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屋敷と思わせる第三等寮の入り口の扉を開き中へ入った。
吹き抜けの広いホールの中心に大きな階段が目に入る。
ホールには左右に扉がついている。
その扉は各寮室のある廊下へと繋がる扉で一階から三階まで同じ
様になっている。
基本的に一階が一学年、二階が二学年、三階が三学年と分かれて
いて一部屋二人用だ。
一階ホールの奥に食堂へと続く廊下があり、二階に上ると談話室が
ある。
昨日仁部から貰った資料の中に第三等寮の見取り図がありそれを
思い出しながらぶつぶつ呟き二階角部屋の自分の寮室に行く。
鍵をあけ中に入り自室にカバンを置いてリビングに向かうと私服の
藤堂が百獣の王のような存在感で ソファーに座っていた。

「あれー?もう帰ってたんだ」
「何だその頭は」
「は?頭ぁ?」

呆れたように藤堂は目を細めた。
訳も分からず頭を触ってみると葉っぱや花びらがパラパラ落ちた。

「何だこりゃ」
「俺に聞くな。部屋が汚れる。外ではらえ」

藤堂は蒼夜の首根っこを掴むとリビングの窓をあけそこからベランダ
にポイッと放り出した。
ついでに窓がピシャリと閉められる。
頭に付いている物を叩き終えた蒼夜は口を尖らせてリビングに入り
藤堂の座っている向かいのソファーにドサッと腰を下ろした。

「竜司ってばヒドイ」
「正論を言っただけだ」
「うー」

蒼夜はポケットに手を突っ込んでソファーの上で丸くなった。
カサリと指に何かが触れる。
取り出してみると葛城から貰った新聞が出てきた。
そしてある事を思い出しブーッと吹き出した。
いきなり大爆笑し始めた蒼夜に藤堂は眉間に皺を寄せる。

「竜司っ、おお前さ。プククク!王子だって?黒王子!似合わねえ!!」

ゲラゲラ笑っている蒼夜は竜司が音もなく立ち上がった事を知る由もない。
ヒーヒーと息も絶え絶えになっている蒼夜の上に影が落ちる。

「ハハハーッ…のうわっ!!」

拳が振り落とされ寸前で避けた。
おそるおそる見上げると本能を目覚めさせた百獣の王が。

「えっとーそのー」
「テメエ…」

地の底を這うような声に蒼夜は危機感を覚えた。
これはドアが破壊されるどころの騒ぎではないかもとジリジリ後退
する。

「お、落ち着いて話し合おうじゃないか!」
「……」
「うおっ!!」

前面に拳を放つと見せかけて右側面から鋭い蹴りが入る。
かろうじて避けたがその際に左足がソファーが引っ掛かり体制が
崩れる。
何とか立て直そうと右足で踏ん張ったが藤堂が蒼夜の右足首を掴み
グイッ と上に上げた。
蒼夜はそのまま倒れ込み背中と後頭部をフローリングにぶつけた。

「ーいってえ〜!!」

手で後頭部を押さえ立ち上がろうとしたが藤堂が蒼夜の上に跨り両腕
を 一括りにして動きを 封じた。
あららら、これはまずいんじゃないの?と冷汗が流れる。

「いやー、竜司君。謝るからさー退いてくれない?」

腹の上に乗っかっている藤堂は獰猛な視線を寄こす。
蒼夜は俺ってば大ピーンチ!!明日学校行けるかなーと遠い目を
した。
藤堂の開いている片手が蒼夜の顔に伸びる。
思わず顔を背けるが藤堂の手は蒼夜のメガネを掻っ攫っていった。
そして無造作にポイッと投げメガネが床に転がっていく。

「おいっ!俺の日常生活における必須アイテムを乱暴に扱うんじゃ
ねえ!」

押さえつけている藤堂に蒼夜は睨みつけ怒鳴る。
しかし藤堂は黙ってじっと見下ろしているままだ。
そして、一分が立ち、三分が立ち…。
あまりにも長い間このような状態が続きさすがの蒼夜も困惑した。

「おーい、竜司ー目開けたまま寝てるとかそんなオチじゃないよな?」

藤堂の手が動き蒼夜の目に触れ鼻を触れそして唇に触れる。
行動が読めず眉を寄せつつなすがままにしていた蒼夜は次の手を
読むことが出来なかった。
竜司の顔が近付いてくる。

「ーーーーっ!!?」

驚きと痛みに目を見開いた。
ジワリと口の中に広がる鉄の味。
明らかにそれは血だった。
竜司は己の口を舐めニヤリと笑う。
噛みついたのだ蒼夜の唇を。

「くそーっ!ふざけんなーーーっ痛」

罵倒しようと大きく口を開けたが肉が切れた痛みに顔を顰める。
絶対ぶっ飛ばす!!と睨み付けた時寮室の入口からバタバタと走って
くる音がした。
昨日リビングのドアを壊してからまだドアを取り付けていないので蒼夜
達の寮室に入ってきた人物は走ってきた勢いのままリビングに突入
してきた。
蒼夜も藤堂もそちらを見る。

