うつ伏せになってぶつぶつ言っていると、ばさりと頭の上に何かが掛かった。

「わ、何?」
「すぐ戻る」

頭に掛かったものを取り払ってジルを見たら上半身裸で寝室を出て行くところだった。
パタンっとドアが閉まった後、手に掴んでいるものに視線を落とすと、それは白いシャツだった。
……ん?
これって、もしかしてジルの着ていたシャツ?
顔を近づけてみるとジルのいい匂いがする。

「……」

うん。
このままだと風邪を引くからな。
ジルのシャツだけど、しょうがないよな。
ほーんの少しだけ大きいけど、今はこれしかシャツがないからな。
しょうがないよなと言いつつ着てみると袖がかなり余った。
シャツの裾も長い。
舌打ちしたくなるが堪えてボタンを留めていく。

「……そういえば、あの時もジルのシャツを着たなぁ」

まだレヴァ・ド・エナールに来る前、元いた世界でジルにシャツを引き裂かれた上、殺されそうになった時だ。
俺がブチ切れてジルの首に噛みついて吸血したんだっけ。
その後、どこかの部屋に連れて行かれて俺に言ったんだよな。

「寝ろって」

何だか可笑しくなって来て寝転がりながらクスクスと笑ってしまった。
あんな状況で寝ろって言われて寝れるもんじゃないよな。
でも、その後俺がドジって気を失って……目覚めたらジルと一緒に寝ていて、あれは驚いたよなぁ。
そんで俺を気にくわないレイグから逃げるようとした時だ。
今みたいにジルが着ていたシャツを投げて寄こしたんだよな。

「マーキングか……」

これは確かユーディが言った言葉だ。
えっと、俺のものとか手を触れるな、みたいな意味があるらしい。
あの時は信じられなかったけど……。

「ジル……」

手を顔にくっ付けると余っている袖に顔を埋める形になる。
目を閉じればジルがいるみたいだ。
でも、体温が感じられない。
抱き締めて来るあの腕もない。

「早く、戻って来いよ」

ジルはどこに行ったんだろ。
ああ、そうだ。
セバスさん達に俺の事を言いに行ったのかな。
それだったら俺も行かなきゃ。
心配を掛けているんだから俺が直接行って謝らないと。
ベッドから起き上がってドアの所まで行き、ドアノブを捻った。
だけど……。

「あれ?」

ドアは開かなかった。
鍵なんて付いてないはずなのに……なんでだろ?
押しても引いても開かない。
まさか、壊れた?
そんな事ってあるのか?
ドアを叩いて声を出しても誰もいないのか返事がない。

「うーん」

しょうがないのでベッドに戻って横になる。
これはジルが来るまで待つしかないな。
ジルのシャツに包まれて目を閉じていたら戻るべきところに戻って来れたせいか今までの緊張感も解かれてすぐに寝てしまった。







「「おやおや、これは強力だね」」

何だ?
少年の声?

「さすがオルヴァン様の子孫だね」
「うん、この僕達がこれ以上干渉できないなんてね」

ん?
同じ声だから一人かと思ったんだけど……二人いるのか?

「あの二の影が一の影に接触したきっかけを作った者を見に来たら面白い事になったね」
「うん、僕らの影に引き入れたのに触れる事が出来ないなんて……マーディの時みたいだよ」

同じ声がクスクスと笑っている。
重い瞼をゆっくりと開けてみたら……。

「こっそりマーディと遊ぼうとしたら、オルヴァン様のシャツを羽織っているんだもの」
「オルヴァン様の術が込められているシャツをね!まさにこの子と同じ!」

真っ暗な空間の中でキオと同じくらいの歳の少年、藍色の髪と碧の瞳で全く同じ顔の二人が楽しそうに笑っている姿だけがはっきりと見えた。
俺が声を掛けようとした時、二人が俺に向かって手を振る。

「「またねー!」」
「え?ちょっ、ちょっと……!」

徐々に周りが明るくなってグンッと引っ張られる感覚がしたと思ったら、いつの間にか俺はジルのベッドの上で仰向けの状態で寝ていた。
数回瞬きをして上半身を起こす。

「今のって」

あれは夢ではない。
きっとあの同じ顔をした少年二人はレヴァの七つの影だ。
何番目の影かは分からないけど……なんで俺に接触しに来たんだろ。

「あーー!しまった!エレの救出の協力をお願いするチャンスだったのにっ!」

俺のアホー!
ベッドの上でジタバタと暴れているとノックの音が聞こえて来た。

「聖司様」

俺を呼ぶ柔らかな声に瞬時に反応してベッドから下り、返事をしながらドアへ駆け寄る。
するとセバスさんが先に部屋の中へ入って来た。

「セバスさん!!」

いつもと変わらない穏やかな笑みを見せるセバスさんを見て嬉しくなって思わず両手でガシッと皺も塵も付いていない黒い執事服を掴んでしまった。

「ご無事でなりよりでした」
「――っ、俺、あの……っ」

安堵している声を聞いた途端、急に目がしらが熱くなって、ボタボタと涙が頬を流れ落ちていく。
何だろ、確実に涙腺が弱っている気がする。
手の甲で目を擦る前にセバスさんの白いハンカチに拭われた。

「し、心配掛けた……よね。ごめんなさい」
「今回の事は予測不可能でした。まさかあのような場所に転移鏡があるとは。これは私の落ち度でございます。申し訳ございませんでした」
「セバスさんっ」

セバスさんが跪き頭を深く下げる。
俺は立たせようと慌てて腕を引っ張った。

「俺が言うのもなんだけどさ、今回の事は誰も悪くないよ。偶然が悪い方向に起きてしまったんだから セバスさんのせいじゃないよ」
「いいえ、この屋敷の管理を任されている以上、偶然では済まされません。こうして聖司様は無事にお戻りになられたのは不幸中の幸いでした。しかし、一歩間違えればジハイル様の最愛の伴侶である聖司様を失うところだったのです」

俺を失った事を想像しているのか、セバスさんの顔が痛ましそうに少し歪んだ。
オロトルスに噛まれた肩がツキリと痛む。
もしかして、俺に遭った事の全てをすでに知っているのかな。




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