花びらが舞う。
色とりどりの花びらが青く澄んだ空に舞う。
俺はその光景をぼんやりと見上げていた。
綺麗だな。
とても綺麗だ。
一つの絵画みたいだ。

「……ぁ」

ふと、何かが視界を遮った。
同時に唇を塞がれる。
そこから流れ込んでくる精気に本能が反応してたくさん取り入れようと吸いつく。
甘い、甘い上質の精気。
知っている……俺はこれを知っている。
いつも俺を満してくれる精気がじわりじわりと身体を巡っていく。
まるで全身を包み込むような暖かさに何だか泣けて来て目が熱くなる。
安心感を与えてくれる人物を確認しようと涙でぼやけている目を瞬きすれば、次々にぼろぼろと零れ落ちていって、止まらなくなって……また何も見えなくなってしまった。
すると優しく涙で濡れている頬を舐められた。
これ以上泣かないようにギュッと目を瞑っていると頭を支えられて誘導させられる。
精気に飢えている状態だからか、すごく芳しい匂いを嗅ぎ取り、目を開けた。
目の前には生命の源がその皮下に流れている美しい首筋が。
考える間もなく俺はそこに噛みついた。
口の中に流れ込む大量の精気。
休むことなく飲み続ける。
先ほどとは違い、一気に精気が身体を駆け巡ったせいかビリビリとした感覚がする。
しかしその刺激すら心地よかった。
十分に満たされ口を離し、一息吐く。
今も尚、抱き締められている腕の中で目を閉じ身体を弛緩させる。
全身を委ねても、大丈夫だと思ったんだ。
もう誰だか分っていたから……。

「聖司」

あぁ……。

「聖司」

あぁ、俺を呼ぶ、心地よい低い声。
胸が熱くなる。
心が震える。
俺も呼ぼうと思ったけど、また涙が溢れ出して声が詰り言葉が出て来ない。
だから腕を持ち上げて手で服を掴んだ。
ぎゅっ、ぎゅっと強く掴んで返事の代わりにする。
会いたかったという想いも込めて。

「ん……っ」

名前を呼ぼうとしたら先に口を塞がれてしまった。
肌はひんやりとして冷たいのに入り込んで来る舌はとても熱い。
絡め取られて吸われて俺も下手だけどその動きに応える。

「ん、んぅ……」

服の下に手が侵入して俺の背を撫でる。
手は背から腹、胸へと移動して来る。
丁寧に確かめるように触って来る。
くすぐったくて身を捩ろうとするけど逃がしてはくれない。
キスをしながら、その手が肩に滑る。
その時、ピタリと動きが止まった。
肩に巻かれている包帯に気付いたようだ。
そういえばオロトルスに噛まれて出来た傷の痛みがいつの間にかなくなっている。
精気を取ったおかげかな。

――ビリーッ!!

……え?
いきなり着ていたシャツが破かれた。
驚いて涙が止まる。
その上、包帯まで取られた……っていうか燃やされた。

「ぅわっ!」

熱くはなかったけどさすがにこれは危ないだろっ。
包帯の燃えカスが肩からボロリと落ちるとその下から現れたのはオロトルスの牙が喰い込んだ跡が 生々しく残る赤い裂傷だ。
この時、初めて自分の傷の状況を知った。
結構グロいな。
痛みがないせいか冷静に観察出来る。
でも、全然冷静に見れていない者が目の前にいた。
まだ目を合わせていないっていうのに、すでにものすごく怒っている雰囲気を感じるんだけど……どうしよう。
……いや、これは俺は悪くないよな。
そうだよ、堂々と顔を上げていいはずだ。
そう思って俯いていた顔を真っ直ぐ向けようとしたら……。

「……ひぁっ」

くぼんでいる傷跡をなぞるように舌が這う。
ぞくぞくとした感覚が起きて身体が震えてしまった。
しかも一回だけではなくずっと舐め続けている。

「も、止め……っ」

これ以上はダメだ。
身体を押しのけようとしたけどその両手首を掴まれて封じられた。
その間に舌が肩から首筋へと這う。
噛まれると身構えたけどそんな事はなく、さらに上っていって耳を舐められる。

