痛い思いをしている俺は反射的に身体が竦んでしまう。

「ノエル隊長。いきなり攻撃とは、随分乱暴な挨拶だね」
「貴様が地下牢から連れて行ったのか」

ラヴィアさんが肯定するとさらに険しい表情になったノエル隊長が剣を抜く。

「こちらに渡せ」
「それは出来ないな」
「貴様っ!……そうか、やはり貴様はウルドバントンと繋がっているのだな」

ノエル隊長は顔を歪め、嘲笑して睨み付ける。
やれやれと軽くラヴィアさんは頭を振った。

「まったく、なぜそうなるかな」
「これ以上疑われたくなければ背に庇っている者をこちらに渡せ。それでなくとも貴様自身にウルドバントンの同胞疑惑があるのだ」
「君は私をウルドバントンの仲間にするのが好きだねえ。もし、ノエル隊長に渡したらどうするつもりなのかな?」
「貴様の知るところではない」

俺は絶対にノエル隊長の元に行きたくなかったので一歩も動かないぞという意思表示をする為、足に力を入れた時、一瞬の間に遠くにいたノエル隊長が間合いを詰めて目の前にいるラヴィアさんへ斬りかかって来た。
お互いの剣の刃がぶつかり合う高い音が響く。
ラヴィアさんの肩越しからノエル隊長の目が俺にギロリと向けられて、俺の足は一歩、二歩後退してしまった。

「ラヴィア近衛隊長、その者をこちらへ渡せ。そうでなければ手段は選ばない」

背を向いていたラヴィアさんの肩が小刻みに揺れ出した。

「……く、くくくっ、はははっ!ああ、おかしいねえ。まったく君は私をどうしたいんだろう。力では敵わないから笑い死にさせる作戦に出たのかな?」
「なんだと?」
「しかし、ノエル隊長。いくらなんでもそれじゃあ、お粗末すぎる。これ以上は笑えないよ」
「貴様!――っ!?」

一瞬、怯んだノエル隊長が 素早く後方へ跳躍し、構え直した。
背を向けているラヴィアさんの、ものすごい殺気に当てられて、 俺の身体が震え出す。
呼吸が苦しくなってきてその場にしゃがみ込んだ。

「今までは、じゃれてくる猫を構ってあげていたけど、おいたが過ぎる子には少し教育が必要だね」
「私をバカにしているのか!」
「私だけにじゃれついているのならまだ良かった。でも、クイーンに手を出したのはいけなかった」
「また訳の分からない事をっ」

キィィイイインっ!!とまた二人の剣がぶつかり合う。
その後のものすごい早い攻防に目が追い付いていかない。
俺はしゃがんだまま、花が舞う中で斬り合っている二人を見ているしかなかった。
隊長格だけあって戦いのレベルが半端ない。
このままではジルの休憩場所が破壊されてしまうのではないかと心配になって来る程だ。
すると距離をあけてノエル隊長と対峙しているラヴィアさんが辺りを見回して肩を竦めた。

「これ以上ここで遊んだらセルファード公の空中庭園がめちゃくちゃになってしまうよ」
「今さら貴様がそれを言うか!」
「怒られてもいいのかな?セルファード公に」
「……っ」
「怒られている君を見るのもいいけどね。きっと絶望したとても良い顔を見せてくれるだろうから」
「この……っ!!」

怒りの形相になったノエル隊長がさらに力を身に纏って地を蹴り、斬りかかった。
ラヴィアさんは動く事もなく、ほほ笑んでその場にいるだけだ。
そして、黒い電流のようなものが身体からバチバチと現れ始めると、ほほ笑んでいた顔から突然、表情がなくなった。
その途端、ぞくりと震えが走ると同時にすごく危険な感じがして、咄嗟に叫んだ。

「ラヴィアさん!ダメ!!」
「ぅあああああああーーーーっ!!」

ノエル隊長の悲鳴が響き渡る。
ラヴィア隊長の目の前で倒れ込み、痙攣を起こしている。
隊服は焦げ、身体から煙が出ていた。

「う、あ……ぁ……」
「いい機会だから、私とノエル隊長との力の差というものを教えてあげよう。 後で冥界で理解するといいよ」

ほとんど意識のないノエル隊長はラヴィア隊長に襟首を掴んで持ち上げられ、上半身だけ起き上がる形になった。
ラヴィア隊長のもう片方の手には剣が握られている。
俺は嫌な予感がして駆け出した。
間に合うか!?
しかし、すでに陽の光に煌めく刃がノエル隊長に下ろされようとしている。

「ラヴィアさん!ダメだ!!」

くそっ、このままでは間に合わない!
俺自身、今まで酷い目に遭って来て身体はボロボロだけど……。

「光球一つだけなら……っ!」

胸元を掴み目を閉じた。
ドクンっと心臓が跳ね、 ぐるぐると紅い力が俺の中に集まって来る。
だけどそれは十分ではなかった。
足りない……!
このままじゃ!

「一球だけでいいんだ!だから……っ」

もう、絶対に目の前で誰かが殺されるところなんて見たくない。
絶対に死に対して悲しみたくない。
だから、もう少しだけ力をっ!

「ーーーっ!」

霧散し始めていた紅い力が再び戻って来た。
逃さないようにそれを力いっぱい掴む。
その瞬間、手のひらに光球が出た。
今までで一番早く出せた事に驚きながらも、すぐにラヴィアさんの持っている剣に向けて放つ。
当たれ!と強く思ったけど、俺の方に向かないまま、慌てた様子もなく剣を掴んでいる手を動かして簡単に避けてしまった。
やっぱり、上位のレヴァであるラヴィアさんには相手にならないか。
でも、ノエル隊長を斬ろうとしていた剣は止める事が出来た。

良かったと思った瞬間、ザッと血の気が引いて耳鳴りに襲われた。
徐々に目の前が真っ白になってくる。
これは……無理に力を出したせい?
遠くなった耳に、はぁはぁという音が聞こえる。
いや、音じゃない。
これは俺の呼吸だ。
冷や汗がどんどん出て来て、さすがにヤバイと焦り始めた。
身体がレヴァの力を欲している。
その場で蹲りながら考える。
どうしよう、どうしたらいい?
でもこんな状況じゃ考える力もなくて俺は無意識にジルを呼んでいた。

「ジ、ル……ジルっ」

呼んでも来ないって分かっているのに……。
でも、もしかしたら、来てくれるんじゃないかって、期待してしまうんだ。
期待すればする程、落胆が大きくなるのにそれでも俺は……。

「ジルっ、ジル……」

早く来いよ!
会いに来いよ!
助けに来いよ!
じゃないとラヴィアさんから血をもらっちゃうからな!
……くれるか分からないけどさ。
伏せていた顔を上げたらラヴィアさんが驚いた顔をしていた。
そしてノエル隊長の襟首を掴んでいた手を離して、うっとりとした顔で笑み、胸に手を当て優雅に跪く。
その一連の動作に疑問を感じる間もなく、ついに視界が完全に真っ白になって何も見えなくなり、 俺の身体が傾ぐ。
でも、倒れると思った身体は地面に触れる事なく止まった。
……これは、腕……?

そう、腕と思われるものが俺を支えてくれていた。
――あれ?
ラヴィアさんもノエル隊長もあそこにいたはず。
じゃあ、この腕は……?


とても強い力で身体を抱き締めて来るこの腕は……


苦しい程にかき抱いて来るこの腕は……



……誰の腕?




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