前編




彼女は一つの秘密を持ったまま天国へと旅立った。

美しいアリーシャ。
天然の金髪に翠の瞳、愛くるしく笑う姿は10年経った今も色あせることなく 俺の記憶の中で生き続ける。
身体が弱かったアリーシャは自分の命がもう少しで尽きる事を知っていた。
プロポーズをした日、影を落としたその表情に俺は最後の時まで例えそれが近い未来だとしても 一緒にいて欲しいと強く訴えた。
アリーシャはプロポーズを受け入れた。
彼女はイタリアの良い所のお嬢様で俺は身寄りもない平凡な日本人だ。
そんな俺との結婚をアリーシャの家族に許してもらえるはずもない。
交際している事も秘密だった。
しかも交際期間は俺がイタリアを一ヶ月間旅行している時で普通の親でもふざけるなと 言われるだろう。
でも俺も彼女も本気だった。
お互いが運命の人だと思った。
殴られるのも覚悟して一度アリーシャの両親に会い行こうとしたけれど彼女に反対された。
今までに見たこともない悲愴な顔で。
この時、俺は不審に思うべきだったのだ。
だが愛する彼女がこのまま両親に会えば必ず私たちの仲を引き裂かれると涙を流しながら 訴えてくれば何もその時は疑う余地はなかった。
だから若かった俺はイタリアから日本へとアリーシャを連れ去った。
駆け落ちと言うやつだ。
そしてすぐ籍を入れた。
俺もアリーシャも21歳の時だった。











「お疲れ様です。大内さん」
「お疲れ様」

ここのところ何かとハプニング続きの上、仕事量もあっていつも帰りが遅かったが今日は 特に何事もなくスムーズに進み定時過ぎに帰る事が出来た。
明日は土曜日で休みだから飲みに行こうと言う話しが部署内で出ていた。

「大内さんもどうですか?」

後輩の木原が誘ってくれる。
いつもなら断る誘いをなぜだか頷いた。
理由なんて自分でも分からないが、まあみんなと飲みに行くこんな日があってもいいじゃないかと いう気になったんだと思う。
木原は今度も俺が断る事を想定していたのか行くと言うと参加するんですか?と目を丸くして 聞き返して来た。
だから、ああ行くよと肯定した。
途端にパアッと木原の顔が明るくなる。
そして他のヤツらに聞こえるように大内さんも参加するって!とみんなに手を振った。
するとわらわらと俺の元にみんなが寄って来てめずらしいとか今日はどうしたの?とか聞いて来る。

「俺、大内さんの横の席、取りー!」
「あはは、木原君、大内さんの事好きねー!」

みんなに突っ込まれる木原は好きなものは好きなんだもんとへへへっと笑ってる。
木原は26歳だがその歳にしては珍しく感情が豊かで素直だ。
たまに子供っぽいと言われ拗ねている姿を見るが。
俺が同じ歳の時は最愛の者が亡くなったショックをどこかまだ引きずっていてあんな風に 明るくはなかった。

妻が…アリーシャが亡くなったのは籍を入れてから2年後、10年前の夏 だった。
天国へ一人旅立ったアリーシャ。
いつかその日が訪れると頭では理解してたのに。
心が嫌だといつまでたっても彼女の死を認めなかった。
家族を、たった一人の家族を亡くした俺にはとても辛すぎた。
また独りとなった悲しみに押しつぶされそうになってアリーシャの後を追いたいと 思った事もある。
だが約束したんだ。
命あるかぎり生き抜くと。
それはこの地上に生まれて来た者の使命だと彼女は言った。
だから俺は死ねないのだ。
この命が尽き果てるまではまだアリーシャには会えない。





「大内さん、飲んでます?」

左隣に座っている木原がジョッキを片手に俺を見てくる。
グラスの中が空っぽだと気付くと、さあ次々と促される。
すでにビールを1杯飲んでいる俺はもうアルコールは十分だった。
店員が来てウーロン茶を頼むと、えーっ大内さんまだ飲めるでしょ?本当は強いくせにーと あちらこちらから酒を勧められる。
実は俺はみんなが思うほど酒は強くはない。
今も少しふわふわとほろ酔いをしている。
これ以上摂取したらまともに歩けなくなってしまうだろう。
そうなったら一人で家に帰れなくなる。
だけれどお局的存在の佐々木さんやら若い女の子達の言葉に太刀打ち出来ず 結局その後、ジョッキ2杯分も飲まされてしまった。
座っていてもふらふらと身体が揺れている俺に木原が大丈夫ですかと聞いて来た。

「んー……だい、じょう…ぶ」

ちゃんと木原に返事で来たか分からなかったが誰かが大きい声でお開きの言葉を言ったのは 覚えている。
店を出て俺はみんなと別れて家へと向かう。
家まではここから電車と徒歩を合わせて一時間くらいだ。
あきらかに酔って足元が覚束ない俺の腕を木原が掴んだ。

