中編




―5年前。





朝、アリーシャの遺影の前で手を合わせているとアパートのチャイムが鳴った。
ドアを開けると黒服の外国の男達が俺を見下ろしていた。
イタリア語で話しかけて来たが生憎俺はイタリア語がそれ程堪能ではない。
アリーシャとの会話は幸いな事に彼女が日本語を話せたので日本に 駆け落ちしてからはイタリア語を使う事は全くなかったのだ。
何とか聞き取った単語でホテルに来いと言われているようだった。
頭を横に振って拒否するが無理矢理腕を掴まれた。
俺とその男達の力の差なんてはっきりしている。
抗えるはずもなく拉致同然で連れて行かれた。



某有名ホテルの中を鍛え抜かれている黒服を着た外国人に囲まれながら俺は身を小さくして歩いていた。
当然目立つが周りを背の高い男達に囲まれている為、周囲の人達の目には触れることなく目的の部屋まで辿り着いた。
ドアを開けられ中に入るように促される。
思うように動かない緊張した足を何とか前に動かした。
質の良い絨毯を見ながら歩いていると広い部屋の大きなソファーに護衛を左右につかせて座っている 一人の男と目が合った。
その時、俺はその人物が誰だか聞かなくても分かったんだ。
心の中でああ…と納得した。
生前アリーシャは兄弟が2人いる事を話していた。
長兄は3歳離れた異母兄妹で下の5歳離れた弟とは両親とも同じ姉弟らしかった。
目の前にいる少しだけ少年の顔つきを残した青年はアリーシャに似ていた。
だから青年がアリーシャの弟だと確信した。

『大内潤だな』

青年のその質問に俺は頷いた。
青年の目は俺を睨むように真っ直ぐ見ている。
それはそうだろう。
俺は姉をイタリアから遠く離れた小さな島国の日本へ連れ去った男なのだ。
からからになった喉をゴクリと鳴らした。
青年の視線の強さにどうしてか身体が先程から恐怖で震えている。
ただ見られてるだけなのに。

『アリーシャはどこにいる』

ビクリと俺の身体が揺れる。
俺の心の傷がざっくりと深く抉られた気がした。
姉であるアリーシャはすでに亡くなっている。
アリーシャの家族にとってみれば俺が殺したのも同然だ。
神の前で自分の罪を懺悔するように青年に向かって頭を下げた。

『いない。アリーシャは死んだ』

発音もちゃんとされてないだろう。
だけれどきっと伝わっている。
その証拠に青年は恐ろしく顔を歪め音を立てて立ち上がった。
すると俺よりも遥かに背が高い事が分かった。
俺を見下ろし乱暴に胸倉を掴んで来た。

『アリーシャが死んだ…だと?ふざけるなっ!!』

間近で怒鳴られその怒気に気圧された俺は一気に青褪めた。
震える口で謝罪した。
許してもらえないかもしれないが今出来るとしたらこれくらいしかなかった。
護衛の男の一人が青年を宥めて俺から離させソファーに座らせた。

『ヴィンセント様、落ち着いて下さい』
『アリーシャが死んでいたとは…な』
『まさかアリーシャ様が…』
『念の為調べろ。その男が嘘を吐いている場合もある』
『分かりました』

ただ立っているだけの俺は会話を満足に聞き取れないままどうしていいか分からなかった。
護衛の男達が青年から離れ素早く部屋から出て行く。
俺もここから出たかったがアリーシャの死でショックを受けている青年の事を思うと それは出来なかった。
なぜなら今青年は俺と同じ悲しみに襲われているのだ。
家族を失った悲しみに。
堪らなくなった俺はこの時、青年に昔の自分を重ねていた。
絶望に襲われたあの日々、そんな俺が何とかここまで来たのもアリーシャに最後まで生きると約束を した事、そして落ち込んだ時に良くアリーシャが抱きしめてくれた感触が残っていた事。
元気を出して、と幻の声が俺を慰めてくれた。
だから俺はアリーシャがしてくれた事を項垂れている青年にしようとした。
きっと傍に護衛がいたら簡単に触れられなかっただろう。
青年が顔をあげていたら手を跳ね退けられていただろう。
しかし偶然なのか条件がいずれも満たさず俺よりもずっと体格の良い青年を抱きしめる事が出来た。
咄嗟に青年が顔を上げ俺を引き離そうとする。

『ごめん、ごめんな』

目を合わせ真剣に謝ると引き離そうとしていた手を止めた。

『君、大事なアリーシャ、お姉さん。ごめん』

青年は黙って俺を見ている。
護衛が戻ってきて俺のしている事を見た途端、急いでこちらへ来る気配を感じたが青年が手で制した。

『アリーシャ、最後言った。とても幸せだった』

翠の瞳は感情を見せずただ俺を見ている。
アリーシャも綺麗な翠の瞳だった。
近くで見ると同じ色だが青年の方が濃い感じがした。
髪の色もアリーシャの落ち着いた金色に対して青年は鮮やかな金色をしていた。
似ているようで若干違う姉弟。
今こうやって思い出せば細かく比較できる程にいくらでもアリーシャの記憶が蘇ってくる。
そうか…そうなんだ。
アリーシャはちゃんといたんだ。
俺は青年の手を取り俺の胸に触れさせる。
そして俺の手は青年の胸に。

『アリーシャ死んだ。でも、いる。ここにずっと、いる。生きている』

アリーシャが亡くなってから5年経ってようやく俺は気が付いた。
今頃気づいたの?と彼女が笑っている声が聞こえた気がした。
それに思わず涙がじわりと出てくる。
でも俺はそのまま青年にほほ笑んだ。
その拍子に涙が一粒零れ俺の胸に触れさせている青年の手の甲にポトッと落ちた。
すると青年はその手をスッと引き俺の涙が落ちてしまった甲に己の唇を寄せた。

