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「聖ちゃん、大人しく捕まった方が利口よ。ね?」

捕まったら、ジルは殺される。
俺は頭を左右に振り、拳を握り締めて駆け出した。
手をジルに伸ばす。
だけど、寝間着の襟首を掴まれて後方へ引っ張られると、右頬に衝撃が走り、身体が絨毯の上に転がった。
頬が熱くなってじんじんと痛み出す。

「お馬鹿な聖ちゃんは嫌いじゃないけれど、利口じゃない聖ちゃんは好きじゃないわ」

いちかばちかでジルだけでも転移で逃がそうとしたのはバレていた。

「ジルはっ、ジルは殺させない!」

俺が叫ぶとヴィーナは少し目を見開いて何かに耐えるように目を細めた。
でも、それも一瞬で、空間が捻じれ、突然現れた複数の気配にヴィーナは剣を構えた。
転がり込むように姿を見せたのは……。

「キオ!ヴァンスターさん!レ、レイグっ!」

そうか、屋敷内だったら転移は可能なのか。
キオが緊張している顔でヴィーナの前に構え、その後ろでレイグは怪我をしているのかヴァンスターさんに支えられている。
レイグをよく見ると、マントから覗かせた腹部が真っ赤に染まっている。

「あら、まだ動けたの?」

きょとんっとした顔でヴィーナが言うと、顔色の悪いレイグがヴァンスターさんから離れ、自力で立ち口角を上げた。

「あの攻撃ごときで俺を仕留めたつもりでもいたか」
「ごめんなさいね〜。次は一撃で冥界に送ってあげるから許してちょうだい。あの子はどうしたの?空間縛はまだ無効になっていないから倒したわけでもないでしょうけど」

二人が話している隙にヴァンスターさんが俺のところまで来て素早くジルの状態を確認する。
その表情は硬く緊迫した状況は変わらない事を示していた。

「聖司様。これからキオと私で彼らを足止めします」
「待って。みんなで逃げるんだよね?ジュリーはどうしたの?どこにいるの?」
「ジュリーは侵入してきたナイレイトの一族に連れて行かれました」
「え!?」
「反総統の一味だけではなく、多くのナイレイトが反旗を翻したのです」
「あぁ……ジュリー!」

動揺しているとヴァンスターさんは俺の肩を力強く掴んだ。

「同族の者を無慈悲に傷つけたりはしないでしょう。ジュリーは大丈夫です」

……ここにいた方が危険だったかもしれない。
すごく心配だけど、ヴァンスターさんの言葉に頷いた。
ジュリー、必ず助けに行くから。どうかニナさん、キッドさん、ジュリーを護って。

「今、首都とイクニスを中心に戦いが広がっています。彼らの狙いは総統とジハイル様です。一刻も早くジハイル様と聖司様はこの屋敷から脱出を」
「ま、待って。空間縛がかけられているんでしょう?脱出なんて……っ」
「一時的に叡智の一族の者を足止めしてきました。今が脱出のチャンスなのです」

ヴィーナがレイグに攻撃を仕掛けたがキオが防御壁でそれを防ぐ。
すぐにヴァンスターさんが俺から離れ、キオに加勢する。
その隙にレイグが入れ違いで来た。

「レイグ、血がっ。キオに治癒を」
「ダメだ。あいつにそんな余力はない。それよりもいいか、絶対にマスターを離すな」

殺されそうなくらいの気迫でレイグが俺に言い放つ。

「えっ?」

腕を掴まれてジルが寝ているベッドの上に放られた。
後ろを振り向くとレイグが呪文を唱え始め、魔術の発動が始まる。
ベッドを中心に文字の様な形が連なって浮かび上がり、ぐるぐると回って大きくなっていき円状の魔法陣が現れた。
こちら側へ来れないマダールとパルチェが結界の外で騒ぎ立てている。

「早くそいつらを俺によこせェ!」
「転移をする気だぞ!阻止しろ!セルファードを殺すのは私だ!」

ヴィーナは二人を無視してヴァンスターさんと対峙している。
後方にいるキオは肩で息をしていて明らかに体力を消耗していた。

「キオ!」
「はいっ」

ヴァンスターさんが叫ぶとキオはありったけの力を発揮して何層にも防御壁を張った。
見たこともないレベルの高い防御壁にキオの努力を感じて身体が震えた。
防御壁の内側でヴァンスターさんが胸に手を当てた。

