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よろよろと寮室に戻り自室のベットにボブっと転がった蒼夜は、はあ〜っと脱力した。
これだったらケンカを売られて返り討ちにしていた方がマシである。

「まだこっち来て3日なのに…」

残りの学園生活の事を考えると億劫になる。
平穏な学園生活は一体どこへ…。

「何やってんだ」
「…平穏な学園生活を探している所ーって竜司こそ何してんだよ」

手を伸ばして空中を彷徨わしている蒼夜に勝手に部屋に入ってきた藤堂が怪訝な目で見た。
そんな藤堂にノックしろよと文句を言って起き上った。
同時に藤堂は蒼夜のメガネを無言で隙なく奪い取る。
しかしいつもなら何かしらリアクションがあるはずなのに蒼夜はベットに腰を掛けたまま口を開けて 虚空をぼんやりと見ていた。
さすがの藤堂も気味が悪かったらしくどうしたと素っ気なく聞いてみた。

「なんつーの?平穏ライフを夢見た若者がそれなりに…否、かなり努力してその場所に行ってみたら 実はそこはサーカス団だったんだ」
「あ?」

藤堂の顔が顰められる。
蒼夜は構わず淡々と話し続けた。

「見かけは煌びやかで楽しそうに見えたけど、ところがどっこい、かわいいウサギは手下を同じ ウサギに襲わせたり、最凶の猛獣が2匹いて近づかないようにしてたのになぜか傍に寄ってくるし …お前ら鎖を付けとけぇー!!」

藤堂を指差し叫びながらリビングの方へ駆け込みドアに鍵をかけてソファーの上に丸まった。
しかしひょこっと起き上ってドアの方を見る。
蒼夜はドアが直っている事に気が付いた。
そして技術室のドアを思いっきり壊した事を思い出してしまった。
蒼夜の頭の中にある式が成り立つ。
ドア壊す(問題起こす+弁償)×バレる(家に連絡+レイ子)
その結果=レイ子に殺サレル!
ザッと顔が青褪めた。
冷汗がだ〜らだ〜らと流れる。
こ、これは何としてでもバレないようにしなければならない!と固く決意した。
何より己の命がかかっている。
あの時は自分が誰だか分かるような事はしていないはずだと蒼夜が確認のため回想していた時、 ダンッ!とリビングのドアから大きな音がした。
何事だと思いそっちを見ると、また大きな音がしてドアが軋んだ。

「ま、待ったぁー!竜司ストーォップゥ!!」

慌ててドアの鍵を開けようとしたが間に合わず、空しくも再びドアが吹っ飛び床に倒された。
半目のまま固まった蒼夜の元に百獣の王が姿を現して見下ろした。
蒼夜は伸びをして出来るだけ顔を近づけて捲し立てた。

「お前せっかく直ったドアをまた壊してどーすんだよ!?」
「鍵を掛けるからだ」
「!!俺のせいかよっ!いいじゃんか、一人になりたいんだよー!」

ほっといてくれーとだんだん萎れてくる蒼夜の頬を藤堂が掴み左右に引っ張った。
みょい〜んと伸びる。

「ふぁにふんらっ!」

藤堂の手を頬から離させようと振り払おうとするが今度は上下にみょい〜んと引っ張った。
思ったより伸びる頬の肉に藤堂が感心する。

「それにしても不細工だな」
「!!!!っ」

誰だってこんなにも伸ばされれば顔が崩れるっつーの!と怒りを込めて脛を蹴りあげた。
良い具合にヒットしたと思ったが藤堂は微動だにしなかった。

「テメェ…何しやがる」
「それはこっちのセリフだっ」

今度こそ藤堂の手を振り払って対峙する。
ジリジリと目線を逸らさず睨み合いが続く。
緊迫した場を打ち破ったのはノックの音だった。
その音に気を取られた蒼夜に藤堂の手が伸ばされる。
それを腕で払うと一歩下がった。