『甘い』

呟いた言葉は甘いと聞き取れたが…多分俺の勘違いだろう。
普通はしょっぱいが正解だ。
それにしても青年の取った行動に少し驚いた。
だが俺はこの後、もっと驚く事になる。

「え、何?」

急に立ち上がった青年は俺の腕を掴んで引っ張った。
されるがままどこかへ連れて行かれる。

『ヴィンセント様?』
『しばらく外せ』

護衛にそう告げた青年は俺を奥の部屋に連れて行った。
大きなベッドの上へ勢いよく仰向けに倒され腹の上に跨がれた。
そしてシャツを力任せに左右に引っ張られボタンが飛び散っていく。
一体、何をする気なのか…。

『何…?』
『お前を俺のものにする』
『え…』

部屋に俺の叫び声が響く。
きっと部屋の外にも聞こえているはずだ。
それなのに誰一人としてこの部屋に入ってはこなかった。

「やっ…ひっ!いやだ!!」
『もっと力を抜け』
「誰かっ、い…っ!痛い!」

こんな事になるなんて…っ!
自分以外触る事もない所は裂けるくらいに広げられ青年のモノが俺の中に入ってくる。
ありえない状況に俺はパニックになった。
男の俺を犯しているのは同じ男で。
しかもアリーシャの実の弟だ。

「やだ、止めろっ!!」
『暴れるな』
「君は…っ!君は、俺のっ義弟…ううっ!」
『日本語は分からない。イタリア語で話せ』

苦しさと痛さに呻きながらイタリア語で制止の言葉を分かる限り叫んだ。
しかし青年は口角を上げ笑う。
そして腰を俺の尻に叩きつけ一突きで最奥まで侵入した。
あぁ…っ!!
な、何て事だ…。
一瞬、放心状態になったが青年の唇が俺の唇と重なって我に返った。

「ん、んーっ!」
『口を開けろ』

俺は頭を振って拒否をする。
すると青年の腰が引かれる。
当然俺の中にいるモノもズズっと抜けて行った。
その感覚に声が漏れる。

「ひ、う…!」
『お前の下の口は開いたのだ。上の口も開け』

ぎりぎりまで抜いた青年は再び俺を一突きにした。
その衝撃に思わず出た叫び声は青年の口の中へと消えて行った。
同時に口もあそこも攻められている内に信じられない変化が起き始めていた。
下半身がだんだんと熱くなってきている。
なんとかその熱を霧散させようとした俺は青年の翠の瞳と目が合ってしまった。
途端に思い出すのはアリーシャだ。
こんな姿を天国からアリーシャに見られていたらと思った瞬間、罪悪感に苛まれた。
ああ、彼女の実の弟に組み敷かれ身体を開かせられた俺になんて言うのだろうか。

「ア、アリーシャ…」
『ハッ。アリーシャはお前など愛してはいなかった』
「…なに…ああっ…ぅっ」

俺のモノを掴んで扱き始めた青年は口角を上げて笑った。
必死に手を払おうとするが腰を動かし始められ高まる己の熱に抵抗が出来ない。

『アリーシャはお前を利用したに過ぎない』
「や…やめ…ああっ」
『あの女はヴァレッティーノ家を憎んでいた。そして母を殺した父を』

達きそうになるのを必死に耐えている俺はそれだけで精一杯で青年が言っている言葉なんて 耳に入って来なかった。

『アリーシャは代々受け継がれる指輪を奪い姿を消した。まさかこんな極東の島国へ逃げていた などとは父もガロもそしてこの俺も思いもしなかった』

俺を攻め続けながら淡々と語る青年は目を細めた。

『身体が弱かったので油断していた』

チャリっと音がする。
青年の指が俺の首から下げていた鎖を絡めてその先にある指輪を見ていた。
それはアリーシャが俺にくれた大事な指輪だ。
俺にとってアリーシャの形見なのだ。
その指輪はアンティークでデザインがとてもこっていた。
宝石類に興味がない俺でも感嘆の声をあげるくらいに緑の大きな石がはめ込まれている 美しい指輪だった。
リングが大きいので男性用だと思う。
付けてみた事があったが俺には若干大きくてサイズが合わなかった。
日常生活上でそんな立派な指輪を付けることも出来ないので鎖にぶら下げて大事に持っていた。
俺のお守りだったんだ。

「な…っ!?」

信じられない事に青年はそのまま鎖を引きちぎり指輪を奪った。
返せと伸ばした俺の手は逆に掴まれてシーツの上に押し付けられてしまった。
青年の目が指輪を真剣な目でじっくりと見ている。
そして一言イタリア語で何か呟いた青年はそれに口づけした後、己の指に嵌めてしまったのだ。
一瞬にしてカッと怒りがこみ上げた。

「返せ!それは、アリーシャが俺にくれた…っ!…ん、…ああっ!!」

律動が再開され俺の訴えは青年に届かない。
青年の下でみっともなく喘ぎながら青年の中指にあるアリーシャの形見の指輪を見ていた。
ぴったりと指に嵌っているその指輪を見ていた。
悔しさからか快楽からか涙が出て来てやがて指輪が目に映らなくなった。

『俺の名はヴィンセント・ヴァレッティーノ。次代のヴァレッティーノを継ぐ者だ』

この後…俺はこの青年が帰国するまでホテルに監禁され抱かれ続けた。







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