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「昔、レヴァの始祖、オルヴァン・エルセイ・アライル・コルド・レヴァがこのレヴァ・ド・エナールを統一させた事は知っていると思うけど、その時から、ヴァルタとナイレイトはレヴァの一族の僕になった。それは現在も変わることはない。だからといって彼らの尊厳を無視して奴隷のような扱いはしていないよ。始祖がそれを許さなかったからね」
「始祖って、ジルのご先祖様ですよね」
「そう、良く知っているね。実は私の先祖でもあるんだ」
「……え?じゃ、じゃあ、総統とジルは血縁者なんですか?」

総統はにっこりと笑って頷く。

「ジハイルの祖父の従弟になる。ジハイルは私の孫のようなものだ」

あれ?
でも、総統の名前にセルファードって付いてたっけ……?
その疑問は総統が答えてくれた。

「私はジハイルの曾祖父の妹の子だからね。母は嫁いでセルファード家を出ているから家名が違うんだ」
「俺、ジルの血縁者に初めて会いました。……そっか、親戚がいたんだ。良かった」

屋敷にはジルの家族がいなかったから血縁者がいた事が分かってホッとしていると、総統にかわいいね、と言われた。
また、かわいいって……。
反論するだけ無駄なので、ぐっと堪える。
ちらっとエドを見ると、すごく腹の立つ笑みを浮かべてる。
くそっ。

「話を戻すけど、ヴァルタとナイレイトは全く考え方や文化が違う種族で、各家に長がいるヴァルタとは違い、ナイレイトは一族の中で長を決めるんだ。長はナヴェルタと呼ばれていて、一族から崇拝されている。滅多にナイレイトの森から出てくることはない」
「会った事はあるんですか?」

俺の質問に総統はジッと見て来る。
一体、何だろう?
変な事を聞いちゃったかな?

「昔、とある式典があって、私は選ばれたレヴァの当主とヴァルタの長、そしてナイレイトのナヴェルタを招待した」
「ナヴェルタは来たんですか?」
「来たよ。私の招待を受けるのは義務や体面というものがあるし。断ったらナイレイトの立場が悪くなる。本音は来たくはなかったと思うけどね」

確か、キットさんがナイレイトはプライドが高いって言ってたな。

「ナヴェルタの登場に皆、注目した。そして登場すると、誰もがその美しさに目を奪われた。特別に着飾っているわけでもないのに彼女は不思議な魅力があった。長く艶のある黒髪に白い肌が映えていて、華奢な体なのに青い瞳は意志が強そうで、うかつには近寄れないそんな雰囲気だったね」
「ナヴェルタは女の人だったんですね」
「そうだよ。ふふ、彼女が私へ献じたものがすごくてね」

当時の事を思い出しているのか、総統の笑いが止まらない。
総統はドリード将軍に手を振って、続きを任せた。

「ナヴェルタはアリアス様に歌を贈りました」
「歌ですか」

へー、美女の歌かぁ。
すごく聞き入っちゃうんだろうな。
俺も聞いてみたかったな。
そう言うと、ドリード将軍の眉間に皺が出来た。
え、何?

「ははは、彼女の歌はとてもすごかったよ。皆の唖然とした顔は今でも忘れないよ。どうしたら、あんなに音程が外れるんだろうね」

総統は笑い続けている。
音が外れるって……もしかして……。

「歌が上手くなかったって事ですか?」
「そう、彼女は歌が壊滅的に下手だった。でも、本人だけはそうは思っていなくて堂々と歌い上げたよ。私は言葉を失ってしまってね」

その場が静まり返っていた時、ただ一人、拍手を贈った男がいたそうだ。
それが、当時のセルファード公であるジルのお父さんだ。

「ウィルバーは彼女をとても気に入って、伴侶にしようとした」
「伴侶……?ジルのお父さんはジルのお母さんが伴侶ですよね?」

俺の疑問を聞いた総統は俺を見つめた後、口角をグッと上げた。
何だろう……変な事を言ったかな?

「そうだよ。ウィルバーが生涯心から愛したのは伴侶のリジーナだけだ」

やっぱりそうだよな。
あ、ナヴェルタと会ったのは、ジルのお母さんと会う前なのかな?
俺が呟いた言葉に総統がクスクスと笑った。

「ナヴェルタもジハイルの母親も同じだよ」
「へ?」

理解がまだ出来なくて、きょとんっとしている俺にドリード将軍が助け舟を出してくれた。

「セルファード公の母君は前ナヴェルタのリジーナ様です」
「え?」

ええ――っ!?
ジルのお母さんが前ナヴェルタ!!?
ちょっ、ちょっと待って。
それって、それってつまり……ジルは半分ナイレイトって事!?