「竜司ーっ。今日学校行かなかったでしょ!」

そこに腰に手を当て仁王立ちした霧島がいた。
しかし険しかった顔は一拍置いた後きょとんとしたかわいらしい顔に
変わり 蒼夜と藤堂を見た。
霧島の瞳に映ったのは口に血が付いている蒼夜を押し倒して跨り
両手首を片手で一括りしている 藤堂の姿だった。
驚きに目を見開いている。
蒼夜はこれで解放されると胸を撫でおろした。

「あ、その…邪魔してごめん」
「何で!!?」

思わず咄嗟に突っ込んでしまった。
霧島は下を向き頬に手を当て顔を赤らめている。
その反応おかしいだろっと声が出る寸前、藤堂が口を開いた。

「何しに来た」

素っ気なく言った藤堂に対して霧島は思い出したかのように反応すると
バッと顔を上げた。

「そうだっ。竜司ってば今日サボったでしょ!」
「ああ?だから何だ」
「だから何だじゃないよ。今年は休まず行くって約束したじゃない」
「めんどくせぇ」
「竜司!」

えーと。
蒼夜は自分そっちのけで口論…一方的に霧島が怒っているのだが、 その中で気になるセリフが耳に入ってきたので思わず口に出してしまった。

「ん?竜司、お前学校行かなかったの?」
「行かねえな」
「だって、朝…」
「あのうるせえのはお前か」
「部屋にいたのかよ!返事くらいしろっていうかいい加減にどけ」

いつまでこの状態なんだと再び抵抗した。
藤堂は不敵にニヤリと捕食者の笑みを浮かべる。
嫌な予感に蒼夜は背筋がゾクリとした。

「霧島君、霧島君!助けてほしいんだけど!」

蒼夜は霧島に助けを求めた。
霧島は首を傾げる。

「…あれ?もしかして塚森君?」

いきなり自分の事を忘れてしまったのか?と思った蒼夜は次の瞬間
顔色を変えて心の中で しまったぁー!!っと叫んだ。
今の蒼夜は眼鏡をしていなかったのだ。
さっき藤堂に奪われたメガネは空しく床に転がっている。
つまり素顔をさらけ出したままなので霧島が蒼夜だと分からなかった
のも無理はない。

「だーもー!何もかもお前のせいだ!バカ竜司っ!!」

蒼夜の立てた計画が見事に壊れていく。
ふと押さえつけていた藤堂が蒼夜の上から退いた。
解放され急いで立ち上がる。
じっと見てくる霧島の視線を感じ思わず見てしまった。
きょとんとした顔で遠慮もなく見てくるが嫌な感じはしなかった。
それでも蒼夜の気持の問題で先に視線を逸らした。

「塚森君だと気付かなくてごめんね」
「えっ、いや…」

謝られてしまい蒼夜は戸惑った。
自分が望んでメガネで顔を隠した分けで普通は気付かれなくて当然
なのだ。
しかも霧島は蒼夜を見て怯える事はなく申し訳なさそうに見つめて
くる。
女の子のようにかわいらしい霧島にそんな顔をさせてしまっていると
とてつもなく自分が 悪者のような気になってくる。

「霧島君が謝る事なんてないよ。分からなくて当然なんだから…」
「何でそんな分厚いメガネ掛けてるの?目悪いようには見えないん
だけど」

確かに蒼夜の視力は両目とも1.5だ。
歯切れ悪くポツポツと事情を掻い摘んで話すと霧島の顔が厳しくなった。

「僕の事、その人たちと同じに見えた?」
「あー…、うー」
「今までがそうだったからそう思ってしまうのも無理はないけどちょっと悲しいかな」
「ごめん…」

霧島は溜息を吐いた後、クスッと笑った。

「じゃあこれからは素のままの塚…ううん、蒼夜と付き合いたいな」
「霧島君」
「違うよ。葵って呼んで。それから敬語なんて使わないでよ」

はにかんで笑う霧島を見て蒼夜はそこにキラキラ輝く天使が見えた。
心がとても癒されていく。
だから蒼夜も心からふわっと笑った。
そんな蒼夜を見て霧島は目を瞬かせると蒼夜に近寄ってくる人物に
苦笑いをした。
急に大きな手が蒼夜の視界を遮る。

「わっ何だよ」

藤堂の手が蒼夜の目を覆った為、藤堂が無言で霧島に帰れという視線 を送ったのは気付かなかった。
霧島は肩を竦めると藤堂に明日は学校に来るようにと言って部屋を
出て行った。




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