「あれ…お前、駅は逆じゃ」
「送って行きます」

木原やみんなが使う駅は俺が使っている駅と真逆の位置にある。
しかも木原は駅まで送るのではなくてなんと俺の家まで送ると言い出した。
バカだな。
終電が無くなってお前が帰れなくなるだろうに。
だからいいと断った。

「じゃあ、送ったついでに大内さんの家に泊まらせて下さい」

何言ってんだと笑って手を振り帰れと促した。
だがグッと木原が密着した。
え?と思って木原を見るといつになく真剣な顔で俺を見ている。
そして意を決したように口を開いた。

「俺、今がチャンスだと思うんです。酔っている大内さんにこんな事言うの卑怯だと 思うけど…」

木原は何を言いたいのだろうか。
シラフの時だったらきっと勘付いたかもしれないが酒のせいで半分以上現実の世界から切り離されているような頭では何も正常に考える事は出来なかった。
それに眠気も襲ってくる。
半分閉じる目に飲み屋が連なる歓楽街の暗い路地裏から数人のスーツを着た男達が歩み寄ってくるのが 見えた。
その途端、俺の脳が一気に覚醒し、酒の酔いも眠気もふっ飛ばした。
身体の奥底から来るものは恐怖。
忘れもしない5年前のあの日。
俺は近づいて来るあの男達によってあいつに会わせられた記憶がみるみる蘇っていった。

「大内さん?」

木原が怪訝な顔をした。
きっと今、酒で赤かった顔は真っ青になっているに違いない。
とにかく早くここから逃げなければ。
震える脚を叱咤して駆け出した。

「お前は帰れっ、いいな!」
「大内さん!!」

逃げるんだ!
早く!
早く!!
どこをどう走ったか覚えてはいないが俺は駅に辿り着き、最寄りの駅で降りて 小走りで進みながら自分の家を目指していた。
時折、後ろを振り返り男達が追って来ていないか確認しながら。
ジジッと音がする街灯を通り過ぎると俺の住むアパートが見えた。
もう少しだ。
ホッと胸を撫で下ろす。
もしかしたら酔っていたせいで普通のサラリーマンがあいつらに見えたのかもしれない。
振り払うように木原を置いて来てしまったな。
会社で会ったら謝らないと。
カツンカツンと音を鳴らしながらアパートの階段を上がりポケットから鍵を取り出す。
そして自分の家のドアがある通路へ視線を向けた時。
再び恐怖に身を包まれた。
いてはならない者がそこにいる。
夜の闇に紛れて堂々と立っている美貌の男。
そこだけが別の世界のように切り離されている。
俺を射抜くようにしてゆっくりとこっちへ歩いてくる。
力が抜けた手から鍵が滑り落ちカシャンっと音が鳴った。
その音で俺は我に返り、身を翻して階段を駆け下りようとしたがドンっと何かにぶつかる。
よろけながら見上げると、いつの間にか厳つい顔をした男が立っていた。
それに反対側の通路にも。
すぐに男の部下だと分かった。
日本人とは思えないがっしりとした体格と彫りの深い容貌。
それもそうだ。
こいつらは…。
後退した俺の背に手摺りが当る。

『久しぶりだな。潤』

俺が落とした鍵を拾い上げた美貌の男はアリーシャが生まれ育った国と同じ言葉を紡いだ。











「止めろっ!!」

勝手に俺の家に入って、しかも土足でだ!
そのまま寝室へと行き無理矢理俺をベッドに押し倒した。
この後に何をされるかなんて分かりきったことだ。
こいつは5年前、俺にした事をまたしようとしている。
日本人の平均的な体格の俺がイタリア人でもさらに体格に恵まれているこいつに押さえ付けられたら 満足な抵抗なんて出来やしない。
それでもどうにかしなければ痛い目に遭うのは俺なのだ。
足掻いても足掻いてもどんどん服を脱がされて行く。
悔しくてどうにもならない俺は男の名前を叫ぶ事しか出来なかった。

「ヴィンセント!止めろ!!」
「会いたかった、潤」

俺はヴィンセントの口から日本語が出て来た事に驚き目を丸くした。
5年前は話せなかったのに。

「ガロを黙らせ組織を立て直すのに5年もかかってしまった。潤、これで心置きなくお前を 愛せる」

ああ、こいつはきっと日本語を間違って覚えたんだ。
愛せるだって?
殺せるの間違いではないのか。
ヴィンセントの姉であるアリーシャを奪った俺をお前は殺しにきたんだ。
ガタガタと震える俺をヴィンセントは抱きしめる。