「あはは、驚いているね。……おや、迎えが来てしまったようだ」

総統はちらりと、部屋のドアに視線を移して、ソファーから下りた。
直ぐにノックをする音が聞こえてきて、総統が入室許可を出す。

「失礼します」

一礼して入ってきたのは長身で顔立ちの整った男の人が二人。
一人は青髪でつり目の少し怖そうな感じの人。
もう一人はオレンジ色の髪で目元にほくろがある無表情の人。
総統は二人の鋭い視線を気にもせず、俺に話し掛ける。

「せっかくだから、紹介しよう。私のナイレイトでもあり、側近でもある、ディノとアルエだ」

え、この二人って総統のナイレイトなの?
ディノと呼ばれた少し怖そうな感じの人とアルエと呼ばれた無表情の人が俺を見た。
うっ、なんか緊張するんだけど。

「ディノ、アルエ。この少年はセルファード公の伴侶であるセイジだ」

総統が俺の紹介をした瞬間、目の色が変わったような気がしたのは勘違いだろうか。
そんな事を思っていたら、二人が頭を下げたので、慌てて俺も下げた。

「セイジはナイレイトに会うのは初めてではないよね」

総統の言葉に俺は頷く。
ヴィーナがナイレイトだし。
それにニナさんも……。

「そうそう、セイジの質問の答えだけど……」

あ、ウルドバントンはなぜ総統を狙っているのかっていうやつか。

「私がウィルバーとリジーナの結婚を認めたからだよ」
「え?」
「ウルドバントンはレヴァの上位、しかも当主の伴侶がナイレイトという事が許せなかった。伴侶は同族でなければならないなんて古臭い独自の思想を持ってたからね。その上、ヤツはナイレイトもヴァルタも見下していた」

総統はディノさんとアルエさんの目の前まで歩いて行く。

「ふふふ、それにあの一件で、ナイレイトから美しく気高いナヴェルタを取り上げてしまったからね。ナイレイトから随分恨まれたと思うよ。二人も私を恨んでいるだろう?」

総統は、側近達を見上げた。
ディノさんとアルエさんは否定する。

「いいえ、このレヴァ・ド・エナールの総統であられるアリアス様の命に背くような事は致しません」
「お傍で仕える事が何よりの喜び。恨む事は決してありません」

その返答に総統は目を細め、面白そうに、ふーんと笑った後、俺を振り返った。

「私は公務に戻るけれど、ゆっくりしていくといいよ」
「あ、ありがとうございます」

俺はお辞儀をして、ディノさんとアルエさんと一緒に部屋を出ていく総統を見送った。
扉が閉まると、ドリード将軍が立ち上がる。

「貴方から聞いた情報を共有するために俺も失礼します」
「ドリード将軍、話を聞いて下さってありがとうございました」

ドリード将軍は頷いて足早に退出していった。
そして部屋には俺とエドだけになった。
ドリード将軍と会わせてくれた事に対して礼を言うと、ニヤリと笑って俺の傍に来る。

「随分、アリアス様に気に入られたみたいだな」
「え、そうなの?」
「あのお方のテリトリーに入れるのはごく一部だ。どんな手を使ったんだ?」
「知らないよ」

出会いがしらから突然、吸血されて大変だった事を話すと俺の肩にエドが腕を回した。
何だよ……。

「セイジ、お前吸血されたのか」
「だから何だよ」
「どっち側だ?」

ニヤニヤ笑うエドから離れようとするが腕の力が強くてびくともしない。
そうしている内に首筋に鼻を近づかせて吸血されたところを舐めてきた。
これには思わず、叫んだ。

「舐めるなよ!!」
「アリアス様を夢中にさせたんだろ」
「知らないよ!いい加減にしろ!」

ジタバタと暴れていたら、くらりと立ちくらみがして倒れそうになった。
エドが俺を抱きしめるように支える。

「結構な量を吸血されたみたいだな」
「何で今……」
「急に暴れたからだろ」

それって、エドのせいじゃんか。
睨みつけてやると、クククと笑う。

「そんな顔をするなよ。責任は取ってやるよ」

エドにひょいっと抱き上げられて俺が吸血しやすい位置に固定された。
目に前に首筋がある。
精気が足りてなくて本能が早く早くと俺を急かし始める。
だけど、ジルの顔がちらついて、開けた口を一旦、閉じた。

「吸血しねぇのか?」
「あのさ、エドは……ジルの両親の事を知ってたの?」
「知っている」
「俺、何も知らなかった」

両親が亡くなっただけでもショックなのに、母親が父親を殺し……ジルが母親を殺さなくてはならなかっただなんて……。

「ま、知っていたとは言っても俺はまだ生まれてなかったから、当時の事は親父からチラっと聞いただけだ。式典の時にナイレイトのナヴェルタを奪うように前セルファード公が連れ去って伴侶にした事はその場にいた者の間では、かなり話題になっていたらしいぜ。でも、これは箝口令が敷かれて知るものはごく一部のみだけどな」
「そう……なんだ」

だんだん、めまいが酷くなってきて、目を固く瞑った。
後頭部に手が添えられて前へ押され、吸血を促される。
目を開けると、あと数センチでエドの首筋に俺の唇がくっつく距離だった。
自然に口が開いて肌を噛む。
グッと歯を立てた。

「あんま――吸い過ぎ―なよ」

耳が遠くなっているせいでエドの声が途切れ途切れにしか聞こえない。
俺は本能が求めているままに吸血をした。
ごくごくと喉を鳴らしてエドの血を一気に吸う。
体中に求めていた精気が駆け巡り、満たされていく。
めまいがかなり軽減されてホッとした。
もうちょっとだけ吸いたいな。
あと一口だけ……。

――ゾクッ。

突然、背筋が凍るほどの殺気に包まれて息を止めた。
部屋の温度が一気に低下した感覚がして体を震わせながら、 第三者が室内に転移して来て背後にいる事を理解した。
そしてその人物が誰なのか振り返って確かめなくても分かってしまい、血の気が引いていく。
嘘だろ……何でここにいるんだよ……。
何でここに……。




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