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一方、身体を拭いている蒼夜は自分をジッと見てくる比奈山の視線に気まずさを覚える。

「あのさ…お?」

蒼夜に近づいた比奈山が葵と同じように痣の上に指を滑らせた。
青紫に変色している所を撫でられた時、蒼夜は思わず痛みに声を出して手を払った。

「痛いっつーの」
「意外だな。筋肉が綺麗に付いている」
「…わっ!!」

比奈山が蒼夜の腹筋を指でなぞった。
敏感に感じ取った腹がピクンッと震えた。

「やめろよ。くすぐったいだろ」
「直ぐに本部に行かなくてはならなくなった。手当をするからそのままこっちへ来い」
「別に手当しなくてもいいよ」
「…もう一度言う。こっちへ来い」
「分かったよ!」

声が一段低くなった比奈山にハーっと溜息を吐き腰にバスタオルを巻いた格好でリビングへ行った。
ソファーに座ると比奈山が薬を手に取り蒼夜の傷に塗っていく。

「おおざっぱでいいって。時間がないんだろ?」

一つ一つ丁寧に塗っていく比奈山にじれったくなった蒼夜は後ろに身を引いた。
しかし強い視線で睨まれる。

「足を出せ」

あくまでも傷全てに薬を塗り終わらない限りは解放されそうにもない。
そのことを感じた蒼夜は諦めて少しバスタオルを捲って擦り剥いている膝を出した。

「うう〜沁みるぅ」
「蒼夜を襲ったあいつらに見覚えはあるか?」
「全然ない。でも間違いなく澪姫の取り巻き達だな」
「あいつら以外に誰かいなかったか?」
「え?別に誰もいなかったけど」

比奈山は蒼夜を探る様な視線を向けた。

「では蒼夜を襲った生徒を倒した相手は見なかったんだな」

咄嗟に顔に出さなかった蒼夜は自分自身を褒め称えた。
だが心拍数はかなり上昇している。

「え、ああ。逃げるのに必死だったからさ…。そ、そっか。あ、あいつら倒されちゃったんだ」

顔を向けているとばれてしまう危険があったので俯いた。
そんな蒼夜に比奈山が謝罪した。

「すまない。油断していた俺に責任がある。騎士団員を蒼夜に付けておくべきだった」
「…え?」

騎士団員を付けるだなんてそんな堅苦しい事なんて必要ないと言い返そうとしたが 比奈山が以外にも真剣な表情をしていたので口を開いたまま止まってしまった。
比奈山は無言のまま薬を塗り続ける。
かなり沁みて痛いのだがそれを口に出すのを蒼夜は我慢していた。
身悶えている蒼夜の足がだんだんと開いていき際どい所までバスタオルが捲り上がってしまった。
うわっと焦った蒼夜は慌ててバスタオルを引き寄せる。
しばらく無言で薬を塗っていた比奈山がふと口を開いた。

「確か蒼夜は藤堂竜司と同室だったな」
「…あ?あー竜司?そうだけど、それが?」
「霧島君がさっき気になる事を言っていたが付き合っているのか」

ピシリと蒼夜は固まった。
なぜそんな話しになるのかが分からず速攻に否定した。

「んなわけあるか!」

そう言った蒼夜を何を考えているか分からない視線でジッと比奈山は見つめる。

「身体だけの関係か」
「お、おまっ。何言ってんだ。見ろよ鳥肌立っただろ」

すっごく嫌そうな顔をした蒼夜は鳥肌が立った二の腕を見せ擦った。

「もう服着させろよ」

よっこらせと立ちあがった蒼夜の腕が引っ張られ春の陽だまりの匂いにふわりと包まれる。
その為、反応が鈍った。
気付いた時には目の前に王子様のような綺麗な顔が。
口に柔らかい感触がして目を見開く蒼夜の下唇を優しく食んだ。
そして口の脇の切り傷をペロっと舐めたのだ。
ハッと我に返った蒼夜は抱きしめられている状況から腕を振り払い一歩、二歩と後退した。

「……っ、っ!!?」

プルプル震えながら比奈山を指差した。
比奈山は黙って何かを考えている。
そして蒼夜に視線をゆっくり合わせてきた。
それに蒼夜は全身をビクンっと跳ね上がらせて素早く踵を返し、バスルームに入りこむ。
急いで制服を装着して玄関へと向かった。
蒼夜の着ている制服は比奈山のモノで身長差から若干大きい。
シャツはまだいいがズボンはウエストがゆるく裾なんかかなり余っていて靴を履くとき苛ついた。

