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顔は若干うつ伏せになっているから見え辛いけど、きっとそうだ。
俺はその場からエレの元へと駆け出した。
肩に手を当てて揺さぶる。

「エレ、大丈夫か!?」

目は閉じたままだったけど僅かに反応があったので、安堵した。
見た感じ怪我もなさそうだ。
エレに巻き付いている影を何とか取ろうとしたが空気のように掴む事も触れる事も出来ない。

「「大丈夫だよ」」
「え?」

いつの間にか背後にティディとルゥディがいた。
無邪気な笑顔でそれぞれ手を差し出して来る。

「五の影が目を覚ましたら一緒に遊ぼう」
「うん、それまで僕達と遊んでいようよ」

俺は頭を左右に振った。

「ダメだ。エレをこのままにしておけない」

ティディとルゥディはお互いに顔を見合わせる。
そして俺を見た。

「これは五の影が悪いんだよ」
「そう、三の影がせっかく楽しい事をしようとしているのに邪魔をするから」

違う、誤解だ。
エレは悪くない。
三の影が何をしようとしているのか知らないけれど、良い事ではないのは確かだ。

「なぁ、楽しい事って一体何をするんだ?」
「「それはねー」」

ティディとルゥディはクスクスと笑い合っている。
そして口を開いた時、三の影が二人を制止した。

「六の影と七の影、しゃべったらつまらなくなるだろ?俺の邪魔をするなら二人も五の影みたいに閉じ込めるけど?」
「「それは嫌!」」

三の影は道下師の顔を歪ませてニタリと笑う。
とても不気味に感じて、俺は早くここから助け出さなければ、とエレの身体を引っ張ったけど、やはり影が巻き付いているせいでこの場から移動させる事が出来ない。
そんな俺を見た三の影は目を細めて口角を上げた。

「無駄だよ。役者が揃うまで君もここで待っててよ」

ずるりと三の影の足元から影が伸びてくる。
俺の身体に巻き付て来るそれにゾッとして、すぐに逃げようとした。
だけど、とっくに下半身が捕らわれてしまっていて足が自由に動かせられなかった。
その結果、上半身もあっという間に自由を奪われて俺の身体はエレの隣に転がった。

「離せよっ!」
「これじゃ、聖司と遊べないよ。離してよー」
「うん、今遊びたいのにー」

ティディとルゥディが文句を言ったので、便乗してそうだそうだ!と叫ぶと、無表情になった三の影が目の前に来た。
俺の顎を掴んで力を込めてくる。

「……っ」

俺は痛さに顔を歪めた。

「邪魔をするなよ。君が悪いんだ。約束を破るから」
「な、に……?」
「ずっと、なんてない。俺を置いて君はいなくなった。オルヴァンと共に」

『君』?
三の影は俺じゃない誰かを見ているのか?
オルヴァンはレヴァ・ド・エナールを創った始祖でジルの先祖だ。
もしかしたら……。
二の影のマリアンヌが俺の事をマーディと呼んでいた。
『君』というのはマーディでオルヴァンの伴侶のマディリアリッタの事なのか?

「マディリアリッタ」

俺が名前を声に出すと、ティディとルゥディそして三の影が明らかに反応を示した。

「マーディはオルヴァン様の大事な大事な伴侶なんだ」
「うん、いつもオルヴァン様が独り占めするんだ。ずるいよね」
「僕達も遊びたいのに」
「そうだよ。いつだってマーディと一緒にいたいのに」

ブーブーと子供のように不満を口にするティディとルゥディと違って一言もしゃべらず憎しみを込めた瞳をしているのは三の影。
三の影はマディリアリッタに約束を破られて憎んでいるのか?
それがなぜ今回、エレを閉じ込めて面白い事をするだなんて言っているんだろう。
いや、それを考える前にこの状況を何とかしないと。
でも、完全に影が体に絡みついてしまっていて身動きが取れない。

「こんな事をして、マディリアリッタは喜ばないんじゃないか!?」

ティディとルゥディが身体をビクリと震わせて不安そうな顔になった。
よし、この二人を説得すれば……っ。

「マディリアリッタは他人が嫌がる事をして喜んでたか?」
「「ううん」」
「他人が苦しむところを見て笑っていたか?」
「「ううん」」
「じゃあ、今の俺とエレを見たらマディリアリッタはティディとルゥディに何て言うだろうな」

