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蒼夜が部屋を出て行った後、比奈山は騎士団本部に向かう為、学校へ向かっていた。

「そうか御苦労」

騎士団員の連絡を受けた比奈山は携帯を切った。
逃げるように出て行った蒼夜が第三等寮に戻るか信用出来る騎士団員に確認をさせていた。
無事に寮に入ったという知らせを受けて安堵する。

そして自分があんな行動を起こすとは思わなかった比奈山は指で自分の唇を触った。
蒼夜は否定していたがなんとなく蒼夜と藤堂の関係を考えたら不快な気持ちになった。
何も考えず自然と起きた行動だった。
実際に触れてみると嫌悪感はなくそれどころか自分の中の獣が大人しくなっていくのが 感じられた。
もっと触れたいとそう思ったのだ。

だが比奈山には心に決めた人がいる。
唯一無二のかけがえのない相手が。

それなのに心が少しでも揺り動かされてしまった事に衝撃が走り奥底から蒼夜を否定した。
違う、この者ではないと。
それと同時に獣が闇を濃くして現れた。

比奈山はそっと心の宝箱を開け記憶をよみがえらせる。

―ひなちゃん。

笑いながら自分の名を呼び太陽の光ようにキラキラと輝く女の子。
幼い比奈山の闇がその子といる時だけは欠片もなく消え失せていた。

生まれて間もないころから心臓に欠陥があった比奈山は長くは生きられないだろうと 当時比奈山総合病院の院長だった祖父に告げられた。
頭の良かった比奈山はその事をちゃんと理解していた。
医師である父はあらゆる手を尽くしようやくアメリカでなら助かる可能性があるかもしれない という事を突き止めた。
だが比奈山の年齢や体力の事を考えると成功する確率は極めて低かった。
だからといって成長するのを待っていたら心臓は段々と弱っていきそれこそ手遅れになる。
両親が判断に迷っている中、比奈山はどうでもいいと冷めた目で自分のいる世界を見ていた。
当時、たった4歳の時だった。







比奈山は本部に着くと騎士団長の部屋ではなくその隣の控室に廊下からつながっているドアをノックして 入った。

「失礼します。遅れてすみません」
「お、ようやく来たな、陽ちゃん」

団長の二宮がニカッと笑い手を上げる。
すでに比奈山以外の主要メンバーは集まっている。

「どこまで分かりましたか?」

空いている席に腰を下ろし状況を聞いた。

「よーやく取り巻き達が起きたのよ。これ取り巻きの名前と写真ね」

キャスター付きの白いボードには学生証用の拡大された写真が貼られその隣には名前が記されていた。
マジックの先でコンコンと二宮がボードを叩く。
そしてマジックを霧島に放り投げた。
それを慌ててキャッチした霧島は蓋を開けてキュキュッと音を出しながらボードに 線を引いていく。
資料を持った霧島と同じく書記の雪谷が立ち上がって説明をし始める。

「塚森君を襲ったのはこの5人です。澪姫の取り巻き達に間違いはないんですが一向に今回の 事件と澪姫の関連性を否定しています」
「つまりその者達が澪姫の為に勝手に動いたと?」

比奈山の問いに雪谷は、はいと頷いた。
それに比奈山は冷笑した。
ゾッとするような笑みだったが机に肘を付き手で口元を覆っていた為、気づかれない。
だが生徒会長の三島と騎士団長の二宮は比奈山の雰囲気が一瞬変わった事に気づいていた。
心配そうに見る三島に対して二宮は面白そうに笑っていた。
それに三島の咎める視線が二宮に注がれる。
二宮は反省の色なく軽く舌をベッと出した。

