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蒼夜の目の前にそびえたつのは魔王の塔…ではなくて生徒会棟。
ノッカーを叩くとこの前と同じ騎士団員の笹川が出てきた。
蒼夜を見てその横にいる霧島を見ると綺麗に一礼をして中へ促される。
螺旋階段の中心にあるエレベーターに乗りこむ。
無情に響くエレベータのチンという到着の音。
生徒会室に入る前の前室には副団長の西原と見た事がある騎士団員が立っていた。

「よう、久しぶりだな」
「どうも…」

蒼夜はペコッと西原に頭を下げる。
その後、西原の隣にいる美男子が一礼をした。

「初めまして、塚森蒼夜君。俺は白姫専属の騎士で白騎士の3年の沖津直人だ。 よろしくな」

差し出された手を握って蒼夜は思い出した。
田中を助けた後に技術室に来た人だ。
西原が生徒会室のドアを開ける。
沖津だけ前室に残り蒼夜と霧島、西原は中へ入った。
すると広い部屋にあるソファーに生徒会メンバーが座っている。
柔らかい絨毯を踏みしめてそこへ近づく。
三島が立ち上がり、腕を広げてほほ笑んだ。

「ようこそ。生徒会室へ」

本当は来たくなかったですと言いたかったが、どうもとお辞儀した。
空いているスペースに促されて座る。
ローテーブルを囲んでいるソファーに全員が座った。
蒼夜の両隣りは葵と西原で左右の一人用のソファーには書記の間山と会計の雪谷だ。
向かいは会長を挟み比奈山ともう一人は知らない顔がいる。
中性的な容姿で女のように綺麗な人だった。
制服には騎士団のエンブレムが付いているので騎士団員であることは分かる。
蒼夜とその彼の目が合う。
顔に似合わず意志の強そうな目に一癖も二癖もあるような感じがした。
比奈山のタイプと同じと言っていいかもしれない。
思わず微妙な顔をしてしまった蒼夜だがこういう時このメガネがあって良かったと実感する。
レンズは分厚いので蒼夜の目は向こうからはほとんど見えないからだ。

「へぇー。どんな子かは聞いていたけど…。俺は騎士団長の二宮蓮」
「あ、えっと、俺は塚森蒼夜です」

二宮は蒼夜を目を細め舐めるように下から上へと見た。
まるで蒼夜は自分に蛇が絡み付いているような感覚に陥った。
さっき挨拶を交わした沖津と同じ様に二宮も手を伸ばしてくる。
蒼夜も躊躇いながら手を伸ばしその手を掴もうとしたが素早く二宮が蒼夜の手首を掴んで引き寄せる。
どこにそんな細い身体に力があるんだというくらい簡単に引っ張られ勢いでローテーブルを乗り越えて しまった。
所々からあっと言う声が聞こえてくる。
気付いたら何と蒼夜は生徒会のメンバーがいる前で二宮の膝の上に跨いでいる状態で向い合せで 座っていた。
急いでどこうとするが腰に手を回され動く事が出来ない。

「ちょっ、あの、離して下さい!」
「やだー」

やだじゃねえよ!と心の中で突っ込むが殴り飛ばすわけにもいかず周りに助けを求めた。

「助けて下さい!」
「ほら、蓮。塚森君が嫌がっているじゃないか、離しなさい」

隣から三島が二宮を窘めた。
しかし二宮は蒼夜を離そうとはしなかった。
蒼夜はぐるりと見るが間山も雪谷も西原も顔を顰めてまたやっているという雰囲気だし 霧島はハラハラしながら見守っている。
これは助けを求めても無理だ。
残るは…比奈山か。
背には腹を変えられぬと比奈山に助けを求めるべく見るがすぐ視線を逸らした。
何と言うか本性が身体から滲み出てきているよというばかりに黒い影がゆらゆらと立ち上っているのは 幻なのか。
笑みを浮かべてはいるがそんなものは表面上に過ぎない。
つまり比奈山は今かなりお怒りの状態らしい。
蒼夜はそんな比奈山に助けを求めていいのか迷った。
迷って迷って頭が痛くなってきた頃、蒼夜の身体が小刻みに揺れる。
否、揺れているのは二宮だった。

「ククククッ、あはははー!」

綺麗な顔に似合わず大声で笑い出した二宮に蒼夜は目を丸くした。
二宮は笑いながら比奈山へ視線を移す。

「そっか、そっかーなるほどねぇー。陽ちゃんにもかわいい所があったんだねー」

比奈山は眉間に皺を寄せた。
蒼夜には二宮の言っている事が分からない。
二宮は蒼夜を引き寄せ耳元で聞きたい?と甘い声を出した。
色気のある声に思わず蒼夜は顔を赤らめる。

「嫉妬だよ」

そう囁かれ考えた蒼夜の脳内にピコリーン!と音がした。
まさかと二宮を見て不機嫌な比奈山を見てまた二宮を見る。
二宮がニヤリと笑う。

「分かった?」

二宮の問いに蒼夜は口を開けたまま頷いた。
蒼夜は意外な事実に驚きそしてこの状況はまずいと判断した。
比奈山が怒っている原因がそれならなおの事だ。
分かっていてこんな事をする二宮に腹が立った。

「分かっているなら離して下さい」
「えーでもー」
「ひどいじゃないですか!」
「楽しいじゃん」

悪びれもなく言う二宮につい怒りのあまり大きい声を出してしまった。

「楽しいってなんですか!人の心を遊ぶような事をして!比奈山君は二宮先輩の事好きなのに その事を分かっていてこんな事をするなんて最低ですよ!」

蒼夜が言い終わった後、シーンと生徒会室が静まり返った。
蒼夜を除く皆は時が止まったかの様に固まっている。
あれ?とキョロキョロしていると目の前にいる二宮が大爆笑し始めた。
涙を流しながらソファーやら三島やらを叩きながら腹を抱えて笑っている。
そのおかげで拘束が解けて無事、二宮から脱出が出来た。
霧島と雪谷は初めて知ったかの様に驚き、西原は意外な顔をして比奈山を見ている。
間山と三島は比奈山にそうなのか?と聞いていた。
比奈山本人は深く溜息を吐いて眉間に指を当て項垂れている。
蒼夜はまさかと己の失態に内心焦る。
慌てて比奈山の傍に行き膝をついて下から覗きこんだ。

「ご、ごめんっ!比奈山君。好きな人の事ばらしちゃって。俺、みんなが知らないとは思わなくて… ホントごめんなさい!」

笑いに終息を見せていた二宮がなぜかまた再発して息も絶え絶えに笑い転げ回る。
見た目美しいだけにこの行動はかなりギャップがある。
コイツ口を縫い付けてやろうかと蒼夜は本気で思った。
グッと拳を握った蒼夜に比奈山は顔を上げ見下ろした。

「塚森君」
「は、はいっ」

ピシーっと絨毯の上に正座して背筋を伸ばす。
男、蒼夜は殴られるのも覚悟で比奈山を見た。

「一言、言わせてもらうけど」
「はいっ」
「地球が逆回転したって二宮団長を好きになる事はないよ」
「は、い?」

比奈山の目は嘘を吐いているようには思えない。
むしろ不快そうにしている。

「俺の勘違いですか?」

比奈山は大きく頷いた。
じゃあ、嫉妬ってなんだったんだろうと首を傾げたが三島が手を叩いてこの事は終わりになり 蒼夜も特に気にすることなく記憶の隅っこに放った。




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