焦り始めたティディとルゥディが巻き付いている影を取り除こうと手を伸ばした。
よし、と心の中で思ったその時、影が二人に襲いかかった。
もちろん避けようとしたが、それを上回る速度でティディとルゥディが捕えられて倒れこみ、身体の半分がズブズブと闇に埋もれて行った。

「「何をするんだ!」」
「言ったはずだ。俺の邪魔をするなら二人も五の影みたいに閉じ込めるってさ。そうだ、七つ影もいらないな」
「「三の影!」」

ブツブツと独り言を始めた三の影はティディとルゥディや俺の声が届いていない。
瞳から生気が消え、狂気が灯されている。
何が可笑しいのか身体を揺らしクスクスと笑っていたが次第に気が狂ったように大声で笑い出した。
しかし、それは突然ピタリと止まる。
糸が切れたマリオネットのように頭がかくんっと前方に下がって俯いた。
数秒間、暗闇が静寂になる。
得体の知れない恐怖が襲って来そうで、無意識に呼吸が早くなり、自分の息遣いが聞こえて来る。
やがてゆっくりと、三の影の顔が上がった。

「オルヴァンが創ったレヴァ・ド・エナール、護ってきたレヴァの一族なんて滅びればいい」

滅びればいいって……。
俺が何か言う前にティディとルゥディが非難した。

「「三の影!そんな事は聞いてない!」」
「僕達はマーディみたいな子がいるって聞いたから」
「そう、オルヴァンの子孫から引き離せば聖司とみんなで永遠に遊べるって聞いたから」
「「だから、聖司を三の影の月影へ連れて来たのに!」」

三の影は二人に冷たい瞳を向ける。

「俺の邪魔をするものは許さない。同胞であろうと、誰であろうと」
「僕達の使命を忘れたの!?」
「僕達はオルヴァン様の影だ!レヴァ・ド・エナールとレヴァの一族を護るのが使命なんだよ!」

うるさい、と呟いた三の影は指を鳴らした。
すると、半分闇に埋まっていたティディとルゥディの身体がさらに沈んでいく。

「……っ!ここが自分の月影だったらっ」
「三の影の月影じゃ分が悪すぎる」

くやしさを滲ませる声を出すティディとルゥディの名を俺は叫んだ。
助けたいけど、拘束されている自分にはどうする事も出来ない。
焦りと不安と怒りといろんな感情が混ざって唇を噛んだ。
ついに二人の姿が消えてなくなってしまった。

「三の影!二人を戻せよ!」
「やっと、うるさいのがいなくなった。あ、まだここにいたな」

ギョロリと三の影の深紅の瞳が向けられる。
ビクリと身体が跳ねる程、異常な視線で俺を見ている。
そして身体の上に跨って来ると、あの時みたいに俺の首を掴んで絞めた。

「……ぅっ、ぐっ!」

じわじわりと力を込められ、息がだんだん出来なくなっていく。
抵抗も出来ずにされるがまま死に向かっている恐怖と苦しさに涙がじわりと出て来た。

「誰かに助けを求めなくてもいいの?」

誰かに……?
一瞬、頭によぎった名前があるが、口に出さなかった。
だって、前に三の影に傷つけられたから。
今回も怪我をして血を見るなんて嫌だ。

「強情だね。ま、いっか。先にこっちを片付けてしまおう」

エレの身体が沈んでいくのが視界に入って来て、怒りの唸り声を上げるだけで精一杯だった。
俺はギュウっと目を瞑って一か八かでレヴァの力を解放した。
月影で出来るか分からなかったけど、首から手が離れた事で成功したと確信した。

「へー!瞳が深紅になった」

俺の目に興味が移ったのか、沈んでいたエレの身体が途中で止まった。
良かったと思ったのは一瞬だけ。
なぜなら……。

「それ欲しいな」
「え?」
「その瞳ちょうだい」

俺の目に手が伸びて来る。
まさか、くり抜く気か!?
光球を出したいけど、出したところで拘束されている状態では投げる事もできない。
瞼に三の影の指が触れた。
顔を背けて逃げようとするが顔面を片手で掴まれる。
指先が眼球に届こうとした時、とうとう我慢が出来なくて、呼んでしまった。

「……っ!ジルっ!!」




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