「あ、あぁっ」

耳の穴に舌を入れられた。
ぞくぞくする感覚から逃げたくても俺の両手首は背で固定されてしまっている。

「や、やだっ」
「聖司」
「ひっ」

ダイレクトに声が響いて来て身体が跳ねた。

「なぜ、離れた」

思わず声がした方に顔を向けた。
この時、俺がこの城に来てしまってから初めて目が合った。

「……っ」

色々言いたい事があったのに、その言葉ごと、ごくりと嚥下してしまった。
なぜなら美しい深紅の瞳は怒りに染まっていたからだ。
今までで一番怒っているかもしれない。

「離れたくて、離れた訳じゃない――痛っ!」

怪我している肩を掴まれた。

「これは何だ」
「痛いっ!手を離せよっ!」
「答えろ」

痛さなのか、こんな事をされている理不尽さ故なのか引っ込んでいた涙がまた出て来てくる。
相変わらず両手首は片手で拘束されてしまっていて腕が動かせない。
せっかく会えたのに、なんでこんな状況にならなきゃいけないんだ。
さっきから泣いている自分に苛立ち、責めてくる相手にも苛立ち、冷静に言葉で説明出来るはずもなく、腹が立ち過ぎて今までの全ての想いを首筋に噛みつく事によってぶつけた。

――バカバカバカ!!俺が好き好んで離れたとでも思っているのか!屋敷から転移鏡でこの城に飛ばされてからお前に会う事を考えて行動して来たのに!ウルドバントンの一味だって疑いを掛けられて酷い目に遭って来たけどそれでも会えるって信じて耐えていたのに!心配掛けた事は謝るよ!でも、怒るなよ……。これ以上俺に痛みを与えないでくれ。やっと会えたんだ。この時をどんなに待っていたかお前に分かるか……?

「うーっ」

唸るように強く噛みついていたら、背を優しく撫でられた。
その行為に少し冷静になり、首筋から口を離して顔を見る。
するとさっきとはうってかわって怒りなど嘘のようになくなっていた。
拘束されていた両手も自由になった。
どういう事だ?

「……んっ!」

またキスをされたけど、ただ口を合わせただけですぐに離れ、そのまま肌を伝いながら唇が俺の首筋まで下りて来る。
そして直ぐ噛みつかれた。
油断していた俺は吸血された時点で離れようとしたが、ぐるぐると何かが身体の中に流れ込んで来る感覚がして、動きを止めた。
その流れ込んでくる何かは俺に強く訴えて来るように心に勢いよくぶつかって来る。
何かの正体は、怒り……寂しさ……好き……。
これは、感情?
もちろん俺のじゃない。
今までこんな経験はなかったからどうしていいか分からなくて困惑していたけど、あまりにもさ……あまりにも……。

「……っ」

俺の目からボロボロと涙がこぼれ落ちた。
くそっ、またかよっ。
無理矢理、泣く事を止めようとして鼻と喉の奥がツキンっと痛くなる。
息を吸い込めば気管が震えてしゃくりあげるような変な声が出てしまう。

「ひっ、く、……こ、こんなにっ、俺を、な、泣かせて……」

首筋に伏せていた顔が上がったから、俺と目が合うように両手で顔を包むように触れた。
深紅の綺麗な瞳が俺を見る。

「……バカ」

そっと自ら唇を寄せて、口付けた。
押し付けて、離れ、また目を合わせる。
もう一度、バカと言ってからまた唇を重ね、そして離れた。
……俺が、噛みついてぶつけた怒りよりも、会えない間ずっと感じていた寂しさよりも、そして好きだって相手を想う気持ちも、ずっとずっと……。

「ご、ごめん。心配掛けてごめんなさい」

吸血と同時に流れ込んできた感情は俺なんかよりもずっとずっと強かった。
バカは俺も同じだ。
つらかったのは俺だけじゃなかったんだ。
――でも、でもな、一つだけ……。

「お、俺の方が好きだからなっ。大好きなんだからな!」

好きだっていう気持ちは同じくらいかそれ以上がいい。
やはり好きに大が付くのは知らなかったようで聞き返して来る。

「だ、い、好き?」
「そうだ。好きがたくさんある好きだ。好きのもっと上だぞ」

だから俺の方が強く想っているんだと主張してみる。
そして……涙でグシャグシャの顔だけど照れくさいけど精一杯笑って言ってやった。

「ジル、大好き」




main next