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蒼夜が立ち去ったすぐ後に比奈山も本部に西原を伴って向かう。
本部とは騎士団の面々が集っている場所の事を言っている。
生徒会棟の繋がる庭園の左に階段がありそこを下りると白い外壁の建物が見える。
それが騎士団の本部だ。
比奈山は颯爽と歩き本部の中へ入った。
シンプルな外観と同じように内装も派手な装飾品などはなく必要 最低限の物があるばかりだ。
一番奥にある団長室をノックしてドアを開ける。

「何がありました?」

比奈山は机の上に足を乗せ椅子に浅く座っている団長に声を掛けた。
団長は白い歯を見せてニッと笑う。

「普通に話せよ、陽ちゃん」
「…何の用だ」

がらりと比奈山の雰囲気が変わる。
副会長として見せる穏やかな比奈山はいない。
冷え冷えとした視線を団長に向ける。

「ん〜、陽ちゃんの目、ゾクゾクしちゃうっ」
「黙れドM」
「ひどい!これでも好きな人にはドSだよー。ねーニッシー?」

身体を起き上がらせて比奈山の後ろに控えている西原に同意を求めた。

「俺が知るわけねえだろ。くだらねえ。ほら二宮、机から足を下ろせ」
「はいはーい」

団長の二宮は軽く返事をして足を下ろし二人の元へ近寄った。
細身で中性的な美しい顔立ちをしている3年の二宮は1年の時、 姫に選出されたがそれを辞退し騎士団に身を置いた事で有名である。
しかも実力で騎士団長に選ばれ生徒会メンバーと同じ くらいに人気がある。

「さ、そこに座っちゃってよ。ニッシーは全部カーテン閉めてね」

比奈山は二宮に促されてソファーに座ると西原によって遮光カーテン
が閉められ部屋の中が暗くなった。
そしてスクリーンが天井から降りてくる。
そこに映し出されたものに比奈山は自然と眉を顰めた。

「何だこれは」
「3人の生徒がかわいそうな子羊を襲っている図。自分たちの顔を
隠さずに撮影しちゃっておバカさんたちだよねー。加害者は3−Aの
樋口、今井、矢代、被害者は2−Dの田中」
「捕えたのか?」
「んー」

妙に歯切れの悪い二宮を意外そうな顔で比奈山は見た。
二宮は比奈山の視線の意味を捉えて苦笑いをした。

「勘違いしないでよ、陽ちゃん。ちゃんと捕まえてあるって。でもこれを
捕えたのは俺達じゃなくて 別の人物」

二宮が人差し指を口元に当てニッと笑った。
画面はちょうど襲われている生徒のズボンを下ろそうとしている所
だった。
そして大きな音がしてドアの方へ生徒が近寄ると悲鳴と共に映像が 途切れザーっと砂嵐になる。
二宮が手を上げるとスクリーンが上げられカーテンも開けられた。

「何が起こった」
「証言によるとドアを破壊して入ってきた人物に犯人たちは成敗され 子羊ちゃんは救出されましたとさ。めでたしめでたしぃーと行きたい所 なんだけど肝心の正義の悪魔が霧のように消えちゃってね」
「正義の悪魔?」
「そ、犯人たちは口々に悪魔がやってきたと言っている。目を合わせ たらそれだけで魂が抜き取られる恐怖に襲われたと今も震えている よ。騎士団員の沖津がその現場を通りかかって子羊ちゃんを保護した んだけど正義の悪魔はすでにいなかった」
「だが生徒達は顔を見ているのだろう?」
「あまりの恐怖によく覚えていないそうだよ」
「襲われていた生徒は?」
「これから聞く」

比奈山達は隣の控え室に移動した。
そこには生徒会メンバーと数人の騎士団員がいる。
そして田中の姿もあった。
椅子に座っている田中の目の前に霧島がしゃがんでいた。
霧島は比奈山と目が合うとその場を比奈山に譲った。

「大丈夫かい?」

優しくほほ笑みながら比奈山は田中に声を掛けた。
田中はコクンと頷く。
キラキラ輝いて見える美麗な比奈山を見て胸が高鳴るがそれは憧れ のせいだ。
以前とは違い好きという感情がそこからなくなっている事に気がついた。
その感情は窮地を救ってくれた別の人物に奪われた。
自然と手の中にあるハンカチを撫でた。