「何をそんなに怯えている。ガロの事か?心配することはない。ヤツの末端まで始末している」

し、始末ってなんだ。
何の事だ。
俺が震えているのはお前に恐怖しているからだ。

「ち、ちがう俺は…おま、お前が」
「俺を恐れているのか」

コクコクと首を縦に振った。
するとヴィンセントは魅了する笑みをする。
5年前はまだどこか少年のような顔つきをしていたが今はもう完璧に大人だ。
後ろに撫でつけている金色の髪も鋭い翠の瞳もヴィンセントの美貌を引き立てている。

「恐れる必要はない」
「…うわっ!」

ヴィンセントは俺のスラックスを下着ごと脱がせた。
慌てて前を隠そうとするが頭上に手を一括りにされ唇を塞がれる。
ぬるりと舌が侵入してきてすぐに快感を引きずり出される。
俺よりも5歳も年下なのに経験が違うせいか息継ぎするだけで精一杯だ。
ぞくぞくする感覚は全身に広がっていく。
キスでこんなに身体が熱くなる事を知ったのは5年前のこいつからだった。
イタリア人がうまいのかこいつがうまいのかは分からないがもし前者だとしたら 俺はアリーシャを失望させていたと思う。
きっと俺のキスなんておままごとみたいだっただろう。

「何を考えている」

睨むように目を細めたヴィンセントにゾクっと背筋が凍った。
こいつなら眼光で人を殺せる事ができるかもしれない。
やはりヴィンセントはヴァレッティーノの者なのだ。
イタリアの裏社会でその名を知らない者はいない。
古くから続くイタリアンマフィアそれがヴァレッティーノ。

「ア、アリーシャを…」
「ああ、あの女か」

自分の姉の事をあの女と冷たく呼んだヴィンセントに困惑する。
なぜなら5年前来日したヴィンセントは部下に俺をホテルへ連れて来させ、俺から 姉の死を知った途端に激怒したからだ。
そして怒りのままにその後俺を…。

「…あうっ!!」

ヴィンセントの長い指が俺のモノに絡み付き扱いていく。
刺激を与えられ意に反して徐々に起ち上がり強制的に吐精させられてしまった。
その屈辱に唇を噛みしめる。
また同じなのかっ。
5年前と同じようにするのか…っ。
俺の精を手で受け止めたヴィンセントは会陰をなぞりながら下へ指を滑らせた。

「やっ…!」

閉ざされている入り口に指が強引に入っていく。
ぐぐっと奥まで入った指はまたぎりぎりまで引き抜かれ再び入れられる。
逃げたくとも暴れたくとも押さえつけられている俺はヴィンセントにこれっぽっちも抵抗が 出来なかった。
ただ自分の中に入ってくる異物感に耐えるしかない。
やがて3本の指が出し入れされ狭い内壁を広げて行く。
何度も何度も指が往復し侵入者を拒んでいた内壁はしつこさに音をあげたのか ゆっくりと広がっていった。

「う、うぅっ」

歯を食いしばって身体の変化に耐えた。
男に指を入れられて快感が生まれているなんて知られてたまるものか。
ふいに顎を掴まれヴィンセントの目と合う。

「ああっ!!いやだ!…っあ、あああ!!」

指よりももっと質量が大きいモノが俺の中に入ってきた。
解されたとはいえヴィンセントのバカでかいモノに内壁はこれ以上は無理とギュッと 締め付けて途中で侵入を止めた。
当たり前だ。
そこはもともと入れる為に存在していないのだ。
フッフッ、と息を吐いているとヴィンセントは腰を押し付けてくる。

「ヴィンセント、痛い!」
「痛いのは最初だけだ。全て俺を呑み込め」
「無理だ!」
「潤、愛している。潤も俺を愛せ」
「……っぁ!!」

全て俺の中へ入れたヴィンセントは馴染むまでジッとしている。
やがてヴィンセントの腰がゆっくり動き出し徐々にスピードを上げて行く。
俺はただ声を上げる事しか出来ない。
どれだけ時間が経ったのだろうか。
体位を変えては何度も突かれているが 俺の中を犯しているヴィンセントはまだ一度も達してない。
きっとヴィンセントが己の熱を吐き出さない限りこの行為は終わりを見せないだろう。

「あぁっ…あ、ヴィ…ンセ、ントっ」
「潤、お前は俺のものだ」
「もうっ、やめ!」

これ以上されたら身体が本気で壊れると思った。
俺はプライドを捨てて叫んだ。

「ーっ…て!ヴィ、ンセン…ト!もう、達って!」
「お前の中に出すぞ」

この強いられた行為が終わるのならかまわない。
とにかく解放されたかった。
だから早く早くとせがんだ。
その直後、俺の一番奥深くに熱いものが叩きつけられる。
じわりと内側から浸食されていくような気がした。







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