15




上に着きエレベータを降りると何もない部屋に出た。
前方にドアがありその傍に一見近寄り難い大きな体格をした生徒が
立っている。
その生徒も百合と剣のエンブレムを付けていた。
蒼夜の方へ近づいてくる。

「笹川、後は俺が引き受ける」
「分かりました。失礼します」

蒼夜を案内した笹川という生徒は一礼すると下に戻って行った。
ジッと見られている事に気付いた蒼夜は不審に見られているのかと
思い自らさっきと同じ説明をしようとしたが先に大柄な生徒が破顔
した。

「俺は3年の副団長の西原だ。説明はいらん。転入生の塚森蒼夜
だろう」
「あ、はぁ。良くご存じで」

なぜ知っているんだろうかと首を傾げた蒼夜にニヤリと笑う。
西原はよくよく見てみれば精悍な顔つきをしている。

「始業式の時、副会長と寄り添って歩いてたのを見てたから顔は
知っている」
「…よ、寄り添っ!?」

ギョッとした蒼夜の肩をポンポンと叩きうんうんと頷いている。

「あれは違います。誤解です!」
「早く中に入れ副会長がお待ちだ」

否定する蒼夜を軽く無視してセキュリティカードでドアの鍵を開ける。
ポンと西原に背中を押され一人で部屋の中に入ってしまうとパタンと
ドアが閉まった。
ドアノブをどう回しても開く気配がない。
諦めて問題の比奈山を探しさっさと用を済ませて帰ろうと振り返った
蒼夜の目に飛び込んできたのはだだっ広い円状になっている空間が
180度ガラス張りになっている光景だった。
天井もかなり高くシャンデリアもぶら下がっていた。
一歩踏み出すと高級そうな絨毯に足が埋もれる。
あちこち見渡しながら歩いて行くと直進に重厚な机がありその手前
には大きいソファーがある。
植物も配置を考えて置いてあった。
後ろを向くともう半分の空間は部屋に仕切られているのか壁があり
いくつかのドアが付いている。
おそらく真ん中の少し出ている壁のドアから蒼夜が出て来たのだろう。
比奈山はどこにいるんだと足を進めていくとパサリと何かが落ちた音がした。
その音はソファーの辺りからした気がした。
ローテーブルを挟んで向い合せになっているソファーに近づくと比奈山
が仰向けになり目を閉じて寝ていた。
手が下に垂れさがっていて絨毯の上に紙の束が落ちている。
寝ていても美しいままだ。
レイ子なんて寝てる時はヨダレ垂らしてるぞと美貌の母親を思い出す。
眠れる王子様を起こそうとした時、蒼夜はある使命を思い出した。
ごそっとズボンのポケットから葛城から渡されたデジカメを取り出し
生徒会室の中を数枚撮った後シシシッと声もなく笑って比奈山に
デジカメを向け寝姿を撮った。
任務完了でありますと心の中で敬礼をしてポケットにデジカメを戻す。
今度こそ起こそうと肩に手を伸ばしたが比奈山からふわりといい匂い
が鼻を掠める。
さっき通った庭園の花の香りのようなそうでないような…。
何だろうともっと顔を近づける。


―ああ、これは春の陽だまりの匂いだ。


蒼夜が一番好きな匂い。

「何をしている」
「……っ!!?」

いつの間にか比奈山が目を覚まし色素の薄い目で蒼夜を見ていた。
蒼夜は驚いた衝撃でテーブルに足をぶつけたが痛みなんてどこへやら
比奈山の匂いを嗅いでいた事実にとまどい、さらには本人にこんな事
言えるはずもなく、かといって気の利いた言い訳が瞬時に出てくるほど
頭の回転もよろしくはなかった。
その結果、あははは…と誤魔化し笑いが広い生徒会室に空しく響いた。

「何をしていたか教えてくれないのかい?」

比奈山はゆっくりと起き上がり落ちている紙の束を拾うと蒼夜の
目の前に立った。
蒼夜は顔を引きつらせながら一歩後ろへ下がる。
すると比奈山も一歩前へ出た。
無表情の冷たい視線の比奈山が蒼夜を見下ろしてくる。
答えようによっては喉元を噛み切られそうなプレッシャーが蒼夜を
包んだ。

「いや…、そのぉ」

言葉を濁しながらあれやこれやと考えるがまったくもっていい言葉が
見つからず。
ここは正直に匂いを嗅いでましたと言うべきか。
しかしそれはそれで変態のレッテルを貼られそうな気がしてならない
ので口篭る。

