「まだ、痛みますか?」
「え、う、うん……。ちょっとだけ」

自然と肩を抑えていた俺を見てセバスさんが心配そうに聞いてくる。
すると、キオを呼びに行った。
程なくして息を切らしたキオが寝室に来て俺を見ると空色の大きな瞳から涙が流れ落ちる。

「ご、主人様っ!!」
「キオ」

駆け寄ってきたキオをぎゅっと抱きしめた。
腕の中でキオがしゃくり上げながら泣いている。

「良かったです!ご無事で良かったですっ!」
「ごめんな。キオ」
「ご主人様ぁ〜っ!」

泣いているキオにセバスさんが手当てをと告げた。
キオは涙を拭いて俺をベッドに座らせる。
そしてシャツのボタンを外されそうになって、俺は、ん?と気付いた。
俺の身体にはもれなくジルのキスマークが付いている!
キオには見せられない!!

「キオっ!大丈夫だ!うん、手当てしてもらわなくても大丈夫!」
「ダメです!今は大丈夫だとしても後でどんな影響が出て来るか分かりません」
「いや、だから……」

手当てする気満々の気迫あるキオに抵抗出来ず、シャツを開けられてしまう。
案の定、鎖骨や胸にキスマークが付いている。
きっと首元にも付いていそうだ。

「酷いです……。こんな……」

幸いにもキオの目は肩の裂傷跡にいっていた。
そしてショックを受けた顔で言葉を詰まらせている。

「見た目こんなだけど、もう痛くはないからな」
「ご主人様!」
「な、何っ」
「これが痛くないはずがありません!例え今、痛くなくても、傷が付けられた時は とても痛かったはずです!」

確かにめちゃくちゃ痛かったけど……。

「僕は、見ているだけで痛いです。ここがとても痛いです」

キオは心臓の辺りを掴んだ。
その手を握り込んで自らの胸を強く叩き始める。

「また、僕はっ。ご主人様をお護りする事が出来ませんでした!」
「キオっ!」
「僕は、ご主人様のヴァルタなのに……っ!」
「キオ、叩くのを止めるんだっ」
「悔しい……っ!とても悔しい!」

まだ叩き続けているキオの拳を両手で握り込んだ。
そして硬く閉じられている手を開かせていく。
キオはされるがまま俯き涙をポタポタと落としている。

「キオ、今回の事、誰が悪いとかはないんだよ。俺が怪我をしたのは警備隊がジルを護る使命を全うした結果だったんだ。……なぁ、キオ」

俺は完全に開かせたキオの手の平を自分の肩に持って行く。

「キオのこの手は、キオ自身を叩いて痛めつける事じゃなくて、誰かを癒す為にあるんだろ?」

俺が笑うと涙目のキオがジッと見て来る。
同時に肩がジワリと暖かくなって引き攣れたような違和感がなくなっていく。
身体がポカポカしてきて、まるでひなたぼっこしているみたいだ。

「キオの癒しは気持ちいいな。キオがいてくれて良かった」
「ご主人様」
「ありがとう、キオ」

肩の裂傷は綺麗になくなった。

「それから、ごめん」
「ご主人様っ!」

俺が頭を下げて謝るとキオが慌てた声を出した。

「俺っていつもみんなに心配掛けるような事をやっちゃってさぁ」

自分の手を見て、何の力も付けてない事を改めて思い知らされた。
エドに協力してもらって少しは強くなったような気がしたけど、そんなの実戦じゃ全く通用しなかった。
強くならなくちゃ。
自分で自分の危機を脱せられるくらいに。
もっと強くっ。
グッと拳を握りしめ、真っ直ぐ上げてベッドから立ち上がった。

「俺、絶対に強くなる!絶対に!」

やる気に満ち溢れていると、何か言いたげなキオの視線を感じた。
まさか、無理じゃないの?と言いたいのか。
キオよ、心配するな!
俺は今からでも修業に勤しむぜ!

「ご主人様……」
「キオ、聖司様のお着替えを」
「あ、はい」

キオは俺を窺いながらジルの寝室を出て行った。
でも、さっき何か言いかけていたような気がしたんだけど。
気のせいか?

「聖司様、お食事は如何致しますか?」
「あ、食べ……」

ぐぅ〜〜〜〜〜っ!

食べると言い終える前に腹の音が盛大に鳴った。
は、恥ずかしいっ!!
セバスさんは、ホッホッホと笑って隣の部屋にとってもおいしそうな料理をたくさん用意してくれた。
そういえば、久しぶりの食事かもしれない。
キオに着替えさせてもらって、ガッつくように食べていたらジルが帰って来て一緒にご飯を食べた。
警備隊の事とかノエル隊長の事とか聞いたんだけど何も答えてくれなくて、それでも食後にソファーに座ってセバスさん特性の紅茶を飲みつつ、しつこく聞いていたんだ。
でも、突然の急激な眠気に襲われてしまって身体が傾いだ俺はソファーに倒れ込む前に、ジルの腕が受け止めて抱き上げられて……後はそのままぐっすりと寝むってしまったのであった。
そして、俺は後に知る事になる。
キオが言いたかった事を。
セバスさんの謝罪に隠された結末を。
俺が把握した時にはもう全て遅かったのだ。





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