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蒼夜が蹴破ったドアはどうやら一人の生徒が下敷きになった
らしい。
しかしそんなモノは目もくれず倒れたドアの上をそのまま前方を
見据えながら歩いて行く。
足元から潰れたような声がしたが気にしない。

「おーい。お前ら何やってんだぁ?」

髪をかき上げながら田中の傍に立っている生徒達を見た。
生徒たちは蒼夜の眼光に身体を震わせながらもかろうじて耐えその内の一人が 虚勢を張って笑う。

「これから充ちゃんといい事するんだよ。邪魔すんじゃねえ」

蒼夜はチラリと田中を見る。
田中は顔を青くしてカタカタと震えていた。
盛大に溜息を吐く。

「俺はよ。普通の学生生活が送りたいんだよ。それなのに」

過去の様々な出来事が思い出されて怒りを通り越してククク…と
凶悪な笑いが漏れた。

「お前らみたいなバカ共がいるから」
「「ヒィッ!!」」

睨みつかれた生徒たちは恐怖で立っているのがやっとの状態だった。
蒼夜はまず一人目の胸倉を掴み鳩尾に拳を入れ床に沈め、次に後ずさり する残りの生徒の髪を掴み勢いよく頭突きをして床に沈めた。
パンパンと手を払うと俯いている田中に声を掛ける。

「おい、大丈夫か?」
「……」
「どこか殴られたか?」

フルフルと田中は首を振った。
田中の乱れた格好で何が起きたかは想像が出来る。
しかしかわいくとも田中は男だ。
やれやれと息を吐きながらしゃがんだ。

「そろそろちゃんと制服着ろよ」

努めて優しく言うと田中は慌ててシャツのボタンを留めていく。
しかし途中でポタッと床に水滴が落ちた。
肩を震わせながらシャツの袖で目を拭うのを見て蒼夜は窓の近くに
あったタオル掛けから タオルを取って差し出した。

「…ひっく、…ひっ、それっ…ぞうきん」
「えっ」

掴んでいるタオルではなくぞうきんを見てうーむと唸り制服のポケット
を探りハンカチを 取りだした。
いつもケンカばかりしている為、怪我をして傷を洗った時に何かと
ハンカチは使えるので持ち歩いて いたのだ。
その習慣がこの学校に来ても身に付いていたらしい。
幼いころから使っていたハンカチは戦隊モノの柄がプリントされて
いた。
しかも何度も洗っているので絵柄が薄くなっていてほとんど白に近い。
まあぞうきんよりはいいかと田中に渡した。

「ほら」
「あ、ありがとう」

田中はハンカチを受け取ると目もとを拭った。

「さーて。こいつらをどうするかだが…うん」

蒼夜は田中が見守る中、気を失っている3人を一か所に集めネクタイ
を抜き取った。
そしてニヤリと笑うと次々に服を脱がしていく。
田中は目を丸くした。
あっという間にパンツ一枚にさせられた間抜けな3人組は自分たちの
ネクタイで後ろ手に作業台の太い 脚と一緒に縛られた。

「これで逃げられないだろ」

蒼夜は振り返り再び田中の傍に行った。
まだショックから抜け切れていない田中を見つめる。
視線を感じた田中が目を合わせてきた時、蒼夜は安心させるために
満面の笑みをした。
すると数回瞬きをした後、青かった顔が赤みを帯びていく。

「立てるか?」
「あ、はい」

蒼夜が手を差し伸べた時。

「一体、何が起きたんだ。これは」

入口から戸惑った様な不信を滲ませる声がした。
田中はその人物に見覚えがあった。
イベントなどによく白姫を警固している騎士団員だ。

「あなたは沖津先輩」
「君、何があったんだ?」

沖津はぐるりと回りを見渡す。 無残にも美しく彫刻をされたドアは破壊され床に倒されている。
そして3人の生徒は下着姿で手を縛られ気を失っていた。
己の足元を見るとその生徒の制服らしいものがぐちゃぐちゃになって
いる。