「我が主よ、血の盟約により貴方の子孫を護り給え!」

力の波動が生じて部屋全体が揺れ動く。
ヴァンスターさんの力がベッドの近くにある窓を破壊すると寝室に張られていた結界も突き破った。
そしてさらに屋敷の外にある目に見えない何かと衝突して空間が大きく波打つ。
外に出ようとする力とそれを留めようと阻止する力がせめぎ合い、僅差でヴァンスターさんの力が勝ち、ついに大きな穴が開いた。
でもすぐに修復しようと穴が予想以上に早く塞がっていく。

「行け!お二人をお護りしろ!」

レイグの魔法陣が強く光り輝く。
あ、この状態じゃ、キオやヴァンスターさん、それにライラさんとレイラさんが……っ!

「ご主人様!ご武運を!」

ヴィーナの攻撃を防いでいるキオが俺に向かって叫んだ。
キオに向かって手を伸ばしたが、レイグに押されてジルの上に倒れこむ。
その瞬間、空間がぶれた。
ジルを離さないように、ぎゅっと抱き着く。
その後、放り投げ出されるような浮遊感がして、直後に身体全体に衝撃が生じた。






「いてて……」

頬や手に草の感触がして手を付き、起き上がった。
辺りは真っ暗だ。
上を見上げると、月が二つと数多の星が煌々と光っている。
そのおかげで木々の影が分かり、ここが森の中だと推測出来た。

「ジルっ」

慌ててジルの姿を探そうとするが真っ暗で何も見えない。
俺は息を整えて集中し、レヴァになって手に光球を出した。
光球の明かりで周囲が把握出来るようになり、すぐ近くで倒れていたジルを見つけられた。
転移の衝撃での怪我はなさそうで安堵する。

「レイグ……?」

一緒に転移したはずのレイグの気配がしない。
こんな時は、真っ先にジルを見つけるはずなのに。
光をかざしながら探すと、少し離れたところで仰向けになって倒れていた。

「レイグ、大丈夫か!?」

レイグの顔は青白く、呼吸が浅く速い。
腹部の怪我が酷いんだ。
このままにしておいたら、大変な事になる。

「一体、どこに転移したの?怪我の治療をしないとっ」
「……っ、くそ、力が足りな……」

目を開けたレイグが悔しそうに顔を歪めた。

「レイグ、大丈夫か!?」
「……ヴォードン地、方の、セルザ、スに……行けっ」
「セルザス?」
「セブ、ラ……イズ公の、屋敷……そこ、に……いる」

レイグの目が段々力なく閉じていく。

「ダメだ、目を閉じるな!今助けをっ」
「セバス……に助け、を……」
「レイグ?レイグ!目を開けろ!」

完全に目が閉じてしまったレイグに何度も呼びかけても反応はない。
息と脈を確認するがどちらも弱々しい。
ここがどこの森の中なのか、レイグを手当出来る町や村までどれくらいの距離なのか、何も分からない。

「どうしよう」

一刻も争う事態なのに、どうすれば……っ。
不安で手が震える。考えろ、落ち着いて考えろ。
俺一人じゃジルとレイグを連れて移動は出来ない。
かといってレイグを背負って連れて行っている間にジルをここに置いて行くなんて事も出来ない。
あいつらに見つかったらジルは殺されてしまう。

「分からないよ……っ」

レイグを助けなきゃという焦りと、敵に見つかってしまったらという不安が涙を溢れさせて、ボロボロと零れ落ちていく。
なんでヴィーナが裏切ったんだよ。どうしてだよっ!!

「うぅ……っ、ひっく……」

――ガサリ。

「――っ!」

な、何の音?
静寂の中、前方から聞こえて来た草を踏みしめる音に泣いていた顔を上げた。
光球を照らし、警戒する。
獣のような息遣いが近づいて来て、木々の間から大きな身体が現れた。
はっきりとした姿は手のひらサイズの光球だけでは暗くて把握出来ないが、金色の瞳がギラギラと光っていて俺達を威嚇している。
まさか……魔物?
次から次へと襲って来る不運に打ちのめされそうになる。
でも、今は護る者が二人もいるんだっ。
俺は涙を乱暴に拭って、真っすぐ前を向き魔物と対峙した。




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