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目の前でヴィーナがレイラさん、ライラさんと戦い始める。
高度な戦いは目で追うだけで精一杯だった。
戦いの余波で扉や壁が破壊されると隣の部屋との境目は魔法陣だけが浮かび上がっている状態になる。
その向こう側に誰かがいた。

「――っ!?」

な、何で……。アイツらがいるんだよ……!!

「俺も遊びてェー。そっち側に入れねェのがムカつくー」
「早くそいつらを処理しろ」

俺がレヴァ・ド・エナールに来てしまった時、ラフィータ城の地下水路で会ったレヴァの一族、マダールとパルチェがいた。
マダールはヴィーナが、パルチェはジルが倒したはずだ。
それなのに、どうして生きているんだ!?
ま、待て……あいつらはウルドバントンの配下だったよな。
上手く呼吸が出来なくなってヒュッと喉がなった。
反総統の一味がジルの屋敷内、それも当主の部屋に侵入しているという事実に足元が崩れ落ちそうなくらいのショックを受けた。
そしてさらに信じられなかったのが……。

「うるさいわねー。物事には順序っていうのがあるのよ。あんた達が好き勝手に動いてくれたせいで台無しじゃない」
「我々はセルファードを捕えればそれでいい。お前達の方の計画など知らん」
「セルファードは俺が殺るゥー!」

ヴィーナ……?嘘だろ?
何でマダールとパルチェと普通に会話してんだよ。

「レイラ、奥様を!」
「分かったわ!」

ライラさんがヴィーナに攻撃を仕掛け、レイラさんが俺の方に来る。
だけど、ライラさんがヴィーナの攻撃を受け止めきれず、飛ばされて壁にぶつかり崩れ落ちた。
長箒の暗器は折れてしまっている。

「ま、セバス仕込みとあって腕は悪くはないわ。でも……」

ヴィーナが俺の方を向く。
レイラさんが俺を背にかばった。

「私を相手にするのは、まだまだ早いわね」

いつもの口調なのに、いつものヴィーナではない。
どうして……どうして!!

「レイラ、今ので分かったでしょ?貴女が聖ちゃんを護る事は出来ないわ。無駄な怪我をしたくなければ、そこをどきなさい」
「敵わないと分かっていても仕える主の伴侶、そして私達にとっても大切な奥様を護らないなんて選択肢はないわ」

ため息交じりでそう、と答えるとヴィーナは金色の瞳を細め冷たく光らせる。
ヴィーナは本当に反総統の一味に加担しているのか?
レイラさんとライラさんが言っていた通り、裏切った事も本当なのか?

「聖司様、我が主は」
「ジルは……っ」

俺はちらりと天蓋の布に覆われているベッドを見た後、レイラさんだけに聞こえるように小声で簡潔に精神を敵に捕らえてしまっていて肉体だけベッドにいると伝えた。
レイラさんは真っすぐヴィーナを睨みつける。
身体から怒りが立ち昇っているのが目に見えて分かった。

「絶対に貴方を許さない」
「まぁ、許して、と懇願するつもりはないけど。マスターが動けない内にやる事が一杯なのよねぇ。だからさっさとどいてちょうだい」
「裏切者が我が主をマスターと呼ぶ資格などない!」

ヴィーナはジルが動けないという事を知っているのか?
こうなる事を知っていたのか?
レイラさんがヴィーナに向かって踏み込んだ。
俺の目が追えない程、速い攻撃だったのに、それをいとも簡単にヴィーナは受け止めて弾き返した。
そして間髪入れずに腹に蹴りを入れる。

「レイラさん!」

大きな音を立てて壁に激突したレイラさんは、すでに気を失っているライラさんのすぐ近くに倒れ込んで、そのまま動かなくなった。
二人の元に駆け寄ろうとした俺に立ち塞がったのはヴィーナだ。