「ですが、この5人にはある共通点があるんです」

雪谷の言葉に5人を線で結んだ霧島が真ん中に澪姫の写真を貼りサワノと書き込んだ。

「5人共親がサワノの社員なんです」
「こりゃぁ、澪姫に逆らえないよなぁ〜」

会計の間山が緊張感のない声を出した。
それに雪谷が間山っと注意をする。
間山は肩を竦めた。

「澪姫に逆らったら家族もろとも路頭に迷うこと間違いなし。しかも5人の内3人の父親が 幹部クラスだぜ」

間山が指を3本立てて前にズイッと出した。

「後の2人は一般社員だ」

三島の言葉に比奈山は二宮を見る。
二宮は比奈山の言わんとしたことが分かっているようでニイッと笑った。

「そんな熱く見つめなくても大丈夫だよ、陽ちゃん。俺を誰だと思ってんの」
「その2人には誰が?」
「ニッシー」

間山はうわっと同情するような顔をした。
副団長の西原は落としのプロだ。
地にめり込むほど、いや、地の底まで容赦なく精神を疲労させ死にそうになった所を 優しい言葉で救い上げる。
今までそれで落とされ口を開いた生徒の数知れず。
自白するのも時間の問題だ。

西原に任せておけば異論はないと比奈山は頷いた。
そして。

「もう一つの件、5人全員が気を失った原因は?」
「「「正義の悪魔」」」

みんなの声がはもる。
だが霧島だけは心の中で蒼夜ぁ〜っと叫んでいた。

二宮は正義の悪魔がやった証拠はないけどねと言いながら立ち上がり片手を机につき身体を前のめりにする。

「4人は姿も見ずに気を失い、唯一1人だけそのシルエットを見た」

二宮の声が緊張を孕み低くなる。
まるでホラー話しをしている様な雰囲気になっている。
控室の外はすでに夕日は沈み暗くなっていた。

「その悪魔は一歩、また一歩とその生徒に近づいてくる。悪魔の呪いなのか生徒の足は 一歩も動くことが出来ない。夕日をバックに恐ろしくギラついた目を見た生徒は…っ!」
「ぎゃーーーーーーーーーーーーーーっ!!!」

バサバサバサ!
比奈山を驚かせようと思ってわざと悲鳴を上げた間山だったが当の本人は平然として いたのでつまらなそうに視線を動かした時、雪谷が資料を落とし固まっているのが視界に入った。

「あれ?もしかしてユッキー…」

ニヤニヤした間山に雪谷は涙目になりながら無言で拾った資料でバシバシと間山の頭を 叩いた。

「痛っ。ユッキーごめんって。プハハハハハッ…いててててて!」

間山と雪谷の事は放っておいて残りのメンバーで話を進めることにした。

「結局誰一人、姿を見ることはなかったんですね」
「でもま、田中を助けたヤツと同一人物だとは思っているけどね」

二宮の推測に他のメンバーも頷いた。

「陽一君、塚森君は大丈夫なのかい?」
「ええ、外傷は打撲と擦り傷くらいです」

比奈山の答えに三島は安堵したが…。

「騎士団を付けるべきだったな」

比奈山と同じ事を言った三島に二宮がそれを否定した。
比奈山と三島の不審な視線を感じ取った二宮はそれまでのおどけた雰囲気ではなく 騎士団長としての顔を見せた。

「塚森には今後も騎士団員はつけない」
「何を言っているんだ、蓮っ。今回の事で分かっただろう?」
「ダメだ。もしも騎士団員を付けている事がバレたら澪姫が動かなくなる。俺たちの 目的は澪姫自ら動いてもらわなくちゃ意味がない」
「それは分かるがまた今回の様に我々の目が届いていないところで狙われたら今度は 軽傷だけじゃすまされないぞ」
「そうだね〜きっと次は強姦でもされちゃうかな?」
「蓮!」

三島が机を叩き声を荒げた。
二宮はクククッと笑いながら片目を瞑る。

「冗談だって。ちゃあんと塚森には付けるさ。あんな事があって騎士団が動かないというのも 変だろ。だが騎士団が動けば澪姫は警戒する。そこで最も適任な人物に塚森の護衛をして もらおっかな」
「適任な人物って誰だ」
「そりゃ、護衛だけではなく澪姫の次の行動を促してくれる人物がいるじゃないか。 秀斗の近くに」

ニヤニヤ笑っている二宮に三島は顔を顰めふと思い当る人物に視線を向けた。
霧島も間山も雪谷も同じ人物を見ている。
二宮は軽く手を振り嫌味なぐらいの作った爽やかさでにっこりと笑った。

「という事でしっかり塚森を護りつつ澪姫を誘き寄せてね〜。陽ちゃん」




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