中編




「お、お邪魔しまーす」

やはり高級マンションなだけあって中の部屋も広い。
リビングに連れてこられたけどここだけで俺の部屋全部が余裕で
入ってしまうだろう。
まさか自分がさっきまでレモン様と騒いでいた人の家に上がる事に
なるなんて。
ううぅ…、今になって緊張してきた。
そわそわとしていると緒方さんがタオルを持ってきてくれた。

「ありがとうございます」
「ところで、山平君はご飯を食べたのかい?」
「え、あ…は、はいっ」

本当はまだ夕飯を食べていなかったがこの流れだと緒方さんの事だ
食べていきなさいと言うに決まっている。
まさかそこまでしてもらう事になったら申し訳ない。
それなのに、それなのに…。


ぐぅーーーーーーーー…。


俺の腹が裏切った。
バカヤロー!
このタイミングで鳴るなんて!
いたたまれなくなった俺は頭に掛けていたタオルを少しずらして
緒方さんをそっと覗き見る。
緒方さんは困ったような笑みを浮かべた後、手が伸びてきて
そのままワシャワシャと俺の頭をタオルで拭いた。

「食べていきなさい」
「…はい」

緒方さんの手が頭から下がり俺の頬をタオルごと両手で包んだ。
気まずそうな俺の顔を少し上げられると緒方さんの綺麗な目と
合った。
そして美しい顔でほほ笑む。
うわーーー。
だだだ、駄目だ眩しすぎる。
緒方さんはギクシャクした動きの俺をバスルームに連れて行き俺だけ
そこに入れるとご飯の用意している間に入りなさいと本日3個目の
爆弾を投下した。
もちろん慌てて断ったがあの眩しい笑顔でもう一度言われて太刀打ち
出来ず3連敗となった。

風呂から出ると脱衣所に新しい着替えが用意されている。
俺の服は…洗濯機の中で回転中だった。
用意してくれた服は部屋着の様で着ると、緒方さんの方が身長が
高いのでやはり大きい。
余った裾を捲くりながらパンツの穿いていない己の下半身に目が行く。

「何も俺のパンツまで洗わなくても良かったのになー。何か
スースーするよ」

リビングのドアを開けるととてつもなくいい匂いがした。
テーブルの上には見た事のない料理がたくさんあった。
キッチンからエプロン姿の緒方さんがグラスを2つ持ってきた。

「お風呂、ありがとうございました。後、服も…」
「ああ、食べ終わる頃には乾燥も終わると思うから。さ、食べようか」

俺は緒方さんの作った料理を夢中になって食べた。
イタリアの家庭料理らしくこんなおいしい料理を短時間で作って
しまう緒方さんを褒めちぎった。
マジでうまいっ。
少しくらいならとワインも飲んだ。
銘柄を聞いてもさっぱりわからなかったけどきっと高いんだろうな。

「うー、ごちそう様でしたっ!めちゃめちゃおいしかったです!」
「そんな風に言ってもらえると嬉しいね」

腹はこれ以上入らないくらいに膨れている。
片づけ始めた緒方さんを手伝うが断れる。
むむむ、そうはいかないぞ。
強引に緒方さんから皿を奪った。

「じゃあ、皿を下げてもらえるかな?」
「はいっ」

今度は俺の勝ち!
皿を下げ終りドレッシングを冷蔵庫の中に入れようと一言断ってから
冷蔵庫の中を開けた。
すると見覚えのある箱が。 ルーナ・クワナのケーキの箱だった。
彼女に渡したわけじゃなかったんだ。
何だ、自分の勘違いだったのか。
…あれ?何で俺、ホッとしているんだろう。

「もう少しで服の乾燥終わるから座って待ってて」
「あ、はい」

俺はふかふかのソファーに座った。
傍にあった大きめの丸いクッションを抱えながらキッチンにいる
緒方さんを見ていた。
後ろ姿も格好いいよな。
濡れたスーツを着替えてラフな服装になっている緒方さんは細身に
見えて以外に逞しい。
身長も俺よりずっと高いし。
顔だって目が合わせられないくらい綺麗だし。
何か恥ずかしくなってきて抱えていたクッションに顔を埋めた。
お腹も満腹で良い具合いにアルコールも回りだんだん眠くなりふわっと
欠伸する。
それにしても凄い一日だな。
レモン様の名前と住んでいる所が分かって、初めて店以外で会ったと
思ったら俺の名前知っていて、こうやって今、緒方さんの家にいて…
茜が知ったら驚くんだろうな。
そうだ、どうしていつもレモンチーズタルトを買っていくか聞いて
みよう…かな…。
うつらうつらとなって頭がカクンッと下がりそのままソファーに倒れる
ように横になった俺は 自分自身気付かないまま寝入ってしまった。










