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「俺の知る所によると最初に一緒になったやつは黒王子が好きに
なったけど報われなくて辛くなり辞退。二番目は黒王子の気迫を 恐れて辞退。三番目は血の気の多い奴でね果敢にも黒王子にケンカ を吹っ掛けて逆にぶちのめされちゃって強制辞退」

葛城はフォークを持ったまま両腕を広げて肩を竦ませた。
一方的に藤堂は悪くない事を知り本人にそっと謝る。

「まあ、黒王子とうまくいってるならいいけどよ…一つ忠告しとくぜ。 この学園で平穏無事に過ごしたかったら必要以上に王子や姫に近づく なよ」

真面目な表情で蒼夜と目を合わせた。
平穏無事という言葉に反応してコクリと頷く。
すると霧島が下を向き悲しそうな声を出した。

「僕…」

ぎょっとした葛城が霧島を見る。

「え、ちがっ違うって!俺が言いたいのは友達は全然かまわないけど 恋愛が絡んでくるとほら色々なっ?親衛隊もいるしさ」

わたわたと葛城が霧島に誤解を解くため必死に説明をしている。
蒼夜はそんな葛城に分からないようにクスリと笑うと俺は男同士で 恋愛とかないからなーとテーブルの上に落ちてきた桜の花びらを 摘まんだ。

脳裏に幼いころの春の光景が思い浮かんでくる。
蒼夜の心の中にはひなちゃんという女の子がいる。
幼い頃、春の季節に出会ったかわいい女の子だった。
短い期間ではあったけど何度も一緒に遊んだ記憶が残っている。
その子は身体が弱くて手術を受ける事になり手術が終わったら会う 約束になっていたけどそれっきりになってしまった。
あれが蒼夜の初恋だった。
そして結婚の約束までした。
もし今出会えたなら…。

「あ、ロイヤルファミリーだ」

近くのイスに座っていた生徒たちが食堂の方を興奮した様子で見て いる。
食堂とテラスの境は一面ガラス張りになっているので中の様子が 見れた。
食堂でランチを食べている生徒たちも気になるのか生徒会メンバー に注目している。
霧島がボソっと呟いた。

「会長と副会長もいる。めずらしい」
「ん?そうなの?」
「うん。基本的に生徒会室で食べているんだ。仕事もあるしね。僕は たまにこっちにくるけど」

グルリと周りを見ていた会長がテラスの方を指差して隣にいる副会長 に何か言っている。
二人は落ち着いた雰囲気で笑い合う。
何とも絵になる二人である。

「ちょっと俺行ってくるわ」

葛城が懐からデジカメを取り出し素早い動きで隠れるように中へ行っ てしまった。
蒼夜の視線が葛城から再び食堂の中へと移動すると。

「ーーー!」

一瞬、比奈山と視線が重なった。
うわっと顔が引きつりそうになるのを堪えてパッと前にいる霧島の 方に向いた。

「どうしたの?」
「いや、別に…カレーが冷めちゃったなーと」

半分くらい残っているカレーをスプーンでぐちゃぐちゃとかき混ぜ ながら早くどっか行って くんないかなと切に思った。
しかし。
カレーに集中している蒼夜の上に影が落ちる。

「やあ、葵君」
「こんにちは。三島会長」

蒼夜のすぐ傍で霧島と三島が挨拶を交わす。

「こんにちは塚森君」
「…こ、こんにちは」

頭上から比奈山の声がしてカレーをかき混ぜていた手が止まり泣き たい気分になった。
ずり下がってきたメガネを上げつつ、そろっと顔を上げると目の前に 座っている霧島の両側に比奈山と三島が立っている。
まるで姫と二人の王子がいるかのような幻覚に陥る。
あながち間違ってはいないが。

「やあ、君が転入生の塚森蒼夜君だね。ようこそ秀聖学園へ」

存在自体が輝いている三島にほほ笑まれ眩しくて目を細めた。

「あ、はい」
「もう陽一君と葵君とは面識があるんだね」

陽一君?と首を傾げる。
比奈山が陽一という名前だった事を蒼夜はすっかり忘れていた。
そんな蒼夜に三島はクスクスと比奈山を見て笑った。

「おや?陽一君。自己紹介はしなかったのかい?」
「ちゃんとしましたよ」
「おやおや、興味を持たれなかったようだね」

残念残念とからかう三島に比奈山は苦笑いをして肩を竦めた。
そしてゆっくり蒼夜へ視線を移すとニッコリと笑った。
きっと誰もが頬を朱に染め見惚れてしまうだろうその笑みも今の蒼夜 は比奈山の中に潜む黒い獣がニタリと口角を上げたように見えゴクリ と喉を鳴らした。
霧島が三島に問いかける。

「そう言えば三島会長と比奈山君はここへ用があったんですか?」
「生徒会メンバーに渡すものがあってね」
「校内放送で知らせてもらえれば生徒会室まで取りに行きましたよ」
「今日から変わってしまうから」

はいと霧島に三島が手渡しした。

「ああ、生徒会室の新しいセキュリティカードですね」

霧島は頷くとそれをポケットの中に入れた。
高校でそんなもんを使うのかよと横目で見ながら そろそろ予備チャイムが鳴るころなので口の中の傷に気を付けて カレーをかきこんだ。
ムグムグ食べているとプッと笑いが漏れる声がした。
思わず前を見ると三人とも笑っている。

「何と言うか…うん。和むねぇ」

三島は口に手を当て目を細めている。
霧島はナプキンを蒼夜に差し出す。

「ふふふふ、蒼夜ってばそんなに頬張らなくても」
「ふぁって、りらんらっ」
「ああ、出てる出てる」
「ふぉめん」

ナプキンを受け取って口を拭っていると霧島と三島が驚いたように 比奈山を見ていた。
蒼夜も何だ?と思い見てみると比奈山は顔に手を当て下を向き身体を 震わせている。
どうやら必死に笑いを堪えているようだ。

「おやおや、あの陽一君をここまで笑わせるなんて敬意を表するね」
「僕、比奈山君がここまで笑っているの初めて見るよ」

三島と霧島にここまで言わせるのだから周囲にいる生徒たちはもっと 驚いただろう。
しかし蒼夜本人はそんな事気にもせず咀嚼を終わらせ水を飲み干した。
コトンとコップを置いたときには比奈山も落ち着きを戻していた。

「ごめん、リスみたいだったから」

素の笑顔を向けられ確か竜司にも言われたなーと思いつつ気にして ないよと答えた。
それよりもこの場からというか比奈山から離れたい蒼夜は失礼します と言ってトレイを持ち 返却口へ行こうとした。
霧島も立ち上がる。

「三島会長、僕たちそろそろ戻りますね」
「おや、もうそんな時間か」

蒼夜も三島にペコッと会釈して歩き出そうとした時、比奈山に呼び止め られた。
体勢はそのままに首だけ動かして比奈山を振り返る。

「な、何でしょうか?」
「仁部先生から君宛に預かっている物があるんだけど帰りに生徒会室 に寄ってもらえるかな」
「え、あ、はい…」

正直行きたくねーと思ったがそんな事も言えるはずもない。
しかしここで気付くべきだった。
わざわざ生徒会室に行かなくたって自分が帰りに比奈山の教室に 寄れば いい事を。
そして周囲の生徒たちの視線の中に沢野澪の取り巻きも含まれて いた事も。
平穏な学生生活にヒビが入り始めているなんて想像すら していなかったので ある。




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