「う、わっ」

後退し続けた蒼夜の足がソファーにぶつかりそのままボスっと座る
形になった。
勢いでメガネがずれ慌てて直しつつ立とうとしたがすぐ目の前に
比奈山が立っていて立ち上がる事が出来なかった。
下を向いている蒼夜に比奈山はもう一度同じ質問をした。
別に怒っているわけでもなく責めているわけでもない、ただ感情が
まったく見られず逆にそれが 恐ろしかった。
観念した蒼夜は覚悟を決めて話す事にした。

「…ぃ…が」

比奈山は黙って聞いている。

「匂いが…」
「匂い?」

座ったままガバっと顔を上げた蒼夜は早口で己の所業をばらした。

「比奈山君から良い匂いがして嗅いでいた…だけ…で、す」

最後の方は言葉の切れが悪くなってしまった。
片眉を上げ意外そうに比奈山は聞き返した。

「どんな?」
「えっ、う…陽だまりの、俺が好きな匂いが…ぅおわっ?」

いきなり蒼夜の両肩を強い力でガシッと掴んできた。
衝撃で少しメガネが下がる。

「今、何て言った?」

真剣な目に気圧されて蒼夜はメガネを直さずに答えた。

「ひ、陽だまりの匂いが」
「陽だまり…」

比奈山を窺い見ると蒼夜をジッと見ているかのように見えるが比奈山
の瞳は蒼夜ではなく 別の何かを映しているように思えた。
しかしそれも大きなノックの音で比奈山の瞳からそれは消え失せ機敏
な動きで振り返った。

「失礼します。副会長、団長がお呼びです。本部までお越しください」

一礼をして入って来たのは副団長の西原だった。
団長が動くほどの何かが起きたらしい。
比奈山は一つ溜息を零すと頷いた。

「申し訳ないね、まだ君と話したい事があったんだが急用が入って
しまったよ」

蒼夜にそう告げると机の引き出しを開け封筒を取りだす。
これで解放されるとホッと安心した蒼夜だが差し出された封筒を受け
取ろうとした時、比奈山も 手のひらを蒼夜に伸ばした。

「君も俺に渡すものがあるだろう?」
「え?」

蒼夜の目の前で比奈山の人差し指がゆっくりと下に降りる。
その指し示す所を目で追うとズボンのポケットに辿り着いた。
その瞬間、ゲェッ!!何でバレたんだ!?と心の中で叫んだ。

「さあ、出しなさい」
「いや、これは俺のではなくて…」

だから簡単に渡せませんと伝えたかったのだが比奈山は違う意味で
捉えたらしい。

「君が自らそのような行動に出るとは思っていない。おおかた新聞部の葛城君 が君に頼んだのだろう?」

困ったものだと比奈山は葛城を非難するように顔を顰めた。
比奈山の言う通りなのだが写真を写す時は結構乗り気だったため
罪悪感が胸を掠める。

「カメラを俺によこして」
「でも…」
「今、大人しく渡せばこの事は目を瞑ろう。しかし、しらばっくれるの
なら言及し罰を与えなければならない。君と葛城君、それに副団長の
西原先輩も」
「えっ、何で西原先輩を」

蒼夜は目を丸くした。

「彼は騎士団、しかも副団長という身でありながらカメラを持った
塚森君をこの生徒会室に入れてしまったという失態を演じた。その
責任をとらなければならない」
「カメラでそんな…」
「君は生徒会室を軽く見ないでほしい。ここには学園を動かすための 資料やデーターがあるんだ。 残念な事にそれを悪用しようとする生徒もいるんだよ。だからセキュリ ティーも完備してあるし生徒会室自体も独立した棟になっている。この 部屋に入れる生徒も限られるし写真も許可が下りた時しか撮影はしな いんだ」

何だか以前いた学校とかなりのスケールの違いに蒼夜の頭が追い
付いていかない。
とりあえず西原を救うべくカメラを比奈山に手渡した。
そして蒼夜は納得のいかない事を聞いてみる。

「ではなぜ比奈山君は俺をここに呼んだのですか?」
「君と静かな所で二人きりで話したかったんだ」

比奈山の中の獣と目が合う。
ゾワリと嫌な震えが蒼夜の背中を伝った。
それはいつもより姿がはっきり見え生徒会棟の入り口にあった獅子の
紋章と似ていた。
普通の学園生活を望み転入までして、まったくタイプの違う獅子と 百獣の王という呼び方は違えど同じ獣がこんな田舎の山奥にいる 現実に蒼夜はもしかして呪われているんじゃないかと己を疑った。

「この場所を指定をした俺にも責任はあるからね。はいカメラ本体は返すよ」

蒼夜の手の中にデジカメが戻ってくる。
しかしSDカードは抜き取られてしまった。

「二度はないよと葛城君に言っておいて」
「…はい」

比奈山から当初の目的のモノを受け取ると蒼夜はぐったり疲れた様子
で生徒会棟を後にした。




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