「ヴィーナ、これは一体、どういう事なんだよ!?」
「聖ちゃんが知る必要はないわ」
「何が知る必要はないだよ!レイラさんとライラさんをこんな目に遭わせて!そこにいる反総統の一味、いや、ウルドバントンとも繋がっていたのか!?他のみんなはどうしたんだ!」
「聖ちゃんはやっぱり聖ちゃんね。みんなの事より自分の心配をしなさいよ」

呆れたように言うヴィーナを俺は睨みつけた。
本当に目の前にいるのは、あのヴィーナなのか?
一歩一歩、俺の近くに来るヴィーナから遠ざかるようにジルがいるベッドの方へ後退する。

「ジルが大事じゃないのかよ。ジルの幸せを願っていたんじゃないのか!?こんな事をしたのは何か理由があるんだろ!?」

目の前まで来たヴィーナが微笑んだ。
そこから何を考えているのかは読み取れない。

「聖ちゃんは真っすぐで一生懸命で疑う事を知らなくて……そういうところが好きだったわ」

俺が喉をごくりと鳴らした時、マダールが苛立った声で叫んだ。

「何してんだァ!?早くそいつを殺して、セルファードを捕らえろ!」

ジルを殺したくてたまらないマダールは剣を魔法陣に何度も切りつけている。
その度に弾かれて大きな音を響かせた。
そんな中、ヴィーナに名前を呼ばれて、ビクリと体が揺れた。

「ふふ、大丈夫よ。そんな顔しないで。殺さないわよ」

ヴィーナはにっこりと笑う。

「今は、ね」

金色の瞳が冷たく見下ろしてくる。
蛇に睨まれた蛙のように身動きが取れない。
呼吸が乱れている俺に手を伸ばして来る。
逃げなきゃと思っていても恐怖で動けない。
そんな俺の横を通り過ぎて、ヴィーナはジルが寝ているベッドに近づいて天蓋の布を開けた。
ハッとして急いで制止しようとした瞬間、喉元に剣の切っ先が突きつけられる。

「……っ!」

ヴィーナは動きを止めた俺を見ず、目を閉じて寝ているジルを見下ろしている。

「あの日から今日まで長かったわ。でも、もう終わりよ。その前に貴方に最高のプレゼントを贈ってあげる」

何とかして、ヴィーナからジルを引き離さなければ。
でもどうやって。
仮に引き離したとしてすぐ近くにはマダールとパルチェがいる。
それに屋敷の中にどれだけの数の敵がいるんだろうか。
逃げるには転移しかない。
ここが自分の部屋だったら、エドからもらった転移鏡があったのにっ。
自力で転移をするしかないのか。
だけど月影でジルから精気をもらったとはいえ、転移するにはあまりにも力がなさすぎだし、やり方だってちゃんと覚えた訳じゃない。
でも、ジルが捕まって殺されるくらいなら……っ。

「聖ちゃん」

ジルを見下ろしていたヴィーナが俺に突きつけていた剣を下し、ゆっくりと振り返った。

「聖ちゃんの事だから、どうやって逃げようかって考えているんでしょ。でも、転移はダメよ。以前言ったわよね。聖ちゃんのレベルで無理に転移したら死ぬかもしれないって」

ニナさんたちを連れてイースさんから逃れるために転移した時の事か。
ヴィーナにすごく叱られたっけ。
……俺を心配してくれたヴィーナの、あの言葉は嘘だったのか?
あれは全て演技だったのか?

「まぁ、どっちにしろ、この屋敷にアゼディルウィーバを召喚して屋敷全体に空間縛をかけているから、聖ちゃんが安易に転移すれば確実に反動で死ぬわよ」

アゼディルウィーバ………って、ジルに会えないエゼッタお嬢様が屋敷に押しかけて来た時にセバスさん達を屋敷から出さないようにしていたのと同じ召喚獣。
じゃあ、屋敷のみんなは誰一人として外に逃げられないのか?




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