7 「うわっ」 突然、空間がぶれた感覚に襲われて目を閉じた。 次に背に柔らかい感触がして目を開けると……。 そこは薄暗い室内。 しかも見慣れた部屋のベッドの上にいた。 「ここって、ジルの寝室――んっ」 上着を脱ぎ、覆い被さって来たジルにキスをされる。 何度も何度もされて顔を背けて逃げようとするけど顎を掴まれて固定されてしまった。 「ちょ、ジ、ル!」 背をバシバシ叩いて止めようとしたけど、何の意味もなかった。 唇がヒリヒリしてきた頃、ようやくジルが顔を上げた。 さっきもさんざんキスしてたのに、またする事ないだろ。 文句の一つでも言ってやろうと思ったけど……。 その言葉は飲み込んでしまった。 なぜなら、ジルから感情が読めなかったからだ。 元々無表情で感情がないようなジルだけど、それでも俺は少なからず怒りだとか喜びだとかは感じ取っていた。 だけど、今は本当に何もない。 氷のような冷たさだけが張り付いているような状態だ。 まるで出会った当時のジルそのものだった。 なんだか恐くなってしまって、そんな顔を見ていたくなくて、そっと手を伸ばす。 頬に触れ、艶やかな美しい肌を指で撫でる。 「ジル……。どうしたんだ?」 「……」 無言のまま、ジルが俺の首筋に顔を埋めるように抱きついて来る。 何を言っても返答がないのでポンポンと背を優しく叩いた。 「なぁ、何か言ってくれよ。言ってくれないと分からないだろ?」 「蘇った。お前がいない間」 「蘇ったって何が?」 「聖司が草むらで死にかけていた姿が」 それってキッドさんとニナさんがイースさんに襲われた時の事? 「魔術の干渉もなく、地が揺れ、身体が抉られていく幻覚に襲われた。時間が立つ程、深く、確実に内側から姿のないものに支配されていく」 「……ジル」 「この不快なものは急速に膨れ上がり、防ぐ術はなく、常に俺を苛立たせた」 俺を抱きしめる腕にぎゅうっと力が入る。 ……。 ジルを苛立たせていたものは今まで無縁だった感情。 怒りでもない、寂しさでもない、空中庭園で吸血された時に俺の中に流れて来なかった、いや、ジルがまだ理解していないが故に俺の心にぶつかって来る事が出来なかったその感情の名前は……。 「それって、不安とか恐怖じゃないかな」 「不安、恐怖」 「うん。俺もさ、ジルに会えない時は不安だったよ。このまま会えなかったらどうしようとか……」 どうにかジルに会おうとしてがんばってもうまくいかなくて、会えるって信じていても心のどこかでそれは潜んでいた。 ――会えない不安。 「オロトルスに噛まれた時が一番、恐怖だったかな」 ――死に直面した恐怖。 ジルが来てくれない悲しさもあって、その時に泣いた事は秘密だ。 ジルと再会してから結構、泣いているからこれまでは知られたくない。 カッコ悪いもんな。 誤魔化す為、笑いながら言っていたら肩の裂傷跡に触れて来た。 シャツの肩口は破かれているから、かろうじて袖で着ているような状態だ。 ボロボロなので脱いだ方がいいんじゃないかと思うくらいだけど、 ジルが俺の上に乗っているから身体を動かせない。 「シャツさ……」 脱ぎたいという意思を伝えようとしたんだけど、ジルからすごく怒気を感じて口を噤んだ。 なんか、すごく怒ってんだけど……。 さっきまでの無表情から一変して深紅の瞳がメラメラと怒りで揺れている。 感情が表に出ていた方がいいとは思うんだけど、これは怖すぎる。 一ミリたりとも動けなくて固まっていると肩からジルの手が離れた。 そして俺の上からもどいてベッドから下りようとした。 「あっ、――え?」 思わず、間抜けな声を出してしまったのは自分の無意識の行動に驚いたからだ。 ジルは己の服を掴んで引っ張っている手を見ている。 そして、ゆっくり俺の方を見た。 「――っ!」 咄嗟にジルの服を掴んでしまった手を離す。 カーッと顔が熱くなった。 ジッと見て来る視線に耐えきれなくなり、じりじりとベッドの上を後退して背後にあるシーツを掴み、静かに尻から頭に被せて隠れた。 おおお俺、何で今、ジルの服を掴んだんだよっ! いや、その、もうちょっとジルとくっついているもんだと思ってたからさ、――じゃなくてっ! 違うんだ、落ち着け、俺っ。 取り合えず、深呼吸だ。 スーハースーハー。 ……あ、ベッドからジルの匂い……いい匂い……スーハースーハー……じゃなくってっ! 俺は変態か! だから、落ち着け、俺っ。 若干パニックになっていたらギシリとベッドが沈んだ。 シーツの中でビクリと身体が跳ねる。 「聖司」 名を呼ばれて、また身体が跳ねた。 ジルが被さっているシーツごと抱き締めて来る。 そして頭からシーツを捲られてダンゴムシのようにうつ伏せで丸まっている俺の耳に唇を当て囁いた。 「大好き」 ひィーーーーーっ!! ボッと身体が発火した。 反則、それ反則ーーっ!! 耳を食まれ、心が息切れしている俺は耐えきれなくなって、コロンっと丸まっている状態で横に倒れた。 するとジルが口角を上げながら顔を近づけてくる。 シーツから出ている俺の瞼にキスを落とした。 そして瞼から頬へ。 そこから下はシーツで隠れているのでジルは口でそれを咥えてクイッと下ろした。 ふるふると震えながらも固く閉じている俺の唇が現れ、赤い舌に舐められる。 何度も舐められている内に身体の力が抜けて来て、緩んだ唇の割れ目から舌が侵入した。 「は、ふっ、ん」 ジルのキスを受け止めて俺もそれに応える。 舌が絡み合って、吸われて、吸い返して……。 じゃれ合うようなキスをしていたら、その内、ジルの唇が徐々に下って行く。 顎から首へ、そこから鎖骨を伝って裂傷の跡がある肩へリップ音を立てながら移動する。 「ジル、くすぐったい……」 仰向けになりながら身を捩ろうとしたした時、ジルの手が破けている俺のシャツを掴み、さらに引き裂いた。 声を上げる間もなくシャツが取られ、ジルの手の中で燃やされて灰になる。 上半身が裸になった俺はこちらへ伸びて来る手を見ながら震えた。 それは寒さでもなく、拒絶でもない、もっと別のもの。 想像しただけで鼓動が速くなって、身体が熱くなる。 ジルの指先が胸の中心に辿り着いた。 そこからスっと、少し左に動く。 その場所は心臓だ。 「ジル?」 俺の心臓の辺りを触れている指からジルに視線を移そうとした時。 「……っ」 指が離れた途端、代わりにその場所へジルの顔が伏せられた。 唇が押し当てられる。 ただ、触れているだけなのにとてもそこが熱い。 「ジル……」 しばらくしてジルが顔を上げた。 そして俺から離れてベッドから下り、振り返って口角を上げた。 ……? 「あっ」 俺は、またもや無意識にジルの服を掴もうとして上げてしまった手をそっと下ろした。 このぉっ!右手っ! どうした俺の右手よっ! 後で左手で百叩きの刑だぁーっ!! main next |