「蒼夜」

背後から声がかかったが振り向かず蒼夜は比奈山の寮室を出て行った。










バタバタバタっと自分の部屋に駆け込んだ蒼夜はドサッとベットにうつ伏せのまま沈み込んだ。
はああぁぁぁぁ〜っと息を吐いているとさっきの出来事がよみがえってきて身悶える原因になった。

「あいつ、何で俺に…」

キスを。
濃いテクは平気だが蒼夜だがああいう触れるキスは慣れていない。
それにキスの後に蒼夜を見た比奈山の瞳。
明らかに獅子の視線が蒼夜を捕えた。
その瞬間、ゾワリと項がざわついた。

「う〜」

やはり最初から蒼夜の勘は間違ってなかった。
比奈山は蒼夜にとって危険人物だ。
そして、もう一人。

「竜司さん、気配を消して俺の部屋に入るの止めてくれませんかね」

枕に顔を押し付けたままくぐもった声で部屋の入り口に立っている藤堂に文句を言う。
藤堂は無言のままミシミシと床を鳴らして近づきドサッとベットの上に座った。
その振動で蒼夜の身体が揺れる。

「…うおっ!?竜司何してんだ!」

藤堂が蒼夜のズボンを下におろした。

「テメーの制服じゃねぇな」
「あー借りたんだよ」
「誰に」

身体を起してズボンを穿き直しながら軽く無視しているとベットの上に押し倒されてしまった。
ヤバイと思った時には腹の上に跨がれていた。

「どけよ!竜司!…わわっ」

シャツを掴んだと思うと力任せに左右に引っ張った。
ボタンが弾け飛んでいく。
それを唖然と蒼夜は見ていた。
そして叫ぶ。

「馬鹿野郎!このシャツ借り物なんだぞ!」
「じゃあそいつに謝罪に行かなくちゃなあ?」

蒼夜の顔が引き攣った。
竜司が謝罪?
脅しじゃなくて?

「誰に借りた。随分痛めつけられてるがそっちの趣味があったとはな」
「は?」

肌蹴ている自分の上半身を見れば澪姫の取り巻き達にやられた跡が。
竜司はギラギラした目で蒼夜を睨みつけている。

「そっちの趣味ってなんだよっ!俺はMじゃないからな!これには色々と事情があって」
「話せ」

誤魔化したら喰い付いてやるという雰囲気を漂わせている竜司に観念して蒼夜は先程自分の身に起きた 事の顛末を話した。
もちろん比奈山に色々された事は抜きで。
話しを聞いた藤堂は舌打ちすると蒼夜の上半身にある痣やすり傷を舌で舐めた。

「…ひっ!何してんだ。止めろって」

そう言って素直に止めるとは思えないが一応抗議する。
だがピタリと止まった藤堂に蒼夜は、お?と思った。
藤堂を見ると奇妙な顔をしている。

「まずい」
「あー馬鹿だな。薬塗ってんだよ」
「あいつが塗ったのか」

藤堂が言うあいつとは比奈山の事だ。
蒼夜はここで素直に頷くかどうかなぜか迷った。

「あー、うー?」

蒼夜の微妙な誤魔化しは当然藤堂にきかず、ギロリと睨まれ再び舐め始められた。
でかい体躯が蒼夜の上に被さっている様子は本当に百獣の王がそこにいるような錯覚を起こす。
身を捩って逃げようとするが叶わず、しょうがないと諦めた蒼夜は藤堂の好きなようにさせる ことにした。
それにしても傷を舐めて何が楽しいのか。
藤堂の赤茶色い髪が揺れ、たてがみの様に見えた蒼夜は手を差しこんでぐしゃぐしゃと撫でた。
思ってもみなかった蒼夜の行動に藤堂は眉間に皺を寄せながら顔を上げた。
乱れている髪はいつもの男らしくカッコいい藤堂の顔と合ってなくて思わず蒼夜はプッと噴出した。
もう片方の手も髪の中に差し入れて両手で撫でまわした。
以外に触り心地が良い。
しばらくジッとしていた藤堂が身を起こす。
蒼夜の両手が藤堂の髪から自然と離れる形になり浮いたままとなった。
その手を藤堂の手が掴み取って蒼夜の頭上に一括りにされる。
ヤバイと蒼夜が思った次の瞬間には左の鎖骨を歯形が付くほど噛まれぎゃーっと悲鳴を上げる羽目に なった。




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