「おい、誰か来たぞ」
「知らねえな」

無視する気かコイツ!
姿見えぬ来客のノックの音が明らかに連続で大きくなっている。

「ここ開けろー!2年共ーーー!!」

廊下から怒号が響いてきた。
訳の分からない蒼夜が藤堂を見ると興味のないようにソファーにドカッと座り煙草を銜えていた。

「火」
「…テメーッ!自分で付けろよって言うかこの状況でお前はどんだけマイペースなんだこのヤロー!」

ブチブチ文句を言いながら自室に投げ捨てられていたメガネを装着して寮室のドアを開けると そこにいたのは同じ制服を着た外国人だった。
蒼夜よりも背が高く厳しく見下ろしてくる瞳は濃い藍で鮮やかな金の髪が小さい顔を包んでいる。
口を開けたままエイゴハナセナイと固まっているとモデル並に綺麗な顔のその人は破顔した。

「お、お前が転入生の塚森蒼夜だな。俺はここの寮長している3年の由良アキ。こんな顔してるけど 育ちは日本だぞ。っとちょっと上がらせてもらうぜ」

流暢すぎる日本語を言い蒼夜を押しのけて由良は奥へと進み、そして絶叫した。

「なんじゃこりゃーぁ!!テメーか!藤堂っ!」

慌てて由良の後を追うと由良が吹っ飛ばされ壊れているドアを指差しながら藤堂に詰め寄っていた。
あの藤堂に物怖じしない態度を取っている由良に蒼夜は感嘆した。
藤堂は煩いものを見るように目を細めフーッと煙を吐く。

「俺がこっちに遅れて帰ってきたと思ったら勝手にドアの修理の請求を上げて直すわ、それを 問い詰めようと来て見れば何でまたドアが壊れてんだ!?」
「…うるせーな。また直せばいいだろ」
「その経費はどっから出ると思ってんだ!」

おお、もっと言ってやれーと内心由良の応援をしていると煙草の火を消し、凶悪な目をした藤堂と 視線が合った。
とても己の身に危険が迫っているような感じがした蒼夜は背中を見せないようにジリジリと後退していく。

「俺、急用を思い出しマシタ」

では!と寮室を飛び出して行った。










リビングにクスクスと由良の笑い声がする。

「今回の子は随分、面白そうな子だな。竜司」

由良は霧島と同じような事を口にした。

「………」
「俺もあの子と遊びたいな」
「帰れ」
「ひっどいなーようやくあいつ等から解放されて帰ったと思ったらこの仕打ち…。いいもん、 葵に慰めてもらうとするか」

由良を完全に無視している藤堂はまたカチリと煙草に火を付ける。

「近江が動き始めたぞ」

真面目な顔で正面から藤堂に告げたが一度だけ由良を見たきりで煙草をふかしていた。
そんな態度に苛ついた由良は煙草を取り上げると厳しい顔で藤堂に忠告する。

「もうお前も引き返せない所まで来ているんだ。覚悟を決めろ。親父の命令で一応は高校卒業までは 関与はしないと幹部らには言ってあるが水面下では動いている者がいる」
「はっ、近江か」
「近江だけじゃない新垣も動くだろう」
「ふん。そいつ等に言っておけ、俺は興味はないとな」
「お前がそう言っても通用しねえよ」
「…じゃあそいつ等壊すか?」

由良は暗く底が見えない目と合い背中がゾクッと震える。
やはりあの人と同じ力量を持ち合わせているのは藤堂しかいないのだ。
しかし一番の問題は当の本人にやる気がない事だった。
昔っから何事も無関心な子だった。
全てを捩じ伏せられる強大な力でいついかなる時も己の前に立ち塞がる者を倒し恐怖で縛りつけ 二度と立ち向かわせる事などないように支配する。
先天的にそれを持っているのにこの世界にまったく無関心なのだ。
色々手を尽くすが無駄に終わる。
しかし由良はあるメールで己の目を疑う事になる。
それは霧島からのメールだった。
一言、竜司が執着する者が現れたと書かれていた。
執着。
一生藤堂には縁のない言葉だと思っていた。
しかも、物ではない、者だ。
しばらく理解するのに時間が掛った。
そして次に思うのがどんな人物なのか。
これは会わなければと予定を変更して1日早く実家から学園の寮に戻った。
ドアの請求の件は藤堂に会う口実で部屋に行ってみれば転入生の新しいルームメイトが出てきた。
由良にとって蒼夜の印象は冴えない子だった。
黒髪に黒ブチメガネの平凡な子。
しかし、分かってしまったのだ。
藤堂が蒼夜を見たとき…長年過ごしてきたから分かる変化。
この子だ、と由良は直感した。




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