「ーーーーーーーーっ!!!」

まさしく字のごとく俺は飛び起きた。
12畳はある寝室に大きい窓からカーテンを通して太陽の光が入って
くる。
明らかに自分の家じゃない事や自分のベットじゃない事が分かる。
ベットサイドにある時計は7時を示していた。
ダブルベットの上から転げ落ちるように下りた俺は慌てて家主を探しに
リビングに向かう。
ドアを開けるとコーヒーの香りがした。
椅子に座って新聞を広げている緒方さんと目が合った。

「おはよう」

太陽の光と同じくらいの輝きの笑みで俺を迎えてくれた。
ぐっと目を細めて緒方さんの傍まで行き頭を下げて謝る。

「すいませんでした!俺、寝ちゃってっ」
「謝らなくていいよ。ほら座って、ご飯出来ているから」
「えっ!?いや俺もう…」
「今日は急ぎの予定でもあるの?」
「な、ないですけど」

今日は祝日で大学の講義はないし、バイトがあるだけだ。
おろおろしている俺を緒方さんは椅子に座らせテーブルの上に
あっという間に 朝食を用意していく。
結局、朝食までごちそうになる事になった。

「昨日俺いつの間にか寝ちゃったんですね。起こして貰えれば
良かったのに」
「あんまり気持よく寝ているものだから起こすのが可哀そうになってね」
「ううう…緒方さんのベットじゃなくてもそのままソファーに寝かしといて
くれれば」

むしろ床でもと続けようとしたが緒方さんがの眉間に皺がより、
明らかに 機嫌が悪くなっていて口を閉ざすしかなかった。

「まったく、春とはいえ昨日の夜は冷え込んだからね。風邪でも
引かれたら大変だろう?」
「あー…うぅ」

何も言えなくなった俺にフッと緒方さんは笑って洗濯の終わっている
服を 持ってきてくれた。
礼を言ってそれを受け取る。

「俺がベット取っちゃったけど緒方さんはどこで寝たんですか?」
「心配しなくてもベットで寝たよ」

ああ、もう一つベットがあったのかと思った矢先、4個目の爆弾を
投下した。

「君と一緒にね」
「ーーーーー!?」
「ああ、大丈夫だよ。男が2人寝れるくらいの大きさはあるから」

落ち着け、俺。
男同士別になんて事ないじゃないか。
そうだそうだ、友達同士で一緒に寝た事だってあるんだから。
なのに何でこんなに動揺しているんだろうか。
今にもここから飛び出してしまいたい俺を緒方さんは引き止めバイトが
始まるくらいの時間までお邪魔してしまった。

「本当にお邪魔しました」
「いや、こっちも楽しかったしね」
「またお店に来て下さいね」
「ああ。行かせてもらうよ。君も良かったらまたここに遊びにおいで」

携帯のアドレスを交換してしまった。
緒方さんのアドレスゲーット!!
浮き立ちながらマンションを後にして一旦家に帰りバイト先に
向かった。










「りっくん、顔、顔」
「へ…?」
「へ?じゃないわよ。何かいい事でもあったの?」
「何で?」
「りっくんの周りに花が見える。しかもニヤケてるし」
「え、あ、ほら、今日もケーキがおいしそうだなっと…」
「ふーん、まぁそういう事にしておきましょうか」

横目で茜が納得のいっていない顔で俺を見て来た。
そんなにニヤケてるかな。
頬をグニッと引っ張る。
茜がショーウインドウケースの中に丁寧にケーキを補充している。
まだ開店前なのでフロアには俺達二人しかいない。

「なぁ、茜」
「何ー?」
「あのさ、その…」
「ん?」
「茜はさ…緒方さんの事」

好きなのか?
この一言がのどにひっついてなかなか出てこない。

「緒方さんがどうしたの?」
「うー、いや、やっぱいいや」

俺のいくじなし!

「りっくん」
「何」

茜は俺と目線を合わせようと伸びをする。

「聞きたいことあるならいいなさいよ」
「…はい」

険しい顔になった茜に敵う筈もなく緒方さんの事好きなのか聞いて
みた。
すると意外な答えが返ってくる。

「私緒方さんの事好きよ。でもねそれは恋愛対象じゃなくてケーキが
好きと同レベルね」
「そっか…」

ほっとすると、ウソみたいに胸のもやもやしていたものが晴れた。
茜がニヤッと笑う。

「ほっとした?」

一言そう言って布巾を持ちくるくる回しながら茜は中で作業している
清音の元へ行った。
なぜあんな事を茜が言い当てたのかが分からず俺は首を傾げたのだった。

今日は祝日だけあって客の入りが多く忙しく動き回っていたせいか
あっという間に閉店の時間になった。
俺は店の裏口から薄暗いゴミ置き場所にゴミ袋を二つ両手で下げて
持って行った。
再び裏口に戻るとそこに長身の男性と白衣を着た女性がいる。
あれは緒方さんと清音だ。
なぜか俺は足が誰かに掴まれているかのように動けなくなった。








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