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「蒼夜、おはよー!」
「あー、千秋か…。おはよー」

テンション下がり気味な蒼夜に葛城は思いっきり掌で背中を叩いた。
うまくヒットしたようで良い音が城の入口の大ホールに鳴り響く。
正確には学校の昇降口だが。

「…うっ!!ぐっ、ち、千秋!!」

蒼夜は声を詰まらせ睨んだが黒ブチメガネのおかげで人を怯えさせる視線を 幸運にも見ることはなかった葛城は笑いながら蒼夜の肩に腕を乗せた。

「せっかくいい天気なのに何だそのジメッとしたもん身体に纏わりつかせてよ」
「色々事情があるんだよ」
「えー何?何?」

正直に顔に好奇心、ネタと書いてある葛城に蒼夜は無表情で目を細め腕を肩から振り払い 先にスタスタ歩いて行った。
その後を葛城は追いかける。

「蒼夜くぅん〜」
「キモい声出すな!」
「何かネタ頂戴よ」
「持ってねえよ…ぎゃっ!」

突然悲鳴を上げた蒼夜は素早く千秋から距離を取った。
千秋は右手を自分の顔の位置まで上げてニヤリと笑う。

「テメー!今、人の尻っ」
「なかなかいい尻をお持ちで」

そう言いながら千秋は手を握っては開いたりを繰り返した。
千秋に対してこのヤローをどうしてくれようかと考えていた時、葛城がジーっと注意深く蒼夜を 見ている。
首を傾げた蒼夜は葛城が自分ではなく蒼夜の後方を見ている事に気付き後ろを振り返った。

「…げぇっ」

心の中で言うつもりが思わず声にして出てしまった。
憧れと尊敬と好意等々を含めた視線が集まる中、その当人が昇降口に姿を現す。
穏やかな笑みを返しながら廊下を歩いてくるのは。

「……千秋、さっさと教室に行くぞ!」

ガシッと葛城の腕を掴み引っ張って歩き出したが…。

「おはよう。蒼夜」

朝の陽光と同じ輝きでほほ笑みながら比奈山が蒼夜の横に並んだ。
獲物を見つけた時の肉食獣の様な笑みにしか見えなかった蒼夜は自然と無愛想になり棒読みで挨拶を 返す。

「…オハヨウゴザイマス」
「元気がないね」
「……」

お前のせいだ、と今度は心の中で毒づく。
何の為に頑張って転入してきたのか。
それは平穏な学校生活を送るためだ。
それなのになぜ生徒会の策略に巻き込まれているのだろう。
一体どこで何が間違ったのかと考えているとこの学園に来た初日に比奈山と出会った時からすでに おかしくなっていったような気がした。
あの時出会わなければこんな事にはなってなかったはずだ。
だからせめて奥底に獅子を潜ませている比奈山に本来の蒼夜の姿がバレてはならないのだ。
それなのに昨日、危うくバレかかってしまった。
冷や汗ものである。

「蒼夜」
「何…おぉっ!?」

名前を呼ばれて返事をした蒼夜はいつの間にか比奈山と手を繋いでいる事に気が付く。
男と手を繋ぐなんて冗談じゃないと咄嗟に振り払おうとするが凄い力で握られていて離して くれない。

「よ、陽一…。離して」

仕方がなく言葉で頼むことにした。

「何で?」
「な、何でって」

小さい子じゃあるまいし、いい歳した男同士が手を繋ぐなんてキモいっつーの! と、若干口の中まで出かかったが奇跡的に飲み込んだ。

「蒼夜だって葛城君の腕、掴んでいるよね。不公平だよね?」

後半に言ったのは葛城にだ。
葛城は何て言ったらいいか分からず、あー…そうですね〜と曖昧に答えるがその途端、蒼夜に 掴まれている腕がギリギリと締め付けられる。

「蒼夜、痛いっ!」
「千秋ぃ〜」
「俺、部室寄らなきゃ行けないから、じゃあな!」
「おいっ、俺を見捨てる気か!」
「後で一杯構ってやるから」

そう言う問題じゃねえこの薄情者!と心の中で叫ぶ。
比奈山に目立つ行為は控えて下さいねと一言注意してから葛城は立ち去った。
蒼夜はどうせなら一緒に連れて行って欲しかったと肩を落とした。
そして未だに掴まれている手を見下ろして眉間にしわが寄る。

