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リビングのソファーの上にうつ伏せになって蒼夜は転がっていた。
上質のソファーの感触を頬で感じ取りなぜここに自分がいるのかと自問しながら無気力に 目を閉じていた。
今蒼夜がいるのは自分の寮室ではなく比奈山の寮室なのだ。
蒼夜のいる第三等寮とは違い宮殿のような第一等寮は相部屋ではなくどれほど広いんだという 空間を一人で使っている。

「俺の家よりも寮の方が凄いって一体…」

比奈山のリビングはシンプルなインテリアで纏められているが触ってみれば絶対桁が違うと思われる モノばかりだ。
飲み物を手にした比奈山が来たので蒼夜はむくりと起き上った。

「えっと、俺はここに来てどうすればいいのでしょうか」
「おや、蒼夜が友人の部屋に遊びに来たんだから好きなようにすればいいさ」

遊びに来た覚えはねえよ!お前が連れて来たんだろ!と突っ込みたかったが無理矢理飲み込んだ。
話す事もなく重い雰囲気に包まれている蒼夜を向かいのソファーに座った比奈山が先程からジッと 見つめている。
そしてスッと目を細めた。
獅子がそろりと動くのが蒼夜には見えた。

「君は何者なのかな?」

突然の比奈山の質問に蒼夜は思わず声が裏返った。

「へっ!?」
「一見、普通の大人しいどこにもいる生徒に見えるけど」
「分かってるじゃないですかー」

アハハハーっと蒼夜は笑ったがこめかみには冷汗が流れる。
なぜ、急にこんな話しを振って来たのか。

「俺にはそれが君には当てはまらないと違和感を感じているんだ」
「…え?」
「そう、まるで演じているかのような」

思いっきり蒼夜の顔が引きつった。
心臓は急速フル稼働で動き始める。
コイツにバレると大変な事が起きるぞと蒼夜のカンが警告をガンガン鳴らしている。
その音を聞きながら何とか冷静に対応する。

「何を言ってるんですカ!どこをどう見ても真面目で地味な生徒ですヨ!」
「蒼夜って顔に出やすいって言われないか?」

はい、言われますと心の中で白状した。
メガネがあるからごまかせると思ったがそうはいかなかったらしい。
いつの間にか退路が絶たれていた。

「俺達友人だよね。蒼夜は友人に嘘を平気で吐くのかな」

ニタリと獅子が笑った。
グッと喉を詰まらせる。
友人だと!?友人は友人に向かってそんな笑い方はしねえよ!と蒼夜は心の中で叫ぶ。
比奈山は立ち上がり蒼夜の前まで来ると屈んだ。
ちょうど蒼夜の顔の少し上に比奈山の顔がある。

「うわっ!」

蒼夜はメガネを押さえて後ろに下がった。
背もたれがあるのであまり動けなかったがそれでも不意にメガネを取ろうとした比奈山から 距離を取る。

「何で隠すんだい?」
「隠すって…ななな何を?」
「問題でも?」
「そんなのないですよっ」
「じゃあ、いいよね」
「比奈山君も…」
「陽一だろ。それとさっきから敬語使っているよ」
「ぐっ、陽一もこのメガネ取ったら美少年とかそういうオチを期待してるならマジでガッカリ するから止めたほうがいいって!好奇心はまれに己を滅ぼすんだぞ!」

目の前にいる比奈山が揺れる。
どうやら笑っているらしい。

「クククッ、蒼夜、オチって。期待はしないから見せてほしいな。君の素顔」
「だから、嫌だって!」

比奈山がさらに近付いてきて逃げ場がなくなった蒼夜は焦ってうっかりタブーの言葉を言ってしまった。

「友人に嘘を吐くって陽一もそうだろ!?」
「…何?」
「本当のお前をみんなに隠してるじゃん!」

言い放った後、比奈山の顔を見て自分の犯したミスに気づき口を押さえたが時すでに遅し。
一見穏やかに見える比奈山だが恐ろしい獅子の瞳が蒼夜を捕えている。

「本当の…俺?」
「い、いやぁうん、俺何言ってるんだろ?今のは忘れてくれ」
「へー。やっぱりそうか。気付いていたんだな」

目の前にいる比奈山は黒いオーラを全身に纏って蒼夜を見下ろし自分の本性を見破られた事に 対してとても楽しそうに笑った。

ヤバい、完全に獅子を外に開放してしまった…と顔を引き攣らせる蒼夜に比奈山は手を伸ばす。
蒼夜は本能でそれを払いのけその隙にソファーの背もたれから身体を捻り回転させて下り 比奈山から離れた。
ゆっくりと顔を上げ面白そうに見てくる比奈山に蒼夜は指を差し大声を出した。

「いいか!俺はどこをどう見たって普通で目立たない真面目な生徒だ!分かったか!」

蒼夜はそれだけ言うと一目散に比奈山の寮室から出て行った。

「あの動きをしといて普通だって?」

残された比奈山は目の鋭いままに笑っていた。










第一等寮から第三等寮は徒歩にして5分の距離だ。
青々とした葉を付けている木々の小道を歩いて行くと辿り着く。
比奈山の寮から無事脱出が出来た蒼夜は自分の寮へ早足で向かっていた。
しかし数人の生徒がその行く手を塞いだ。

「これってもしかしてお約束の?」

数人の生徒の中の目の大きめな子が一歩前に出る。

「お前が転入生の塚森蒼夜だな」
「…はぁ」
「澪姫の命によりお前に忠告しにきた。これ以上比奈山様に近づくな。もしこの忠告が聞けない 場合は後悔する事になるぞ」

澪姫の取り巻き達はそれだけ言うと去って行った。
カサリと後ろから音がする。
蒼夜は振り向かない。
そこに誰がいつからいたか分かっていたからだ。

「君はこのまま寮に帰るように」

生徒会棟の入口にいた騎士団員の笹川が一言そう告げる。
他の生徒に気づかれないように笹川は澪姫の取り巻き達をつけていた。
笹川の気配の消し方は素人では分からないほど巧妙だ。
蒼夜は頷き歩き出す。
笹川は澪姫側が蒼夜に接触した事を報告しにいくのだろう。
第一段階はクリアした。
最終的に澪姫自身が蒼夜を陥れれば良い。
取り巻き達だけは意味がない。
それには澪姫がキレるまで比奈山とくっ付いていなければならないのだ。

「む、無理…」

本性を曝け出させてしまった今、澪姫よりも比奈山の方が格段に危険な香りがした。




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