「あ、あのこれは…」

田中はきょろきょろと自分を助けてくれた人物を探すが見当たら
なかった。
どうしようと沖津を見ると窺うように田中を覗き込んでいる。
沖津は腑に落ちない点もあったが田中を見てだいたい予想はついた。
泣いたような後の目や少し乱れている制服、それに問題の3人の
生徒は前々から悪い噂を 聞いていた。

「とりあえず騎士団が君を保護するよ。俺と一緒に行こう」
「…はい」

携帯でどこかに連絡を取り終わった沖津に優しく背を押され技術室を
出て行く。
途中で教室を振り返るがやはり助けてくれた人物はいなかった。
だけれど手の中にある白いハンカチは事実、彼がいた事を証明して
くれる。
絶望の中に颯爽と現れ、いとも簡単に恐怖から助けてくれた。
そして目つきの鋭い人がほほ笑んだ時田中の心は彼に捕らえられて
しまった。
比奈山の様に容姿が優れているわけではなくいたって普通なのになぜ
こんなにも惹かれたのか。
もう一度会ってお礼をして彼の事を知りたいと思った。











そのころ蒼夜は実習棟を通過して庭園の中の渡り廊下を歩いていた。
廊下にはアーチ状の屋根が付いていて見上げれば内側に絵が
描かれている。
庭園の満開に咲いている色とりどりの花からはいい匂いが風に運ばれ
てくる。

「あ〜、危なかったぁ」

再び黒ブチメガネを装着した蒼夜は胸を撫で下ろした。
メガネ姿の蒼夜が目立つわけにもいかないので助けるために止むを
得なくメガネをはずしバカ共をぶっ飛ばしたのはいいがまさか襲われて
いたのが田中だとは予想外だった。

「声でばれなくて良かった」

そして田中に気を使いながら優しく接していた美形の男を思い出した。
その生徒が入ってきたと同時に素早い動きで気付かれずに教室を
出て様子を廊下で窺っていた。
どうやら騎士団員らしい。
後は大丈夫だろうと判断してその場を立ち去った。
回想していた蒼夜の目の前を白い蝶がヒラヒラと飛んで行く。

「ここが2階だってのが驚きだよなー」

実は庭園の渡り廊下は2階にあった。
日本じゃないどころかファンタジーの世界にいるような気分になって
くる。
「実際は田舎の山の中だけど」

苦笑いをした蒼夜の目の前に生徒会棟が現れる。
思わず口をあんぐりと開けてしまった。

「棟?…塔の間違いじゃないか。これ」

見上げるほどの高くそびえたつ円柱状の建物。
そろそろと棟の入り口に近寄る。
大きな扉の真ん中には獅子の顔が付けられていた。
ノッカーが扉の左右に付いていて蒼夜はそれを握ると叩いた。
するとギギギ…と内側からゆっくり開かれた。
背の高い生徒が現れ忌々しげに蒼夜をジッと見る。

「何か用か?」

立ち去れという雰囲気を漂わせてくる生徒を蒼夜も臆することなく
見返す。
見栄えのある顔だがそれよりも胸に付いているエンブレムに目が
行った。
それには百合と剣が描かれていた。

「用がない者はむやみにこの棟へ近づいてはならない」

高圧的な態度にムッとしたがここに来た理由を説明した。

「これは失礼を致しました。副会長がお待ちです。こちらへ」

一変して胸に手を当て綺麗な礼を取った生徒に驚きつつも中へ入る。

かなり広いホールがあり吹き抜けになっている。
中心に螺旋階段が上まで伸びていた。
それ以外このホールはなにもない。

「あの…、生徒会室はどこに?」
「こちらです」

どうやら螺旋階段の方へ行く。
蒼夜は嫌な予感がした。

「まさか上ですか?」

果てしなく上に伸びる階段を目で追う。
そんな蒼夜に生徒は無表情のまま肯定した。
これを上るのかとうんざりしていると階段ではなく螺旋階段の中心に
ある太い柱に誘導させられた。
生徒が柱のボタンを押すとウィンと機械音がして扉が開かれる。

「もしかしてエレベーター?」
「どうぞお乗りください」

もう何にどう突っ込んでいいか分からない蒼夜はとりあえず大人しく
乗り込んだ。




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