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蒼夜は学校の屋上…と言っても城のバルコニーのような所にいた。
適当に廊下を進み階段を上がっていくとこの場所に出たのだ。
なぜ蒼夜がこのような所にいるのか。

「はあああぁぁぁ〜」

胸の下の高さまである白い石の囲いに肘を乗せて声を出しながら盛大に息を吐きたした。
澪姫の取り巻き達に襲われてからというもののあれから比奈山が事あるごとに蒼夜の目の前に 現れる。
その理由がまた同じ目に遭うと危険だからという事だ。
帰りも比奈山が来る前に急いで帰ろうとすると同じ生徒会メンバーの霧島が立ちはだかり 逃げられない。
霧島という壁を乗り越えて行こうとした日にはクラスメイトの非難の目が一気に蒼夜に 集中する。
蒼夜は精神がやつれていく感覚がした。
実際は図太いのでそんな事はないが。
ただでさえ比奈山と歩いているだけで注目されるのに、やたらと蒼夜の身体に触れてくる。
その途端周囲の目は蒼夜に対して驚愕と嫉妬と嫌悪やらマイナスの感情がバシバシぶつけられるのだ。
いっその事、殴り掛ってきてくれた方が良かった。
寮に帰るとなぜか藤堂が蒼夜の休息を邪魔してくる。
無視してみた事もあったが百獣の王さまがお怒りになり逆に倍の体力を使う羽目になってしまった。
そんなこんなでついに蒼夜の我慢の限界が振り切った。

数日間は大人しく比奈山が教室に来るのを待っていたので霧島は油断していた。
蒼夜はチャイムが鳴ると同時に鞄を掴み霧島が立ちはだかる前に教室を出て行った。
後ろから霧島の声が聞こえたが心の中で悪いっと謝った。

無事に教室を出られたが次にどこに行くかが問題だ。
寮に帰ったとしても藤堂に邪魔をされるだろう。
だからと言って学校の中をうろうろしていればまた澪姫の取り巻きに絡まれるだろうし 蒼夜を見かけた騎士団員が比奈山や生徒会メンバーに連絡をして捕まる可能性も否定できない。
敵は案外多いのだ。
考えた結果、人がいない所に行く事にした。
蒼夜が思い付く学校で人のいない所は二か所。
校舎裏か屋上だ。
自分のいる位置を考えて屋上の方が近いと判断し上に行ける階段を見つけ出す事にした。
そして辿り着いたのが城の尖塔の途中にあったバルコニーだった。
静かなその場所で久しぶりに気が休まっていく。
そこは見晴らしが良く遠くの山々まで一望出来た。

目を閉じてしばらくゆったりとした気分を味わっていると背後に人の気配がして蒼夜は 冷や汗がタラリと流れる。
振り向かずとも誰だかは分かっていた。

「蒼夜」

名を呼ばれる。
蒼夜は前を向いたまま徐々にその人物が近づいてくるのを感じ取っていた。
観念して振り向くと笑顔で、ただし目は笑っていない比奈山が蒼夜の目の前まで来た。

「悪い子だ」

比奈山はそう言って蒼夜の左右に腕を伸ばして閉じ込めるように手を囲いに付けた。
蒼夜の身体がピクリと動く。
手を伸ばし比奈山を遠ざけるように肩を押した。
しかし比奈山はその手を掴んでどかすと蒼夜の耳元で囁いた。

「そのまま。澪姫がいる」

若干目を大きくした蒼夜は眼鏡越しにバルコニーの入り口に目をやると開かれた扉に当たっている 陽光が階段の壁に人の影を作っていた。

「もしかして連れて来たのか?」
「まさか。勝手に付いて来たんだよ」

至近距離でひそひそと会話をしている蒼夜はそろそろ別の意味で我慢出来なくなってきた。
蒼夜には比奈山の近くにいたくない理由がもう一つある。
それは。

「どうした?」

蒼夜はコテッと比奈山の肩に額をくっつけた。
自らが近づいてくるような行動を不審に思った比奈山が聞いてきた。
蒼夜は心の中でう〜と唸っている。
やはり比奈山が近づいてくるとあの匂いに蒼夜は捕らわれる。
なぜかその匂いを嗅ぐと勝手に身体から力が抜けてしまう。
そしてもっと嗅いでいたいという欲求に駆られるのだ。
まさに猫にマタタビ状態。
幸いな事は比奈山にそれがバレていないという事だ。
蒼夜は比奈山の腕を掴んだ。

「澪姫がいるんだろ」
「フッ、積極的だな」
「うるさいっ」

蒼夜にとってみれば早く澪姫の悪事をばらしてさっさと生徒会から解放されたかった。
ならば早く澪姫をけしかければ良い。
今が絶好のチャンスだ。
それに不審に思われている行動も誤魔化せられる。
比奈山の腕が蒼夜の腰に回される。
どう見ても抱き合っているようにしか見れない。
さらに密着すると蒼夜の嗅覚は完全に春の陽だまりの匂いに支配される。
ふわふわといい気持になり比奈山の「背に手を回して」という言葉にも素直に従った。
完全に油断していた蒼夜は夢うつつのまま顔を上げさせられた。

「んっ…む、んんっ!?」

気付いた時にはすでに遅し。
チュッチュッと音を出しながら比奈山にキスをされている。
そればかりか舌まで入り込む始末。
澪姫に見せつけるためなのか音を大きく立てながら蒼夜の舌を吸っている。
一般人だったら腰が砕け落ちてしまうであろう状況だが姐さん達に幼いころから鍛えられている 蒼夜は眉根を寄せてコイツ藤堂と同じく慣れてやがると冷静に分析していた。
だからといって藤堂と同じように張り合おうという気は起きなかった。
今はあくまでも澪姫の嫉妬を煽ればいい事で比奈山と勝負してもどうしようもない。
濃厚なキスをされながら目線だけをバルコニーの入り口へとやると澪姫らしい生徒の姿が 覗き込んでいるのが見えた。
思わず口がニヤッと笑ってしまう。

「余裕だな」

比奈山が口を離し蒼夜を見下ろす。
こういう事に慣れてないと思っていたので蒼夜が息を切らすことなく仕掛けたキスを受けた のは予想外だった。
余程慣れているのか…。
比奈山は心の片隅でおもしろくないと感じた。

「いやいや。腰砕けものだったよ」

蒼夜は見上げながら普通の人ならねと心の中で付け足しておく。
澪姫の気配はいつの間にか消えていた。
比奈山を押しやって階段の方へと歩き始める。

「これで何か起きればいいけど」

じゃなければ蒼夜のこの努力は泡となって弾けて消えるだけだ。
そうなったらとても遣りきれたものじゃない。




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