朝の騒動があったので蒼夜の通う高校に着いたのは一限目の途中の
時間帯だった。
一階の角にある1−5が蒼夜のクラスで中を伺いつつスライド式の
ドアをガラッと開けて入るとクラスメイト達が自由に席を移動して
しゃべっている。
そこに先生の姿はない。

「あ、重役出勤〜」

蒼夜を見つけた後ろの席の悪友その一、野崎孝史が指を差してきた。

「授業は?」
「んー、かわっちが体調不良で自習になった」

かわっちとは数学担当で川知という若い男性教諭だ。
ふーん、とイスに座ると横からガタガタと悪友その二、姫野美香が
席をくっつけてきた。

「おはよー、蒼夜!」
「何だそのピンク頭」
「かわいいでしょー」

うふふふー、と姫野がピンクに染まったロングの髪を一房摘まんで
見せて くる。

「派手すぎ」
「えー、金髪の蒼夜に言われたくない」
「これは金じゃねえ茶髪が色抜けただけだ」
「同じじゃん」
「違う」
「同じっ」
「違うっ」

終わりなき低レベルな言い合いを制したのは野崎だった。

「寝坊少年と不良少女よもう止めたまえ」
「寝坊じゃねえよ」
「じゃあ、何で遅刻したの?乱闘とか?」

目をきらめかせて姫野が聞いてくる。
横目で姫野を見た。

「お前…」
「蒼夜が睨むよー」

怖ーいと姫野が野崎にわざとらしく嘘泣きしながら訴える。
野崎はこれまたわざとらしく力説する。

「誤解しちゃ駄目だ。蒼夜は目つきが悪いだけでただ美香を見ていた
だけ なんだ」
「まあ、そうだったの?私ったら目つきの悪い蒼夜にヒドイこと言っちゃった」

目つきの悪いを強調して言う二人にお前らぁ…と蒼夜は拳を振るわ
せる。
それは自分も認めていることでこの目つきのせいで気の弱い奴には
怯えられ、気の強い奴にはケンカを売られるという人生を歩んできた。
もちろんケンカを売られればきちんと買い返り討ちにしてきたが。
それが積み重なり自然と一部の不良たちから恐れられる存在になってしまった。
そうしてチャレンジャーな不良が蒼夜に挑みケンカになるという悪循環
が今も続いている。
誰も信じてくれないが中身は普通の男子高校生なのだ。
平穏な生活を送る事が今の蒼夜の切なる願いである。
好き勝手に言う二人に今朝の顛末を話した。

「レイ子の結婚相手が朝来たんだよ」

ピタリと野崎と姫野の動きが止まり蒼夜を凝視した。

「「今何て言った!?」」
「だからレイ子が結婚するってさ」
「「マジで!?」」

こいつら息ぴったりだなーと思いつつ頷く。

「俺のレイ子さんがー!!」
「ちょっと、どんな男よ!?変な奴だったら私がぶちのめす!」

レイ子に憧れている野崎は頭を抱え嘆き、レイ子を尊敬している
姫野は拳を 握り締めて怒りに燃えている。

「レイ子が決めたんだからいいんじゃねえの?」
「ちょっとー、蒼夜の父親になる人でしょー。もうちょっと考えなさいよ」
「そうだぞ、蒼夜。反対するんだ」

蒼夜はハムスターの様な正芳を思い出した。
人畜無害そうな彼に別に反対する要素はない。
蒼夜の素面を見ても普通に話しかけてくれた時点で好印象を持てる。
それに結婚することで少しでもレイ子が落ち着いてくれれば願ったり
かなったりだ。
レイ子の美貌に惚れてしまった野崎と元ヤンのレイ子の強さに憧れる
現役不良の 姫野には悪いが 二人は順調に結婚するだろう。

「俺が反対したってあのレイ子が止めるわけないだろ」
「「ちょーショック〜!」」

ちょうど授業が終わるチャイムが鳴ったので喚いている二人を置いて
逃げるように廊下に出た。
ついでにトイレに行こうと歩いていると進路指導を担当している先生に
声をかけられる。

「おっ月岡、ちょうどいいところにいたな。渡すものがあるから職員室に
来てくれ」
「渡すもの?」

首をかしげるとお前のお母さんに頼まれたものだよとにこやかに話して きた。
話しが全く見えない蒼夜は言いようのない不安に包まれる。
何かが起こる気がした。
それは見事に的中する事となる。
職員室で先生に渡されたもの、それは厚みのあるA4サイズの白い
封筒だった。

「秀聖学園高等部」

表にそう書いてある。
これが一体自分と何の関係があるのか。
とりあえず聞いてみる。

「あのー、これ何ですか?」
「ん?秀聖学園高等部の転入手続きの資料だよ」
「…転入手続き?」
「よく読むんだぞ」
「先生…誰か転入するんですか?」
「おいおい、しっかりしろー、お前がするんだろ?」
「俺が転入…」
「書いたら先生の所に持ってこいよ」

廊下に出た蒼夜がした事、それはレイ子への電話だった。
携帯のコールを鳴らしながら足は階段を駆け上がって立ち入り禁止の
屋上へ向かう。
重い鉄製の扉を開けて屋上に出た時レイ子が不機嫌そうな声で出た。

『何か用?』
「何か用?じゃねーよ!!転入ってどういう事だ!?」
『んー、ああ。秀聖学園のね。あんたの行く高校よ』
「とうとうボケたか。俺は今高校に行ってんだよ」
『バカな子ね。転入って言ってんでしょ。二学年からそこに転校よ』
「はあっ!?ふざけんな!俺は行かねーからなっ」
『ふざけんなはこっちのセリフだっつーの!!あんたの今までの素行
の悪さは正芳さんの出世に 響くのよ!』
「自分を棚に上げて良く言うぜ!俺の場合は向こうからケンカを売る
から 買ってるだけだ! それとも敵前逃亡でもしろってか?」
『あんたケンカを売ってきてんのに買わないってどういう事!?
私が根性を 叩き直してやるわ!』
「言ってる事があってないんだよ!」
『という事で、秀聖学園の転入の話しになるわけよ』

レイ子の話しによると地元では面が割れているのでここから離れた
秀聖学園高等部という所に行き残りの二年間をそこで大人しく過ごせ
という。
秀聖学園高等部は由緒正しき家柄の子供も通うというレベルの高い
学校なのでそこに通っているというのは一種のステータスになるそうだ。

「ちょっと待て。転入って事は試験があるんだよな。諦めろ。俺の頭じゃ 受けるだけ無意味だ」

今通っている学校は中の下くらいのレベルの学校なので到底蒼夜の
学力では 無理である。
しかもレイ子の勝手な言い分で自分にメリットのない事をする気も
さらさら ない。

『あんたにもいい事はあるわよ』

電話の向こうでふふんっと得意げに笑っている声がする。

『一、秀聖学園高等部はここから通うのには遠すぎるので念願の
親から離れて生活が出来る。
二、秀聖学園の生徒達はあんたの事知らないから普通の学生生活が
送れる』
「――――!!」

あまりにも魅惑的な言葉だった。
この二つの事は蒼夜にとってどれだけ願っていた事か。
携帯を握る力が強くなる。
蒼夜は決心した。

「俺は、俺はやってやるぜぇーーーー!!」

両手を上げ空に向って大きく叫んだ。




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