3 「失礼します」 逸る気持ちを抑えて部屋の中へと入る。 俺は直ぐ視線を動かしてジルの姿を探す。 大きな窓ガラスの前に重厚な机と椅子があるがそこにはジルはいない。 壁一面に置かれている本棚の前にも……この部屋のどこにもジルはいなかった。 膨らんだ期待が急激に萎んでいく。 「おや、いなかったねぇ」 「……」 「ははは、そんな顔をしないで。別のところへ行ってみようか」 「ジルは、この城の中にいるの?」 「いるよ」 迷いのない肯定の返事に安堵した。 大丈夫。 きっと会える。 そう、自分に言い聞かせていると空間がぶれた。 反射的に目を瞑った後、風を感じて再び目を開けてみる。 「あ、すごい」 空の中に広がる庭園に俺はいた。 様々な色や種類の花が一面に咲いている。 「ここは空中庭園だよ。セルファード公が使われる休憩の場の一つだ」 ここでジルが休憩しているんだ。 へーーーー。 きょろきょろと顔を動かしていると藤に似た花が咲き誇っている大きなアーチがある。 ラヴィアさんの足はそこへ向かって行った。 花のアーチの中を通って行くとテーブルと椅子が見えて来たがそこには誰もいない。 「うむ、ここでもなかったか」 「あの、ジルはよくここを使っているの?」 ラヴィアさんは頷こうとして……動きを止めた。 「いや、最近はあまり使っていなかったかな。なぜか仕事をいつも以上に早く終わらせて お屋敷に帰られていたから」 「……」 「休憩の時間を取らないで早く帰りたい理由があったようだね」 ニッコリとほほ笑んで来るラヴィアさんに俺はソウデスカ……と言うだけで精一杯だ。 「おや、顔が赤いようだけど、どうしたのかな?日差しが強かったかな?」 「……っ!そ、そうですね!!あー、あれ!」 くそうっ! 俺は必死に話題を変えようと先を指差す。 くすくす笑っているラヴィアさんは俺の差した方向に歩き、アーチを出た。 さらにそのまま庭園の端まで進む。 ここは城のすごく高い位置にあるので遥か遠くにある森や街も一望できる。 俺は水路から来たから城の全体像は把握できてなかったけど、空中庭園から見下ろしたら城は広大な湖の上にあった。 城から勢いよく湖に流れ落ちている滝があって、きれいな虹が掛かっている。 ラヴィアさんの腕から身を乗り出して見ていたら苦笑いされた。 「こらこら、城の美しさに見惚れるのはそれくらいにして。ここから落ちてしまうよ」 「あ」 確かに転落防止の柵が庭園にはない。 落ちたら大変な事だ。 「あそこに見える街はジルが治めているところですよね」 「そうだよ。ここからでは見えないずっと先もセルファード公が治めるイクニスだ」 「そっか……」 いつもジルの仕事が何をしているのか詳しく知らなかった事に反省をした。 もっと早く聞いておけばよかったな。 ただ漠然と土地を治めているくらいしか考えてなかったけど、自分が考えていた以上にジルはたくさんの領民を抱えているんだ。 ジル次第でイクニスに住む魔族の生活の良し悪しが決まるんだもんな。 プレッシャーとかあるのかな。 俺だったら無理だ。 「いずれ……」 「え?」 ぼんやりと考えていた俺はラヴィアさんの声に反応して顔を向けた。 ラヴィアさんの深紅の瞳は地平線のさらに先を見ているようだった。 「いずれ、セルファード公はイクニスだけではない。全ての領土を管理する立場になる」 「全て?」 「ああ」 「それって……」 そのとき一際大きな風が吹く。 口元に笑みを湛えているラヴィアさんは金色の髪を揺らしながら言い放った。 「次期魔王としてこのレヴァ・ド・エナールを支配するはセルファード公だ」 予言のようでドキッとするけど……確かジルは魔王になるのは興味なかったような。 それを言っていいのか、ちょっと迷っていると地面に下ろされた。 急に何でだろう? そう疑問に思った瞬間―――。 大きな力と力がぶつかり合う衝撃が生まれた。 そして空間で見えない力が跳ね返り、庭園の花々が宙に飛び散る。 微動だに出来なかった俺はラヴィアさんの背に庇われて無傷だった。 「ラヴィアさんっ」 「まったく、嫌になるねえ」 軽く手を振るラヴィアさんから少し離れた距離でこちらに敵意を向けている人物がいた。 それは……ノエル隊長だった。 main next |