「陽一、離して」
「せっかくだからこのまま行こう」
「……離せ」

蒼夜の声が一段低くなった。
少しずつ蒼夜の地が漏れてきている。
比奈山は気付かない振りをして外面用のほほ笑みを向ける。
やはり誰もが見惚れるそれはやはり蒼夜には効かなかった。
むしろ嫌悪している様子が窺える。
どんな目で己を見ているのか。
蒼夜が頑なに外さないメガネの下に隠されている目を見てみたいと比奈山は 思った。
それは出会った時から思っていた事で何度か外そうとしてみたが…。

「あ?何笑ってんだよ」

蒼夜に不機嫌そうに言われて口元が笑っていた事に気が付いた。
そして思考を巡らせた比奈山はあの子以外に興味を示す人間がいた事を自覚して再び笑った。

蒼夜は背がゾワリと総毛立った。
獅子が…蒼夜を、見たのだ。
今まではただそこにあるものとして捉えていた獅子が蒼夜を蒼夜として認識している。
何か良くない事が起きそうな前触れだ。
これまでの経験上こういう時は本能に従って早々に立ち去るべし。

生徒たちが遠巻きにして蒼夜と比奈山を見ている。
それはそうだ、蒼夜の手を繋いでいるのはこの学園の麗しい白王子でもありみんなの憧れのロイヤル の副会長様なのだから。
蒼夜は知らないが本来なら比奈山はやすやすと簡単に声を掛けられるような存在ではなかった。
学校を国とするなら比奈山の身分は王族である。
そんな比奈山の手と平民にふさわしい黒髪で黒ブチメガネの少年の手が繋がれ仲良く談笑、もしくは いちゃついているように周囲には見えた。
蒼夜がそれに気付いていたらお前ら病院に行って来い!声を大にして叫んでいただろう。

蒼夜はある一点に視線を向けた。
そこだけ不穏な空気が漂っている。
蒼夜は掴まれている手を比奈山ごと自分の方へグイッと引き寄せた。
まさか遠ざける事はあっても近づかせる事はないと思っていた比奈山はされるがままになった。
すぐ目の前にいる比奈山を見上げた蒼夜は素早く小声で伝える。

「陽一の右斜め後ろの柱の影…3人」

それだけで状況が分かった比奈山は頷いた。
近い内に澪姫の取り巻き達が再び蒼夜に接触してくるに違いない。

「蒼夜、今日の放課後教室に迎えに行くから待っているんだよ」
「……ヒッ!」

まるで王子様が姫君の手の甲にキスをする様に蒼夜にそれをした。
一瞬固まった蒼夜だが我に返り比奈山のネクタイを掴み引っ張った。

「さっき、千秋に目立つ行動は控えろって言われただろうがっ」
「俺達の目的はその目立つ事をして澪姫を誘き寄せる事だろう?」
「……ヒッ!!」

今度は蒼夜の耳元で腰にクルような声で囁いた後、耳をペロっと舐めたのだ。
蒼夜は掴んでいたネクタイを放し耳を手で押さえながら比奈山から急いで離れる。
本当なら比奈山を殴って蹴って殴って殴ってぶっ飛ばしたかったが多数の生徒達に見られている という状況がまだ理性を押し留めた。
ぐぐっと口を引き結んで心の中でくっそー!と叫び、身を翻してクククッと笑っている比奈山の 声を背に聞きながら教室まで走って行った。




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