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「ふあ〜」

蒼夜は休み時間、陽の当たる葵の席でぬくぬくと寝ていた。
あれから2週間程経つがこれといって何もなく平和な日々を送っていた。
これだよこれ何もないのが一番だよと幸せな笑みを浮かべて頭の位置をずらす。

「蒼夜、その笑みキモいよ」
「何とでも言うがいいさ葛城千秋君」

平穏がいかに素晴らしいか君にはわかるまいと葛城に視線を寄こすと紙の束を持っているのに 気付いた。
どうやらそれは葛城の作っている新聞の様だ。

「出来たてほやほやの最新号だぜ。白王子にSDカードを没収されなきゃなー」

葛城は悔しそうにヘコんでいる。
あのSDカードには蒼夜が写した比奈山の寝顔の他にその日のランチに撮った生徒会長の三島と副会長の比奈山のツーショットやその2人プラス書記の霧島のスリーショットもあったらしい。
最新号買うか?と聞かれ別にいらないと答えると葛城は蒼夜の目の前に新聞の束を揺らして わざとらしく残念そうな声を出した。

「そうかー今月号は転入生インタビューが載っているんだけどなー」
「転入生って俺じゃん!」

まさか蒼夜自身が記事になっているとは思わなかったので慌てて新聞を奪おうと手を伸ばしたが ひょいっとかわされる。
ニヤリと葛城が笑った。

「一部200円ですぜ。旦那」
「…っく。勝手に人の事記事にした上、金取るのかよ」

しぶしぶ金を渡し新聞を一部受け取り転入生インタビューを探す。
そこには冴えない自分の白黒写真が載っている。
昨日のランチの時に質問された事の答えや革命の事などが書かれていた。
特に変な事はなく比奈山の事とか藤堂の事などの関わりも書かれてはいなかった。
ほっと胸を撫で下ろす。

「俺がそれを書くわけないだろ?そんな事書いていたら今頃、蒼夜は冷たく転がっているって」
「何…俺殺されちゃってるの?」
「可能性は高いぜ」

黄色い髪を頭のてっぺんで一つに縛っている房を揺らしながら葛城は親指で首を横に切る真似をした。
はあーっと蒼夜は脱力する。

「俺を事件やら面倒事に巻き込むのは止めてくれ…」

蒼夜はまだ知らない。
この新聞がきっかけで短い平和な日々が遠のき騒動に巻き込まれていく事を。
そしてその序幕が…。

「蒼夜」

教室に戻ってきた霧島が蒼夜の元に来る。
癒し系の笑みを浮かべた霧島を見て思わずギュッと抱きしめたいなーと思った。
やましい気はなく可愛らしいものを愛でたいという気持ちからだ。
本人が良いと言ってももちろんそんな事はしない。
したら最後、白姫ファンに何をされるか想像がつく。
霧島を葵と名前で呼んでいるのでさえ睨まれているのが現状だ。

「ん、何?」
「放課後、空いてるよね?」
「まあ、空いてるけど」
「じゃあ、僕に付き合ってくれない?」
「いいけど」

何気なく肯定したがまさかあんな事になろうとは…。
放課後葛城は新聞を売るという仕事があるのでさっさと消えて行った。
蒼夜は葵と一緒に教室を出る。

「で、どこ行くの?」
「生徒会室」

霧島が爆弾を落とした。
蒼夜は身体の向きを変え逃げようとしたが腕をガシッと掴まれる。

「約束したでしょ?」
「俺は生徒会室だって聞いてない!」

嫌だ行かないと反論するも大きな声で霧島が叫んだ。

「付き合ってくれるって言ったじゃない!」

その瞬間廊下にいた生徒たちの視線が一気に蒼夜に向く。
ギョッと霧島を見ると悲しそうに項垂れている。
ザワザワと生徒たちが騒ぎ始めた。

「あの地味な奴が白姫と?」
「まさか!?」
「白姫ってあんなのが好みだったのか!?」
「あのネクラ野郎!」

不穏な空気が蒼夜に向かって流れてくる。
言いたいこと言いやがってーと心の中で地団駄を踏み霧島の手を掴んでその場を走り去った。
職員室前まで来るとフーッと息を吐いて足を止める。

「分かったよ、行くよ。でもすぐ帰るからな」
「うん。ありがと」

ニッコリ笑う霧島に脱力した蒼夜だった。
実習棟に向かうと蒼夜の足取りが重くなってくる。
例の技術室の前を通らなければならないからだ。

「どうしたの?」
「いや、別に」
「このドアね」

霧島が技術室のドアを指差すと蒼夜はピクッと反応した。

「ドドド、ドア?」
「うん。壊れてるでしょ」
「うんうんうん」
「これ仮のドア取り付けているんだけど」
「仮なの?元のは?」
「今フランスに修理に出してる」

へ?と蒼夜の声が裏返った。

「フランスー!?」
「うん。実習棟のドアって細かい彫刻がされているでしょ?これってフランスの職人によるものなんだ」
「もしかして高い…?」
「ドアはかなり昔の古城から買い取ったって聞いているけど値段は付けられないんじゃないかな? 修理もそれなりにすると思うけど」

蒼夜は本気で気を失いたくなってきた。
それを知っていたら蹴破るなんて恐れ多いことなんてしなかったのに!と思っても後の祭りである。
頭を抱え唸っていると霧島が苦笑いをする。

「どうしたの?蒼夜が壊したわけじゃないんだからそんな…」

そこまで言って霧島は言葉を途切れさせた。
蒼夜も霧島もお互いをおそるおそる見る。

「まさか!このドア蒼夜が!?むぐっ」
「葵っ、声でかいよ!」

霧島の口を手で覆った。

「ちょっと待って。まさかそんな。じゃ、じゃあ、田中君を助けた正義の悪魔って蒼夜の事!?」
「正義の悪魔ってなんだそりゃ!」
「蒼夜!正直に言って。田中君を暴漢たちから助けたよね?」

必死な霧島の迫力に気圧されてコクコクと頷く。
あぁっと霧島は絶望的な声を上げた。
蒼夜はだんだん不安になってくる。

「蒼夜だって知ってれば避ける手立てはあったかもしれないのに」
「え、ええ?」
「もう遅いよ。遅すぎる…」
「葵、話しが見えないよ」
「何で僕に言ってくれなかったの!?」

だって…と言えば睨め付けられた。
うっと後方へ身を引く。

「というか田中君の事、葵は知っているの?」
「生徒会メンバーと騎士団の一部は知っているよ」
「げっ!」
「そしてその正義の悪魔を生徒会は探してる」
「マジで!?」

でも、と霧島は付け加えた。

「今はそれと関係しているけど別の事で動いているから…うまくいけば逸らせるかな」
「俺さ、ばれたらやっぱりドア弁償なのかな?」

霧島は目を丸くした。
そして蒼夜の手を掴む。

「弁償とか言う前に今の蒼夜が嘘だってばれるんだよ?冴えない一般生徒じゃなくて、3人の生徒を 一瞬にして倒す正義の悪魔だって。そんなことになったら…」

蒼夜は根本的な事を思い出した。
そんなことになったら平穏な学園生活グッバーイ!
どっちにしろレイ子にコロサレル。

「葵〜、どうしよう!」
「こうなったら」
「こうなったら?」
「蒼夜の演技力に期待するよ」

結局それー!!と項垂れた。




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