがはらはら
舞う道を進んで いると桜の木の下に 人がいた。
ジッと見てみると木の陰に隠れて見れないが誰かと話しているみたいだった。
制服らしきものを着ているのできっとここの生徒だろう。
近づくにつれてその生徒がかなり長身で端整な顔立ちだという事が
分かる。
明るい茶色の髪が春風にふわりと揺られている。
ふと懐かしい記憶が蒼夜の脳裏に甦った。

――ひなちゃん。

幼い頃の自分の声が聞こえる。

「比奈山君っ!!」

蒼夜は全身で驚いた。
叫んだのは木の陰に隠れて見えなかったもう一人の生徒だった。
ひなやま、かと同じひな繋がりに過去を回想していた蒼夜は呟く。
立ち去ろうとする比奈山と呼ばれた男子生徒に可愛らしい顔立ちの
生徒が縋り 付いた。

「待ってっ!比奈山君!」

蒼夜は先に進む事も出来ず距離を取って様子を見る事にした。




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