「君を助けてくれたのは知っている人かい?」
「いいえ」
「どんな人だったか覚えてる?」

正直田中はあの時かなり動揺していて助けてくれた人物をあまり覚えていな かった。
ただあの笑顔が印象強く心に残っている。

「あまり覚えてません」
「そうか」
「あ、あのっ、その人罰せられたりしませんよね?」

ドア壊しちゃったし…と不安そうに聞いてくる田中に比奈山は大丈夫 だよと答えた。
生徒会長の三島がクスクスと笑う。

「まぁ、行動は乱暴だけど彼には君を助けたという功績があるから 差し引きゼロってとこかな」

三島の言葉に安心した田中は生徒会にまかせば自分が探すよりも 早く彼の事が分かるかも知れないと ハンカチの事を話す事にした。

「あの、もし彼が見つかったらお礼がしたいので僕に教えてください」
「ああ、分かった」

頷いた比奈山に田中はハンカチを差し出した。

「これは?」
「助けてくれた人が僕に渡してくれたんです」

比奈山はそれを広げて見る。
白いハンカチだと思ったがよくよく見ると柄の様なものが見えた。
生徒会メンバーにもそれを見せる。

「何の柄でしょうね」

書記の雪谷がメガネのブリッジを指で上げながら覗きこむ。
同じく覗きこんでいた会計の間山があっと声を出した。

「これあれじゃん?ほら小さいころに流行った虹色戦隊七レンジャー」

決めポーズまでバッチリ決めた間山に他の生徒会メンバーは首を 傾げた。

「ちょっとー!知らないの!?」

何てことだとブツブツ言っている間山を見ながら比奈山はふと思い 出す。
七つの色の正義の味方が悪と戦う話しだと言う事を幼い頃教えて くれた子がいた。

「これだけじゃ身元は割り出せませんね…おや?これはなんでしょう」

ハンカチの端に柄とは違う文字みたいなものが書かれている事に気付いた雪谷が指摘した。
しかしそれは薄くなっていて文字なのかも怪しい。

「落書きか?つ…お…う?」

目を細めながら間山が読むが分からず眉間に皺を寄せる。
比奈山も文字らしきものを目で追い、そしてまさかと目を見張った。
そんなはずはないと己の中に浮かぶ可能性を否定する。
もしも比奈山の考えた人物だとしてもここにいる事は皆無だ。

「どうした?比奈山」

間山が訝しげに比奈山を覗きこむ。
比奈山は何でもないと微笑んだ。
きっと都合よく読んでしまったに違いないと納得させた。
そんな比奈山を横目で見ていた三島がパンパンと手を叩く。

「では問題の生徒たちはこれ以上話せる事もないから先生に引き 渡すよ。西原副団長」

西原は頷き部屋にいた騎士団員を連れ出て行った。

「それから田中君」

学園のキングとも呼ばれている三島に呼ばれた田中は幾分緊張した 様子ではいと返事をした。

「君の事も先生に事情を話さなければならないけれど私たちがついて いるから大丈夫だからね。田中君は私が付き添います」
「では、俺もお供しましょう」

団長の二宮が優雅に田中の手を取り立たせる。
学園の人気の1、2を誇る二人に挟まれて田中は緊張のあまりギクシャク しながら歩いて行った。
こうして控室には生徒会長の三島を抜いた生徒会 メンバーだけになった。

「俺はあの二人に挟まれて歩くなんて嫌だな…」

出て行ったドアを見つめながら間山がボソッと呟いた。
そんな間山に苦笑いした霧島だが次には厳しい顔つきになる。

「今回の事ですけど裏で澪姫が関与している事は間違いないですね」
「また澪姫ですか」

やれやれと雪谷が辟易した。
間山が肘で比奈山を突っつく。

「今度は何をしたんだ?比奈山はー」
「今回も俺は何もしてはいませんよ」

比奈山に近づく者に澪姫が制裁をしている事は周知の事実である。
以前は見逃せる些細な出来事だったが今回は許容範囲を超えている。
これを機に抑圧しようと生徒会は目論んだ。

「どうやって決定的な証拠を見つけ現場をおさえるかですね」

雪谷がため息交じりに言うと間山が雪谷のさらさらの黒髪をぐしゃぐしゃ にかき混ぜた。

「ちょっ…間山、何するんですかっ」
「だってーユッキーが自信なさそうなんだもん」
「自信がないではなくて気が重いだけです。澪姫はあの大手スポーツ
メーカーサワノの子息 ですからね」

サワノは世界と肩を並べる程のスポーツメーカーである。
学園に多くスポーツ用品や多額のお金を寄付していた。
学園側との繋がりは深く学園の方から圧するのは難しいだろう。

「大人の事情ってのはヤダねー」

今度は雪谷に栗色の天然パーマをぐしゃぐしゃにされた間山が苦笑いと 共に溜息を吐く。
比奈山がドアの方へ歩き出した。

「その為に俺たちがいる。一旦、生徒会室に戻って作戦を立てま しょう」
「あーあ、七レンジャーがいたら解決してくれそうだよな」

間山はまた決めポーズをして必殺技の名前を言いながら見えない敵を 相手に攻撃をする真似をしている。
記憶の奥底から蘇ってくる幼い声が比奈山の心の中にまた 響いていた。

『れっどすらーっしゅ!とお!ーまいったかっ。よし、これでてきは
やっつけたよ。もうあんしんだね! ひなちゃんっ』




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