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いつでも来てくれる訳じゃない。
でも助けて欲しい。
いや、もし来てしまったら三の影に怪我を負わせられてしまうかもしれない。
だから来なくていい。
いろんな思考が反発し合う。
――でも。

「聖司」

低く響く心地よい声が耳元で聞こえた瞬間、俺の上にいた三の影が大きな力で飛ばされた。
身体に巻き付いていた影が消え去り、引き上げられると同時に腕が回って来て抱き締められた。
すると安心感に包まれる。

「ジル、ジルっ!」
「聖司」

俺はジルにぎゅうっと抱きつく。

「ジル、ごめん。危険なところに呼んで、ごめんっ」
「泣くな」
「泣いて、ない」

袖で目元を拭おうとしたら先に舌で舐められた。
うわぁっ!
い、今はこんな事している場合ではない。

「エレが見つかったんだ。でも、三の影に今にも沈まされそうなんだよ!」

すでに六の影と七の影のティディとルゥディは闇の中に沈んでしまったと言うと、ジルは慌てるような素振りなんか全くみせない。
まぁ、この反応は分かっていたんだけどな。

「先にエレだけでも……」

俺がエレに手を伸ばそうとした時、身体が放り出されるように後方に転がった。
いきなりの事に何が起きたのか分からなくて、慌てて起き上がると……血の気が引いた。
俺をかばうように目の前に立つジルの身体に影が巻き付いている。

「ジル!!」

俺が叫んだ後、不快な笑い声が響き渡った。
ケタケタと高音で笑う三の影はジルの攻撃もまったく効いていないようだった。

「うっかり、聖司の拘束を解いてしまった。さすがオルヴァンの子孫だね」

だけど、と深紅の瞳を光らせた。

「ここは俺のテリトリーの月影。いつものようにはいかないよ。それ、解けないだろ」

ジルは冷静に分析しているのか、慌てた様子は見られないないが、片膝を付いてしまっている。
敵が有利になっている場面なんて初めてで、俺は居ても立っても居られなくなって駆け寄り、触ることの出来ない影を必死に取ろうとした。
そんな俺の姿を見た三の影はバカにしたような顔で近づいてくる。

「へー。そんな事をしても無駄だって理解してなかったんだ。バカだねー」

どうしよう、三の影が来る前にジルを早く助けなきゃ……!

「ごめん、ジルっ。ごめん!」
「聖司、離れろ」
「嫌だよ、三の影に何をされるか分からないんだぞ」

レヴァの一族が滅びればいいだなんて言っているヤツだ。
それに俺の目をくり抜こうとしていたし。
俺はジルの前に立った。

「聖司、どけ」
「ダメだって!」

俺は手のひらに光球を出して三の影に投げた。
こんな事をしても無駄だってくらい分かってるよ。
ジルを捕らえられるくらいの力があるヤツに、俺の力が敵わないなんて分かってるよ。
バカにしたような目をされても構わない。
それでも護りたい者がいるんだ。
力が残されている限り、光球を投げ続けた。
三の影は涼しい顔で俺の力をいとも簡単に弾いていく。
まだ、まだだ!

「聖司っ!」
「――っ!」

あのジルが声を張り上げた。
こんな事ってないから驚いて身体が跳ね、恐る恐る振り返った。

「なんで……」

ジルは俺に怒っている。

「どうして怒るんだよ」
「聖司そこから離れろ」
「そんな事したらジルが……っ」
「聖司、来い」

言われるがままジルの傍に行った。
もっと寄れと言われて、ジルの顔に自分の顔を近づかせると、キスをされた。
ジルの舌が俺の咥内に入って来る。
ふわりと芳しい血の味がして目を丸くする。
何で、ジルの血が口の中に?まさか舌をわざと切ったのか?
血と唾液が合わさって精気が流れ込んで来る。
たった今、力をほとんど使ったので、本能が欲するままに血を啜った。
そしてジルの唇が離れていく。

「聖司、大好き」
「ジルっ」

深紅の瞳と目が合った後、ぐんっと引っ張られる感覚がした。
ちょっと待って、これって……!
その直後、ぐるぐると落ちるような感覚があった後、目を開けると、そこはジルの寝室のベッドの上だった。
すぐ横にジルが洋服にマントを付けたままの恰好で横たわり目を閉じている。

「ジル……」

俺はそっとジルの顔に触れる。
いつもなら目を開けるはずなのに肩を揺さぶっても反応はない。
唯一、呼吸をしている事だけは安堵した。
だけどっ。

「俺、ジルを置いてきたまま、月影から一人で戻って来たのか?」

嘘だろっ!?

「ジル、ジル!目を覚ましてくれよ!」

何度叫んでも、揺さぶっても、ジルの美しい深紅の瞳を見る事は出来なかった。
早く誰かに知らせないと……。
慌ててドアに駆け寄ったが、結界が張られている事を思い出した。
ドアを叩いて大声を上げてキオやヴァンスターさんを呼んだ。
ヴィーナやレイグも呼んだ。
でも、誰も来てくれない。
深夜だからみんな寝ているのか?
こうなったら自分の腕なんてどうにでもなれ、と無理やり開けようとしたら、扉が勝手に開いた。
寝室の隣の部屋から入ってきたのはヴィーナだった。

「ヴィーナ!大変なんだ、ジルが!」
「どうしたのよ。聖ちゃん。落ち着いて」
「いいからジルを……」

……何だ?
外側から普段聞かないような喧騒と騒音が聞こえて来る。

「聖ちゃん、マスターがどうしたの?」
「ヴィーナ、外で何かあった?」
「何もないわよ」
「でも、騒がしいよ。こんな夜中におかしいじゃん。何を隠してるんだ?また俺に言えない事!?」

ヴィーナは肩を竦めて笑った。

「大丈夫よ。聖ちゃんはここにいればいいの」
「でも……っ!」

俺がヴィーナに言い募ろうとした時、再び扉が開かれてそこから、メイドのレイラさんとライラさんが現れた。
なぜか二人はいつもきっちりと着ているメイド服を乱し、厳しい顔付きで長箒をヴィーナに突き付けている。

「ヴィーナさん。奥様から離れて下さい。いえ、離れなさい!」
「あら、なぜ?」

レイラさんとライラさんの持っている箒の柄がカチリと音を立てると、刃物の切っ先が現れ、それを素早くヴィーナに突き刺した。
だが、ヴィーナの双剣がそれを難なく弾く。

「レイラ、ライラ止めときなさい。貴女達が私に敵う訳がないでしょ。セバスに言われなかったの?相手の力量を見極めろってね」
「ヴィーナさん、私達はセバス様にこの屋敷を頼みますと言われました。ですから……」

ちょっと、何が起きているんだ?何でヴィーナがレイラさん、ライラさんと戦っているんだよ。

「セルファード家に仇となる者」
「そして、セルファード公を裏切った者として、私達がセバス様の代わりに排除します」
「「これはこの屋敷にいるすべての者の意思!」」

はぁ〜っとため息を吐いたヴィーナは、お馬鹿さんねぇ〜と言って、剣を構えた。

「私達は貴方を許さない」
「セルファード公の側近であり一番近くにいた貴方が、セルファード公の生家に敵を招き入れた罪、死をもって償いなさい」

ヴィーナが裏切り?
何を言ってるんだ?




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